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新人魔導師、発表会に参加する
9月1日、原稿完成
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9月に入った。天音は日ごとにおかしくなっていく他の研究員を見ながら、いずれ自分もああなるのかと震えていた。
双子は合同発表だからか、天音たちのように少し余裕があるようだった。だが、急に顔を真っ青にして原稿を書き直し始めたり、資料を引っ張り出したりしている。
1人で発表する和馬と葵、それに恭平は、普段より様子がおかしかった。独り言が増えたり、進まぬ原稿に頭を悩ませたり、突然外に飛び出したりと奇行が増えた。それでも天音が働きすぎないように見ているので驚いた。
「これ、当日まで続くんですか?」
「多分な」
発表はない夏希だが、講評するにあたって、事前に各発表の予習などの準備に忙しい。加えて、美織の予言が正しければ発表会には裏切り者がいるのだ。その人物を捕まえるための作戦を立てているそうで、零と2人、話し合っていることが増えた。
「そうだ、天音。お前たちの発表原稿読んだぞ」
「えっ! あ、どうでしたか?」
「初めてとは思えなかったな。よく書けてた。零も褒めてたぜ」
読んでいた書類から目を上げ、夏希は微笑んだ。いつもの悪役じみた笑い方ではない、純粋な笑みだ。
「後は如何に緊張せずに言えるかだな」
「うっ……そこは……」
それは難しいと思う。
練習でこそかなりすらすらと話せるようにはなったが、全研究所の研究員を前にして緊張せずに話すことは、天音にとっては不可能に近い。
「お前の発表のときには、あたしら2人は講評役にまわれねぇからな。今のうちに見ときたかったんだ」
「各研究所の所長と副所長が講評役なんですよね?」
「あぁ。んで、自分のトコの研究員の発表には講評しない。4つの研究所の所長と副所長が講評する。1位の発表を決めるのは、あたしらも含めた10人の所長、副所長と、魔導考古学省大臣の計11人だ。ま、自分のトコに票入れるのは禁止されてんだけどな」
「だっ……大臣まで来るなんて聞いてませんよ!」
「いや10人だと偶数になっちまうだろ」
「で、でも、他の職員とか……」
「年に1度の会なんだ。普段引きこもって大した仕事もしてねぇ爺さんが働くいい機会だろ」
魔導考古学省大臣を爺さん呼ばわりしていることは(普段どおりの口の悪さなので)さておき、天音は緊張で胃が痛くなってきたのを感じた。
「だ、大臣ってどんな方ですか?」
「クソジジイ」
「いえ、あの、もっと詳しく……」
端的過ぎて何もわからない。というか、ただの悪口である。
「魔導至上主義の爺さんだよ。魔導師こそが世界を支配すべき、なんていうヤバい意見のヤツだ。12年前からトップにいる。あたしと零に色んな実験を受けさせたのもソイツだ」
「あ……」
天音は何も言えなくなってしまった。故意ではないとは言え、夏希に辛い過去を話させてしまったのだ。固まる天音に、夏希は笑って言った。
「そう気にすんな。もう昔の話だからよ」
「で、でも……」
「アイツのおかげってのは腹立つが……いいコトもあったんだよ」
「いいこと、ですか?」
「零と結婚した」
零には言うなよ、面倒だから。
そう言う夏希の頬は、ほんのりと色づいていた。
「言わないですよ」
なんだか、言ってはいけない気がした。上司に思うことではないが、非常に可愛らしい。
「大臣は……その、第1研究所贔屓ですか……?」
「そうだな」
「ということは不利ですね」
「だな。けど、それ以外の研究所を味方にすればいいだけだ」
「そんなの可能なんですか?」
第5研究所に味方してくれる所長や副所長がいるのだろうか。国に見放された、と以前夏希は言っていた。ということは、他の研究所からもよく思われていないと思っていたのだが。
「少なくとも第2の副所長は公平なヤツだぞ。変なヤツだけど」
「上げてから落とすのやめません?」
「変なヤツだぞ、公平だけど」
「言い直さなくて大丈夫ですよ。それで、具体的にはどういう方なんですか?」
わざわざ言い直す夏希に、天音はツッコミを入れた。
彼女と気の置けない仲な気はするが、どういった人物なのだろう。
「んー、ま、会えばわかるぞ」
「気になりますよ」
「そうだな……あんま変な先入観は与えたくねぇんだが……占いの得意なヤツだ」
「それって……」
「ま、今怪しむべきヤツだな」
あまりにもあっさりと言うので、天音は目を見開いた。
「高木さんほど信頼はしてないんですね……」
「いや、正直怪しんではねぇな。怪しむべきだとは思うけどよ……アイツと真面に会話できるヤツがこの世界にそういないと思うんだよな……」
「どんな人ですか!?」
「あー……」
夏希は言葉を選ぶように宙を見上げ、かと思うと書類の端を弄り、散々迷った末にようやく口にした。
「名前は藤峰輝夜。『星視の輝夜』の二つ名を持った、占術……特に占星術に秀でてるヤツだ。その、いいヤツだぞ……話は通じねぇけど……」
「……ちょっと中二病っぽいですね」
「……所長とか副所長になると、大抵そんな呼び名がつくんだよ……」
「副所長にもですか?」
「うー……」
言いたくない、と表情でアピールされた。仕方ないので聞くのはやめておく。
発表会で聞けるかもしれない、と思ったのは秘密だ。
「なんにせよ、会えばわかる。発表会はすぐそこだ。ちゃんと『準備』しておけよ」
その言葉には、裏切り者を探すための準備、という意味も込められているように感じた。
双子は合同発表だからか、天音たちのように少し余裕があるようだった。だが、急に顔を真っ青にして原稿を書き直し始めたり、資料を引っ張り出したりしている。
1人で発表する和馬と葵、それに恭平は、普段より様子がおかしかった。独り言が増えたり、進まぬ原稿に頭を悩ませたり、突然外に飛び出したりと奇行が増えた。それでも天音が働きすぎないように見ているので驚いた。
「これ、当日まで続くんですか?」
「多分な」
発表はない夏希だが、講評するにあたって、事前に各発表の予習などの準備に忙しい。加えて、美織の予言が正しければ発表会には裏切り者がいるのだ。その人物を捕まえるための作戦を立てているそうで、零と2人、話し合っていることが増えた。
「そうだ、天音。お前たちの発表原稿読んだぞ」
「えっ! あ、どうでしたか?」
「初めてとは思えなかったな。よく書けてた。零も褒めてたぜ」
読んでいた書類から目を上げ、夏希は微笑んだ。いつもの悪役じみた笑い方ではない、純粋な笑みだ。
「後は如何に緊張せずに言えるかだな」
「うっ……そこは……」
それは難しいと思う。
練習でこそかなりすらすらと話せるようにはなったが、全研究所の研究員を前にして緊張せずに話すことは、天音にとっては不可能に近い。
「お前の発表のときには、あたしら2人は講評役にまわれねぇからな。今のうちに見ときたかったんだ」
「各研究所の所長と副所長が講評役なんですよね?」
「あぁ。んで、自分のトコの研究員の発表には講評しない。4つの研究所の所長と副所長が講評する。1位の発表を決めるのは、あたしらも含めた10人の所長、副所長と、魔導考古学省大臣の計11人だ。ま、自分のトコに票入れるのは禁止されてんだけどな」
「だっ……大臣まで来るなんて聞いてませんよ!」
「いや10人だと偶数になっちまうだろ」
「で、でも、他の職員とか……」
「年に1度の会なんだ。普段引きこもって大した仕事もしてねぇ爺さんが働くいい機会だろ」
魔導考古学省大臣を爺さん呼ばわりしていることは(普段どおりの口の悪さなので)さておき、天音は緊張で胃が痛くなってきたのを感じた。
「だ、大臣ってどんな方ですか?」
「クソジジイ」
「いえ、あの、もっと詳しく……」
端的過ぎて何もわからない。というか、ただの悪口である。
「魔導至上主義の爺さんだよ。魔導師こそが世界を支配すべき、なんていうヤバい意見のヤツだ。12年前からトップにいる。あたしと零に色んな実験を受けさせたのもソイツだ」
「あ……」
天音は何も言えなくなってしまった。故意ではないとは言え、夏希に辛い過去を話させてしまったのだ。固まる天音に、夏希は笑って言った。
「そう気にすんな。もう昔の話だからよ」
「で、でも……」
「アイツのおかげってのは腹立つが……いいコトもあったんだよ」
「いいこと、ですか?」
「零と結婚した」
零には言うなよ、面倒だから。
そう言う夏希の頬は、ほんのりと色づいていた。
「言わないですよ」
なんだか、言ってはいけない気がした。上司に思うことではないが、非常に可愛らしい。
「大臣は……その、第1研究所贔屓ですか……?」
「そうだな」
「ということは不利ですね」
「だな。けど、それ以外の研究所を味方にすればいいだけだ」
「そんなの可能なんですか?」
第5研究所に味方してくれる所長や副所長がいるのだろうか。国に見放された、と以前夏希は言っていた。ということは、他の研究所からもよく思われていないと思っていたのだが。
「少なくとも第2の副所長は公平なヤツだぞ。変なヤツだけど」
「上げてから落とすのやめません?」
「変なヤツだぞ、公平だけど」
「言い直さなくて大丈夫ですよ。それで、具体的にはどういう方なんですか?」
わざわざ言い直す夏希に、天音はツッコミを入れた。
彼女と気の置けない仲な気はするが、どういった人物なのだろう。
「んー、ま、会えばわかるぞ」
「気になりますよ」
「そうだな……あんま変な先入観は与えたくねぇんだが……占いの得意なヤツだ」
「それって……」
「ま、今怪しむべきヤツだな」
あまりにもあっさりと言うので、天音は目を見開いた。
「高木さんほど信頼はしてないんですね……」
「いや、正直怪しんではねぇな。怪しむべきだとは思うけどよ……アイツと真面に会話できるヤツがこの世界にそういないと思うんだよな……」
「どんな人ですか!?」
「あー……」
夏希は言葉を選ぶように宙を見上げ、かと思うと書類の端を弄り、散々迷った末にようやく口にした。
「名前は藤峰輝夜。『星視の輝夜』の二つ名を持った、占術……特に占星術に秀でてるヤツだ。その、いいヤツだぞ……話は通じねぇけど……」
「……ちょっと中二病っぽいですね」
「……所長とか副所長になると、大抵そんな呼び名がつくんだよ……」
「副所長にもですか?」
「うー……」
言いたくない、と表情でアピールされた。仕方ないので聞くのはやめておく。
発表会で聞けるかもしれない、と思ったのは秘密だ。
「なんにせよ、会えばわかる。発表会はすぐそこだ。ちゃんと『準備』しておけよ」
その言葉には、裏切り者を探すための準備、という意味も込められているように感じた。
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