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前作『流氷の妖精』に引き続き、湧作&美由紀カップルの登場です。
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あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢の中で、私は人ならざるもの――魔族の女王の娘として生まれ育った。
そして、母女王の命を受け、人間の国に潜入した。やつらの国を乗っ取るためだ。
私は王宮の侍女になりすまして潜入を果たし、女王を殺害して取って代わる機会を虎視眈々と窺っていた。
しかし、その都度状況は微妙に異なるものの、人間どもに正体が露見し、殺されてしまう。
そんな夢を見ること、すでに9回。
湧作くんにその話をすると、「何か嫌な夢だねぇ」と同情してくれた。
本当、嫌な夢だわ。
「今日は日曜で天気も良いし、公園に行ってみようか、美由紀さん」
私の不快な気分を晴らそうと思ってくれたのか、湧作くんはそう言って私を外に連れ出した。
確かに、春の日差しが心地いい。
近所の公園の桜ももう咲き始める頃だろう。
暖かな陽だまりの中、ベンチに腰掛けて、ポットに入れてきたローズヒップティーを飲む。
二人で肩を寄せ合っていると、段々眠くなってきた。
「変な夢を見て寝不足なんじゃない? 眠っていいよ」
湧作くんがそんなふうに言ってくれた。
「ありがと。でも、眠いのは多分昨夜頑張りすぎたせいだと思うけどね」
私が冗談交じりにそう言うと、彼は真っ赤になった。
ふふっ。可愛いなあ、私の旦那さんは。
お言葉に甘えて、そのままうとうとする。いつの間にか、私は眠りに落ちていった。
――またあの夢か。
例によって私は人間の国の王宮に潜入していた。
幸い、今のところ侍女の姿の私を怪しむ者はいない。
そして、10回目にしてようやく、私は女王と二人きりになる機会を得た。
女王を手に掛け、その姿を我が身に移す。
女王にしろ、先ほどまで姿を借りていた侍女にしろ、罪悪感も憐憫もほとんど覚えない。
この夢の中では、私は魔族の倫理観に染まってしまっているということなのだろうか。
そうして私は、完全女系社会であるこの国で、絶対的な存在である女王となった。
愚かな王配は、私を愛妻だと信じて疑わない。
私は10人の娘を産み、さらにその子たちがもうけた孫は100人におよんだ。
この国で一般的な黒髪に対し、私の子、孫の髪は飴色だったが、愚かな人間どもはそのことに疑問を覚えることもない。
さらに曾孫も生まれ、私の子孫は際限なく増え続ける。
我々魔族がこの国を乗っ取る日もそう遠くないだろう。
さりとて、私の心の中に愚かな人間どもを嘲笑うような気持ちがあったわけでもない。
ただただ、自分の務めを果たせたという安堵感に包まれながら、私は大往生を遂げた――ところで目が覚めた。
「起きた?」
彼の優しい笑顔が私を現実に引き戻す。
私が夢の内容を話すと、湧作くんは顔をしかめた。
「何て言うかその、なかなかエグい……いやその、結局お婆さんになって一生を終えるところまで続くんだ。なんかそんな話あったよね。一生を終えたと思ったら、粟粥が煮える間に見た夢でした、ってやつだっけ?」
「『邯鄲の夢』ね」
「うん、それそれ。ああ、それから、夢の中で蟻の国の王様になるっていう話もあったような気が……」
「確か、『南柯太守伝』、だったかな。正確には王様の娘婿になるんだったと思うけど」
いずれにしても、人の一生も一時の夢に過ぎない、みたいな話よね。そう考えるとちょっと切なくなってくるな、なんて思いながら、ふとベンチの手すりに目をやると、一匹の蟻が這っていた。
一般的な黒い蟻ではなく、鼈甲飴みたいな綺麗な色の蟻だ。
「わ、なんか可愛いわね」
私がそう言うと、湧作くんはぎょっとして、
「ちょっ、これって一時期話題になったヒアリってやつじゃ?」
「えっ、あの特定外来生物の? 毒があって刺されるとヤバいやつ?」
毒自体はそこまで強力なものではないらしいけど、アナフィラキシーショックを起こすと命にかかわるという話だ。
私は慌ててスマホで調べてみた。
「ごめん、どうやら違うみたいだね」
湧作くんも検索してみたようで、私に頭を下げた。
うん、ヒアリはもっと赤みが強い色のようだ。それに、ヒアリの体表はつるっとしているようだけど、この蟻は短い毛で覆われている。
「飴色の蟻……。あ、これかな? アメイロケアリ……」
それらしき蟻の情報を見つけ、記事を読み進めていって、私は思わず固まった。
「ふうん、どれどれ?」
湧作くんが覗き込み、記事を読み上げる。
「ええっと、何々? アメイロケアリはトビイロケアリなど他の種類の蟻に一時的社会寄生を行う。他種の蟻の巣に侵入して働き蟻を一匹殺し、そのにおいを自分になすりつけて、他の蟻たちを騙す。そしてさらに巣の奥に侵入、女王を殺して巣を乗っ取る。――ただし、自然界での成功率は極めて低い……」
私と湧作くんは、黙って顔を見合わせた。
――Fin.
