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第1話 旅人が見たのは蜃気楼 B
しおりを挟むそんな訳で、村からの退路を断たれ軟禁状態な俺は、身動きの取れない二週間の間、宿泊資金の少しの足しにはなるだろうと行きに見つけたコンビニにてアルバイトをする事にした。
元々は二泊三日程度で済ませようと思っていた旅行であったから、思わぬ事態で帰れなくなった俺は職場に休みを増やして貰うよう連絡し、誠心誠意頼み込んだ結果、何とか許可が下りた。
「いやぁー、大変だったねぇ?こんな辺鄙な所に二週間も滞在なんて」
「ーーハイ、本当に」
先輩店員の岩隈さんがケラケラと笑う。茶色い頭髪に僅かにつり上がった猫目。年齢は俺の二つ上だという事はアルバイトの面接でついさっき知った。
ーーバイトの面接は終始、世間話的なノリで行われた。「最近どう?」みたいな軽い雰囲気で、最終的には俺も「そっすね」と普通の面接では完全アウトな応答を繰り広げたりしていたのだが、無難も無難で採用された。
不合格、不採用ばかりの人生を送ってきた俺だったから、アルバイト程度であるが無事受かった事に心底ホッとしている。
振り返ってみると、俺はそれなりに壮絶な人生を歩んできたんじゃないかと思う。まるでどこかの誰かが脚本を書いたドラマの様な展開で、話せば長くなるのだが、聞いてくれ、ーーモノローグだ。
俺の生い立ちは母が駆け落ちで外国人の父と結婚したことから始まった。そのため親戚とは縁も切れ海外で長らく暮らしていが、突然のラブストーリーはまた終わるのも突然で、父親はどこかへ姿をくらましたのだ。
その後は散々だったが母は女手一つで俺を育ててくれた。俺が18の歳の年に父を探しに旅に出たが、我が母ながら逞しいことこの上ない。世話になったよありがとう。
さあ、大変なのはここからだった。ネイティブジャパニーズな母親の都合で日本に帰って暮らしていた俺が自立して一番最初に苦労したのは仕事探しだった。
外国人の父の影響で俺の髪の色は目が痛くなるほどの黄金色で、そのせいで数多の面接で落ち続け、最終的に受かったのは土木工事の作業員だった。
やはりそこでも俺に対する風当たりは強く、筋肉モリモリマッチョマンに睨まれる日々。ーー正直かなりキツかったっす。
良かったことと言えば筋肉が付いたことと、ガチムチに掘られなかった事ぐらいで、基本的にはしんどい日々であった。
ーーそんなある日の事、金を稼ぐためにせっせと猫車を押していた俺にいかにも怪しそうな、いかにも営業マンな男が声を掛けてきたのだ。
「うちの会社で働きませんか?」
胡散臭いことこの上なかったが、待遇も悪くなかったし、会社の雰囲気も良い感じだったので俺は二つ返事で承諾した。
ーーオチは読めただろうか、大方実はブラック企業で今は身を骨にして働いています。みたいな感じだと皆さん予想してますでしょうか、どうでしょうか。
残念ながら、ハズレである。
誘われた会社はまさに紹介された通りの超ホワイト企業であった。もしかしたら裏があるのかもしれないが、今のところ、その様子はない。俺は現在までそのホワイト企業でのんびりと働いている。
ーーえ、全然壮絶じゃないって?ああ、そうか、忘れていたよ。
長話なんてのは大抵、最後には話の趣旨が曖昧になっているものだ。で、何の話をしていたんだっけ?
俺の“壮絶な人生”ってのは、か。それは多分誰にも認められなかった就活時代の思いが強く影響してるんじゃないかと思う。だが確かに今の会社に拾われたことはとてつもなく幸運だった。俺の見た目に嫌悪感を抱く人も居ないしな。
という意味では、ここのコンビニも凄く良い待遇なんじゃないだろうか。先輩の岩隈さんは自身も茶髪だし、俺のキンキラの金髪を気にも止めていない様子だった。
「じゃあ新入り君、僕ちょっと外行ってくるから、さっき教えた通りにレジやっといてくれない?」
「はい、分かりました」
おまけに、岩隈さんは俺を即戦力として信頼してくれているようで、基本的な業務の説明を終えると俺に店を任せて何処かへ出かけていった。
ーーて、これって俺が良いように扱われてるだけじゃね?
◇◆◇
ぼんやりと商品の在庫を数えていたつもりが、いつの間にか羊の数を数えて眠りに落ち掛けていた。
あれから二時間ほど経ったが未だに客は現れない。思えば俺が宿屋に向かう際に人っ子一人見かけていないし、もともと客足はこんなものなのかもしれないな。この場所が更地になるのも時間の問題か。
なんて縁起でもない事を考えながら特に補充の必要がないペットボトルのドリンクをレジ横の棚に強引に押し込んで入れる。ただの暇潰しだ。
レジにゲーム電卓機能さえ付いていればここまで暇をもて余す必要もないのに、なんて、馬鹿げたことを考えていると、
ポーン
と、来客を知らせる電子音が鳴った。俺は静寂を破った突然のブザーに肩を震わせつつ、
「いらっしゃいませー」
完璧な営業スマイルで言ってみせた。申し分ない華々しいコンビニバイトデビューだ。やはり俺は期待の新人、ありとあらゆるコンビニバイトにおける新人記録を更新しそうな勢い。
まあそんなものは無いんだけどな。
ーー頭の中でバカしているうちにお客さんがレジまでやってきた。手はズボンのポケットに突っ込んでいて商品は持っていない。恐らくタバコか惣菜か、サングラスとマスクのせいで表情は読めないが中年くらいのオジサンはじっとこちらを見つめている。
「ーーご注文はどうなさいますか?」
意外と口下手なオジサンをフォローする完璧な対応。流石鳴り物入りのコンビニバイト、俺に出来ないことはない。
「ーーああ」
低いバリトンボイスの相槌。するとオジサンはポケットから手を出した。なんだ、ポケットに商品を入れていたのか、万引きされたらやばかったな。
デビュー戦でのフィルダースチョイスを免れた俺は安堵しつつオジサンの手に視線を移す。オジサンが持っていたのは、銀色の光沢が艶やかで美しい、鋭利な刃物だった。
ーーて、え!?
「俺は強盗だ。今すぐ金を用意しろ」
「ーーご、強盗の方でしたか」
9回裏、ツーアウト満塁でマウンドに立たされたルーキーみたいな窮地に、俺は固唾を飲む。期待の新人俺、どうする!?
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