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後日譚
舞踏会の騒動の後、ラングレー公は激怒したらしい。
いくら娘には甘いと言っても、勝手に王太子との婚約を白紙にし、後継者問題にまで口を挟まれたのだから、当然と言えば当然のことだろう。
しかし、アリシアは父親に対し、最近寵愛している若い第五夫人とドノバンとの間で交わされた恋文を見せ、二人の密通を暴き立てて、父の怒りの矛先を異母兄に向かわせた。
ドノバンは廃嫡の上、事実上親子の縁も切られ、ラングレー家の分家筋にあたる辺境伯家に預けられて、辺境警備の任に就かされた。
後で聞いた話では、アリシアは自分が王太子殿下に嫁いだ場合でも、その手紙を切り札にドノバンを廃嫡に追い込んで、異母弟のリチャードに公爵家を継がせるつもりだったらしい。
我が妻ながら、絶対に敵に回してはいけない女性だとつくづく思う。
そう、私ジェラルド=ミランとアリシア=ラングレーは、あの後しばらくして、クリス殿下とラングレー家養女エリサ嬢のご婚礼が盛大に執り行われた後、こちらも婚礼の運びとなった。
今の私の名は、ジェラルド=ラングレーだ。
花嫁衣裳のアリシアは、とても正視できないくらいに美しかった。
無事床入りも済ませ、しどけなく横たわるアリシアに、私はふと尋ねてみた。
「それにしても、殿下はエリサ嬢のどこがそんなにお気に召したのだろうな」
もちろん、彼女に何か欠点があるというわけではない。容姿も教養も、貴族のご令嬢たちの中では上の方に入るだろう。それに、非常に気立ての良い女性であることも確かだ。
しかし、アリシアと比べたら、あらゆる面で大人と赤ん坊くらい差があるのではないだろうか。
「殿下がおっしゃるには、彼女といるだけで心が安らぐのですって。……まあ、私のような可愛げのない女では、そうはいかないのでしょうね」
呟くような小声でそう言ったアリシアは、どこか悲しげだった。
「可愛げがない? 誰のことを言ってるんだ。君は世界一可愛いじゃないか!」
アリシアの顔を真っ直ぐに見つめながら私がそう言うと、彼女は耳まで真っ赤になって、
「ば、馬鹿……」
と呟きそっぽを向いた。
ほら、やっぱり可愛い。
そうして二年の月日が流れ、私たち夫婦も長男を授かってしばらく経った頃、国王陛下が退位され、クリス殿下が即位された。
それに合わせて、ラングレー公も引退し、アリシアが公爵位を継承。クリス陛下は彼女を政治顧問の一人に抜擢なさった。
「おめでとう。……と言うべきなのかな?」
「祝ってもらうほどのことではないわ。元々、陛下からはお約束いただいていたこと。ご期待に背かぬよう、頑張らないとね」
特に気負う様子もなく、アリシアが言う。
君にならばきっとこの国の舵取りだって務まるだろうし、陛下もそれを期待しておられるのだろう。
さらに五年の月日が流れた。
その間に、私たち夫婦は長女と次男も授かった。
そして一方で、隣国ファランクス王国では、王位継承争いの末、ルイス殿下が弱冠十九歳で即位なさることとなった。
その陰で、アリシアが送り込んだ外交官が暗躍したとの噂もあるが、詳しいことはわからない。
本人にそれとなく尋ねてみても、はぐらかされたしな。――多分、知らない方が良いことなのだろう。
新王ルイス陛下の即位祝いの特使には、アリシアの異母弟リチャードが抜擢された。
先年妻を娶った彼は、独立して「サウスラングレー家」という分家を立てている。
彼はそのままファランクスに留まり、ルイス陛下が我が国に留学しておられた時期に築き上げた関係性を武器に、両国の友好維持に大いに貢献することとなる。
そしてそのことは、異母弟と緊密に連携を取り合っていたアリシアの政治的実績ともなった。
私たちが結婚して十年後。クリス陛下は、まだ三十前の女性であるアリシアを、宰相に任命なさった。
さすがにこれには反対も多かったが、アリシアは国内の政治経済の改革にも多大な成果を上げ、頭の固い連中を黙らせていった。
ちなみに私は、この時近衛騎士団副長の任にあったが、その立場のまま、宰相専属の警護担当に任じられた。
陛下の粋な計らいだが、実際そのおかげで、私は妻の暗殺――首謀者は、時に既得権益を奪われた守旧派貴族、時にキャメロンの国力を殺がんとする近隣諸国であった――を、何度も阻止することとなった。
そして結婚から二十年。私たちは三男二女の子宝に恵まれた。
長女のシャーロットは、母親似の美しく聡明な女性に育ち、同い年の王太子殿下の婚約者となった。そして――。
「シャーロットお姉様、ご結婚おめでとうございます!」
次女のメイリーン――私の剣の才を受け継いだはいいが少々お転婆が過ぎる少女が、花嫁衣裳の姉を祝福する。
今日はいよいよ、エリック王太子殿下とシャーロットの婚礼だ。
愛娘を送り出す父親の喜びと寂しさを噛みしめる
私の傍らで、アリシアは心底嬉しそうに愛娘を見つめていた。
その表情は、娘の幸福を喜ぶと同時に、どこか、自分自身を重ね合わせているようにも思えて……。
アリシア、君はやはりクリス陛下のことを――。
胸の奥に、かすかな痛みが兆す。
「あなた」
声をかけられてふと気が付くと、アリシアは私を見つめ、固く手を握りしめていた。
ああ、そうだ。人の心は単純ならざるもの。アリシアが今もなお陛下への想いを引き摺っていたとしても、私への愛、二人で築き上げた今の幸せもまた、紛れもない真実。それは絶対に揺るがない。
「シャーロットのこれからの人生が、幸せで満ち溢れたものでありますように。――私たち夫婦のように」
アリシアが呟く。
私も、そのことを心から願った。
――Fin.
いくら娘には甘いと言っても、勝手に王太子との婚約を白紙にし、後継者問題にまで口を挟まれたのだから、当然と言えば当然のことだろう。
しかし、アリシアは父親に対し、最近寵愛している若い第五夫人とドノバンとの間で交わされた恋文を見せ、二人の密通を暴き立てて、父の怒りの矛先を異母兄に向かわせた。
ドノバンは廃嫡の上、事実上親子の縁も切られ、ラングレー家の分家筋にあたる辺境伯家に預けられて、辺境警備の任に就かされた。
後で聞いた話では、アリシアは自分が王太子殿下に嫁いだ場合でも、その手紙を切り札にドノバンを廃嫡に追い込んで、異母弟のリチャードに公爵家を継がせるつもりだったらしい。
我が妻ながら、絶対に敵に回してはいけない女性だとつくづく思う。
そう、私ジェラルド=ミランとアリシア=ラングレーは、あの後しばらくして、クリス殿下とラングレー家養女エリサ嬢のご婚礼が盛大に執り行われた後、こちらも婚礼の運びとなった。
今の私の名は、ジェラルド=ラングレーだ。
花嫁衣裳のアリシアは、とても正視できないくらいに美しかった。
無事床入りも済ませ、しどけなく横たわるアリシアに、私はふと尋ねてみた。
「それにしても、殿下はエリサ嬢のどこがそんなにお気に召したのだろうな」
もちろん、彼女に何か欠点があるというわけではない。容姿も教養も、貴族のご令嬢たちの中では上の方に入るだろう。それに、非常に気立ての良い女性であることも確かだ。
しかし、アリシアと比べたら、あらゆる面で大人と赤ん坊くらい差があるのではないだろうか。
「殿下がおっしゃるには、彼女といるだけで心が安らぐのですって。……まあ、私のような可愛げのない女では、そうはいかないのでしょうね」
呟くような小声でそう言ったアリシアは、どこか悲しげだった。
「可愛げがない? 誰のことを言ってるんだ。君は世界一可愛いじゃないか!」
