95 / 140
新人魔導師、3回目の発掘調査に参加する
6月30日、後輩と飛行訓練の日
しおりを挟む
由紀奈が魔導航空免許を取ったらしい。発掘調査の前日、疲れきった、けれど達成感に満ちた顔をして免許を見せてきた。
「これで私も飛んで行けるよ!」
嬉々とした表情の由紀奈の後ろで、珍しくぐったりした様子の清水夫妻が座り込んでいた。一体、何回飛行訓練に付き合ったのだろうか。天音からは考えられないほどの数かもしれない。手本として2人で80回は飛んでいるのは確実だ。零はずっと酷使した右手を押さえていた。
「魔導師の職業病、腱鞘炎じゃな」
雅がピンク色の魔力を光らせると、途端に零の顔が穏やかになった。魔導文字の書きすぎで手や手首が辛かったらしい。両利きの夏希は交互に手を使うことで負担を減らすことができたが、零はそうもいかずに苦しんでいたというわけだ。普段の物腰が浮世離れ(人間離れとも言う)しているせいか、その反応が新鮮だった。魔力量が底なしだと、先に体が限界を迎えるのだと天音は知った。
「おめでとう、由紀奈。よく頑張ったな」
「おめでとうございます。思っていた以上に早く取得することができましたね」
「ありがとうございます、お2人のおかげです!」
疲れ果てていても、免許を取った由紀奈にお祝いの言葉をかけている2人を見て、天音は魔導師としても、人間としても尊敬した。そうそうできることではない。
「ねえ、一緒に飛んでみない?」
祝われ、褒められた由紀奈はにこにこと楽しそうだ。今日は休日、仕事もないので飛びに行っても問題はないが、万が一由紀奈が落下したら助けてやれる自信がない。どうしようかと悩んでいると、和馬が気を利かせて、
「俺もいいですか?」
と言ってくれた。夕飯のメニュー考えたくて、などと言っているが、実際は何日も前からしっかり考えられているのを、天音は知っている。
「はい、ぜひ!」
普段より元気な由紀奈は、明るく応えた。清水夫妻の気力を吸い取ったのかと思うほどに明るい声だ。
「じゃ、じゃあ、3人で……」
そうして3人で食堂を出ていく際、夏希と零が由紀奈には聞こえないように術を使ってこっそりと、
「葵よりは上手いぜ……葵よりはな……」
「彼女が急降下したら、1人は地上に降りて様子を見てくださいね……」
掠れた声でそう呟いた。おかげで対処法はわかったが、不安要素が増えた。始まる前からもう怖い。和馬だけが、2人の言葉にしっかりと頷いた。
「家」を出ると、由紀奈は紙に文字を書いて、魔力を流した。体がゆっくりと浮かび上がる。心配なのか、和馬も彼女のペースに合わせて飛び上がった。天音は目を閉じて、空を飛ぶ姿をイメージしながら固有魔導を発動させる。
「やっぱり、空を飛ぶのは魔導師の憧れだよね!」
「そうだね。私もそうだったよ」
「わかります。俺もそうでした。免許取るまで苦労しましたよ」
「私は最初箒無いと安定しませんでしたよ」
「あれはあれで素敵だったよ!」
由紀奈が落ちないようにしっかりと見ながら、3人は空での会話を楽しんだ。ふらつきはあるものの、由紀奈の飛行がさほど問題なかったからできたことだ。本当に、急降下さえしなければ大丈夫なのだろう。そう安心したとき、強めの風が吹いてきて、由紀奈がバランスを崩した。
「うわあああああ!」
本人より先に叫んだのは和馬だった。叫びながらも由紀奈に浮遊の術をかけているあたり、流石である。
「あ、あはは……すみません」
「びっくりしましたよおおおおお!」
「私は今山口さんにびっくりしてます」
あ、この人こんなに大声出せたんだ、という驚きが勝った。一周回って冷静ですらある。
「風が吹いた時って、バランス保つの難しいですね……」
「そこは慣れですけど! もう本当にびっくりしましたよ! 今日はもうやめです、やめ!」
怖くなったのか、和馬は地上に降りるまで由紀奈の手を放さずに繋いでいた。
「慣れるまでは誰かと一緒に飛んでくださいね!」
「は、はい、すみません……」
和馬はそう言うと、食堂へ戻っていった。恐らく、夏希に明日の配置について意見を言うのだろう。言わなくても、あの様子なら夏希は由紀奈を飛ばせたりしないとは思うのだが。
「まだまだだね、私……」
「そんなことないよ。補助具無しで合格してる時点で凄いよ」
「うーん……」
少し落ち込み始めた由紀奈を見て、天音は話題を変えようと、適当な話を振った。
「きょ、今日のご飯なんだろうね。最近スパイスの香りするし、山口さん何か仕込んでるのかな」
「……え? スパイス?」
きょとんとした顔で由紀奈が繰り返した。話題が急すぎただろうか。上手く話を続けようと考えていると、由紀奈が不思議そうに言った。
「山口さんの魔力の、スパイスみたいな香りはするけど。それ以外はしないよ? 天音ちゃん、色で魔力が見えるタイプだよね?」
「あ、あれ? 気のせい……?」
「天音ちゃん、カレー食べたいの?」
「まあ最近食べてないし……どっちかって言うと食べたい、かな」
「食べたすぎて勘違いしちゃった?」
「うーん、そうかも」
前にも同じようなことがあった気がする。天音はそう思いながらも、気のせいかと呟いて歩き出した。
「これで私も飛んで行けるよ!」
嬉々とした表情の由紀奈の後ろで、珍しくぐったりした様子の清水夫妻が座り込んでいた。一体、何回飛行訓練に付き合ったのだろうか。天音からは考えられないほどの数かもしれない。手本として2人で80回は飛んでいるのは確実だ。零はずっと酷使した右手を押さえていた。
「魔導師の職業病、腱鞘炎じゃな」
雅がピンク色の魔力を光らせると、途端に零の顔が穏やかになった。魔導文字の書きすぎで手や手首が辛かったらしい。両利きの夏希は交互に手を使うことで負担を減らすことができたが、零はそうもいかずに苦しんでいたというわけだ。普段の物腰が浮世離れ(人間離れとも言う)しているせいか、その反応が新鮮だった。魔力量が底なしだと、先に体が限界を迎えるのだと天音は知った。