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お忘れかもしれませんが、本シリーズは妖とかが存在する世界観ですので(『雪山奇譚』参照)。
なんだか不穏な終わり方をしましたが、二人は末永くラブラブです^^;。
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あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢の中で、私は人ならざるもの――魔族の女王の娘として生まれ育った。
そして、母女王の命を受け、人間の国に潜入した。やつらの国を乗っ取るためだ。
私は王宮の侍女になりすまして潜入を果たし、女王を殺害して取って代わる機会を虎視眈々と窺っていた。
しかし、その都度状況は微妙に異なるものの、人間どもに正体が露見し、殺されてしまう。
そんな夢を見ること、すでに9回。
湧作くんにその話をすると、「何か嫌な夢だねぇ」と同情してくれた。
本当、嫌な夢だわ。
「今日は日曜で天気も良いし、公園に行ってみようか、美由紀さん」
私の不快な気分を晴らそうと思ってくれたのか、湧作くんはそう言って私を外に連れ出した。
確かに、春の日差しが心地いい。
近所の公園の桜ももう咲き始める頃だろう。
暖かな陽だまりの中、ベンチに腰掛けて、ポットに入れてきたローズヒップティーを飲む。
二人で肩を寄せ合っていると、段々眠くなってきた。
「変な夢を見て寝不足なんじゃない? 眠っていいよ」
湧作くんがそんなふうに言ってくれた。
「ありがと。でも、眠いのは多分昨夜頑張りすぎたせいだと思うけどね」
私が冗談交じりにそう言うと、彼は真っ赤になった。
ふふっ。可愛いなあ、私の旦那さんは。
お言葉に甘えて、そのままうとうとする。いつの間にか、私は眠りに落ちていった。
――またあの夢か。
例によって私は人間の国の王宮に潜入していた。
幸い、今のところ侍女の姿の私を怪しむ者はいない。
そして、10回目にしてようやく、私は女王と二人きりになる機会を得た。
女王を手に掛け、その姿を我が身に移す。
女王にしろ、先ほどまで姿を借りていた侍女にしろ、罪悪感も憐憫もほとんど覚えない。
この夢の中では、私は魔族の倫理観に染まってしまっているということなのだろうか。
そうして私は、完全女系社会であるこの国で、絶対的な存在である女王となった。
愚かな王配は、私を愛妻だと信じて疑わない。
私は10人の娘を産み、さらにその子たちがもうけた孫は100人におよんだ。
この国で一般的な黒髪に対し、私の子、孫の髪は飴色だったが、愚かな人間どもはそのことに疑問を覚えることもない。
さらに曾孫も生まれ、私の子孫は際限なく増え続ける。
我々魔族がこの国を乗っ取る日もそう遠くないだろう。
さりとて、私の心の中に愚かな人間どもを嘲笑うような気持ちがあったわけでもない。
ただただ、自分の務めを果たせたという安堵感に包まれながら、私は大往生を遂げた――ところで目が覚めた。
「起きた?」
彼の優しい笑顔が私を現実に引き戻す。
私が夢の内容を話すと、湧作くんは顔をしかめた。
「何て言うかその、なかなかエグい……いやその、結局お婆さんになって一生を終えるところまで続くんだ。なんかそんな話あったよね。一生を終えたと思ったら、粟粥が煮える間に見た夢でした、ってやつだっけ?」
「『邯鄲の夢』ね」
「うん、それそれ。ああ、それから、夢の中で蟻の国の王様になるっていう話もあったような気が……」
「確か、『南柯太守伝』、だったかな。正確には王様の娘婿になるんだったと思うけど」
いずれにしても、人の一生も一時の夢に過ぎない、みたいな話よね。そう考えるとちょっと切なくなってくるな、なんて思いながら、ふとベンチの手すりに目をやると、一匹の蟻が這っていた。
一般的な黒い蟻ではなく、鼈甲飴みたいな綺麗な色の蟻だ。
「わ、なんか可愛いわね」
私がそう言うと、湧作くんはぎょっとして、
「ちょっ、これって一時期話題になったヒアリってやつじゃ?」
「えっ、あの特定外来生物の? 毒があって刺されるとヤバいやつ?」
毒自体はそこまで強力なものではないらしいけど、アナフィラキシーショックを起こすと命にかかわるという話だ。
私は慌ててスマホで調べてみた。
「ごめん、どうやら違うみたいだね」
湧作くんも検索してみたようで、私に頭を下げた。
うん、ヒアリはもっと赤みが強い色のようだ。それに、ヒアリの体表はつるっとしているようだけど、この蟻は短い毛で覆われている。
「飴色の蟻……。あ、これかな? アメイロケアリ……」
それらしき蟻の情報を見つけ、記事を読み進めていって、私は思わず固まった。
「ふうん、どれどれ?」
湧作くんが覗き込み、記事を読み上げる。
「ええっと、何々? アメイロケアリはトビイロケアリなど他の種類の蟻に一時的社会寄生を行う。他種の蟻の巣に侵入して働き蟻を一匹殺し、そのにおいを自分になすりつけて、他の蟻たちを騙す。そしてさらに巣の奥に侵入、女王を殺して巣を乗っ取る。――ただし、自然界での成功率は極めて低い……」
私と湧作くんは、黙って顔を見合わせた。
――Fin.
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お忘れかもしれませんが、本シリーズは妖とかが存在する世界観ですので(『雪山奇譚』参照)。
なんだか不穏な終わり方をしましたが、二人は末永くラブラブです^^;。
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