アリシアの顔を真っ直ぐに見つめながら私がそう言うと、彼女は耳まで真っ赤になって、
「ば、馬鹿……」
と呟きそっぽを向いた。
ほら、やっぱり可愛い。
そうして二年の月日が流れ、私たち夫婦も長男を授かってしばらく経った頃、国王陛下が退位され、クリス殿下が即位された。
それに合わせて、ラングレー公も引退し、アリシアが公爵位を継承。クリス陛下は彼女を政治顧問の一人に抜擢なさった。
「おめでとう。……と言うべきなのかな?」
「祝ってもらうほどのことではないわ。元々、陛下からはお約束いただいていたこと。ご期待に背かぬよう、頑張らないとね」
特に気負う様子もなく、アリシアが言う。
君にならばきっとこの国の舵取りだって務まるだろうし、陛下もそれを期待しておられるのだろう。
さらに五年の月日が流れた。
その間に、私たち夫婦は長女と次男も授かった。
そして一方で、隣国ファランクス王国では、王位継承争いの末、ルイス殿下が弱冠十九歳で即位なさることとなった。
その陰で、アリシアが送り込んだ外交官が暗躍したとの噂もあるが、詳しいことはわからない。
本人にそれとなく尋ねてみても、はぐらかされたしな。――多分、知らない方が良いことなのだろう。
新王ルイス陛下の即位祝いの特使には、アリシアの異母弟リチャードが抜擢された。
先年妻を娶った彼は、独立して「サウスラングレー家」という分家を立てている。
彼はそのままファランクスに留まり、ルイス陛下が我が国に留学しておられた時期に築き上げた関係性を武器に、両国の友好維持に大いに貢献することとなる。
そしてそのことは、異母弟と緊密に連携を取り合っていたアリシアの政治的実績ともなった。
私たちが結婚して十年後。クリス陛下は、まだ三十前の女性であるアリシアを、宰相に任命なさった。
さすがにこれには反対も多かったが、アリシアは国内の政治経済の改革にも多大な成果を上げ、頭の固い連中を黙らせていった。
ちなみに私は、この時近衛騎士団副長の任にあったが、その立場のまま、宰相専属の警護担当に任じられた。
陛下の粋な計らいだが、実際そのおかげで、私は妻の暗殺――首謀者は、時に既得権益を奪われた守旧派貴族、時にキャメロンの国力を殺がんとする近隣諸国であった――を、何度も阻止することとなった。
そして結婚から二十年。私たちは三男二女の子宝に恵まれた。
長女のシャーロットは、母親似の美しく聡明な女性に育ち、同い年の王太子殿下の婚約者となった。そして――。
「シャーロットお姉様、ご結婚おめでとうございます!」
次女のメイリーン――私の剣の才を受け継いだはいいが少々お転婆が過ぎる少女が、花嫁衣裳の姉を祝福する。
今日はいよいよ、エリック王太子殿下とシャーロットの婚礼だ。
愛娘を送り出す父親の喜びと寂しさを噛みしめる
私の傍らで、アリシアは心底嬉しそうに愛娘を見つめていた。
その表情は、娘の幸福を喜ぶと同時に、どこか、自分自身を重ね合わせているようにも思えて……。
アリシア、君はやはりクリス陛下のことを――。
胸の奥に、かすかな痛みが兆す。
「あなた」
声をかけられてふと気が付くと、アリシアは私を見つめ、固く手を握りしめていた。
ああ、そうだ。人の心は単純ならざるもの。アリシアが今もなお陛下への想いを引き摺っていたとしても、私への愛、二人で築き上げた今の幸せもまた、紛れもない真実。それは絶対に揺るがない。
「シャーロットのこれからの人生が、幸せで満ち溢れたものでありますように。――私たち夫婦のように」
アリシアが呟く。
私も、そのことを心から願った。
――Fin.
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