「おめでとう、由紀奈。よく頑張ったな」
「おめでとうございます。思っていた以上に早く取得することができましたね」
「ありがとうございます、お2人のおかげです!」
疲れ果てていても、免許を取った由紀奈にお祝いの言葉をかけている2人を見て、天音は魔導師としても、人間としても尊敬した。そうそうできることではない。
「ねえ、一緒に飛んでみない?」
祝われ、褒められた由紀奈はにこにこと楽しそうだ。今日は休日、仕事もないので飛びに行っても問題はないが、万が一由紀奈が落下したら助けてやれる自信がない。どうしようかと悩んでいると、和馬が気を利かせて、
「俺もいいですか?」
と言ってくれた。夕飯のメニュー考えたくて、などと言っているが、実際は何日も前からしっかり考えられているのを、天音は知っている。
「はい、ぜひ!」
普段より元気な由紀奈は、明るく応えた。清水夫妻の気力を吸い取ったのかと思うほどに明るい声だ。
「じゃ、じゃあ、3人で……」
そうして3人で食堂を出ていく際、夏希と零が由紀奈には聞こえないように術を使ってこっそりと、
「葵よりは上手いぜ……葵よりはな……」
「彼女が急降下したら、1人は地上に降りて様子を見てくださいね……」
掠れた声でそう呟いた。おかげで対処法はわかったが、不安要素が増えた。始まる前からもう怖い。和馬だけが、2人の言葉にしっかりと頷いた。
「家」を出ると、由紀奈は紙に文字を書いて、魔力を流した。体がゆっくりと浮かび上がる。心配なのか、和馬も彼女のペースに合わせて飛び上がった。天音は目を閉じて、空を飛ぶ姿をイメージしながら固有魔導を発動させる。
「やっぱり、空を飛ぶのは魔導師の憧れだよね!」
「そうだね。私もそうだったよ」
「わかります。俺もそうでした。免許取るまで苦労しましたよ」
「私は最初箒無いと安定しませんでしたよ」
「あれはあれで素敵だったよ!」
由紀奈が落ちないようにしっかりと見ながら、3人は空での会話を楽しんだ。ふらつきはあるものの、由紀奈の飛行がさほど問題なかったからできたことだ。本当に、急降下さえしなければ大丈夫なのだろう。そう安心したとき、強めの風が吹いてきて、由紀奈がバランスを崩した。
「うわあああああ!」
本人より先に叫んだのは和馬だった。叫びながらも由紀奈に浮遊の術をかけているあたり、流石である。
「あ、あはは……すみません」
「びっくりしましたよおおおおお!」
「私は今山口さんにびっくりしてます」
あ、この人こんなに大声出せたんだ、という驚きが勝った。一周回って冷静ですらある。
「風が吹いた時って、バランス保つの難しいですね……」
「そこは慣れですけど! もう本当にびっくりしましたよ! 今日はもうやめです、やめ!」
怖くなったのか、和馬は地上に降りるまで由紀奈の手を放さずに繋いでいた。
「慣れるまでは誰かと一緒に飛んでくださいね!」
「は、はい、すみません……」
和馬はそう言うと、食堂へ戻っていった。恐らく、夏希に明日の配置について意見を言うのだろう。言わなくても、あの様子なら夏希は由紀奈を飛ばせたりしないとは思うのだが。
「まだまだだね、私……」
「そんなことないよ。補助具無しで合格してる時点で凄いよ」
「うーん……」
少し落ち込み始めた由紀奈を見て、天音は話題を変えようと、適当な話を振った。
「きょ、今日のご飯なんだろうね。最近スパイスの香りするし、山口さん何か仕込んでるのかな」
「……え? スパイス?」
きょとんとした顔で由紀奈が繰り返した。話題が急すぎただろうか。上手く話を続けようと考えていると、由紀奈が不思議そうに言った。
「山口さんの魔力の、スパイスみたいな香りはするけど。それ以外はしないよ? 天音ちゃん、色で魔力が見えるタイプだよね?」
「あ、あれ? 気のせい……?」
「天音ちゃん、カレー食べたいの?」
「まあ最近食べてないし……どっちかって言うと食べたい、かな」
「食べたすぎて勘違いしちゃった?」
「うーん、そうかも」
前にも同じようなことがあった気がする。天音はそう思いながらも、気のせいかと呟いて歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~
namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。
かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。
海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。
そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。
それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。
そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。
対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。
「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」
アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。
ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。
やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。
揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる