婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第二章 馬鹿王子、巻き込まれる

第7話 馬鹿王子、巻き込まれる その一

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※前話・前々話と若干時系列が前後しています。ご注意ください。

※女性蔑視的な表現が出てきますが、クズ野郎のクズ発言として描写しています。ご了承ください。

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 その女――レニー=シスルは、「天魔てんまの再来」と呼ばれていた。
 王立魔法学校創設以来、数百年に一人の天才。救国の四英雄の一人・天魔ロレインの生まれ変わり。
 その実態は、孤児で冒険者の養父母に育てられたというがさつで口の悪いクソ女なのだが。

「恥ずかしいと思わないのか、フィリップ! あのような身分賤しい小娘に、天魔ロレインの名をかたらせるなど!」

 親父にはそう言って随分と責められた。
 魔法の才も非凡とは言い難い庶出しょしゅつの五男坊に、何も期待してなどいないくせに要求ばかり高いのは、まったくもってやりきれない。

「いいか、必ずあの小娘を上回る成績を修めよ! “天魔の血族”の名誉にかけて!」

 俺だって怠けているわけじゃないんだけどな。
 どんなに真面目にはげんだところで、赤毛娘どころか、王太子殿下やユグノリアの娘にも及ばない。
 くそったれ。

「もういい。お前に多くは望まん。小娘にかなわぬというのなら、そやつを側女そばめにせよ。生まれた子の器量次第では、本家を継がせることを考えてもよい」

 魔法学校の課程が折り返しを過ぎた頃から、親父はそんなことを言い出した。
 最初に聞かされた時は、いくら見た目はそこそこの顔立ちだからって、あんな育ちの悪いがさつな女を嫁にするなんて冗談じゃない、と思ったが、気が変わった。
「側室」ならば、一応は正式な妻。場合によっては事実上正妻とほぼ同等の立場に立つケースすらありえるが、「側女そばめ」ってことなら、ただあるじし子を産むだけの役割だからな。
 そもそもが生まれも賤しい平民娘。我がロレイン公爵家でどういう立場に置かれるかは、言うまでもないだろう。

 元々、ロレイン公爵家では代々、嫡統ちゃくとうはもちろん傍系ぼうけい男子にも、領内の魔力資質の高い娘を側女そばめに付けて、“天魔の血族”の名に相応ふさわしい子をもうけるようつとめてきた。
 そして俺も、正妻には当家と関わりの深い有力商人の娘を迎えることが決まっていたが、側女そばめの候補もすでに人選されていたようだ。
 そいつの代わりに――いや、側女そばめが一人でないといけないってことはないか――、あの赤毛娘を側女そばめにし、生まれた子の出来次第では、その後見人として本家の実権を握れる可能性もあるってことだ。
 悪くない話じゃないか。あいつに味わわされた屈辱を、多少なりとも晴らせるってもんだ。
 胸も腰周りも中々に立派だし、元気な子を産んでくれることだろう。ついでにたっぷり楽しめそうだしな。くくく。

「俺の側女そばめになれ。悪い話ではないだろう。一生食うに困ることはないぞ」

 そう勧めてやったというのに、あのクソ女は俺のすねを思いっ切り蹴り飛ばしやがった。
 畜生! 王太子殿下のお気に入りだからって図に乗りやがって!

「ならば側室ってことならどうだ? 平民女にとっては望んでも得られないような待遇だぞ」

 いてっ! 何度も何度も蹴りやがって、このクソ女ぁ!!


 結局、あのクソ女に首席の座を占めさせたまま、俺たちは卒業を迎えた。
 その間、公爵家から直々に、クソ女に対し、側室として迎えたいという話が何度か持ち掛けられた。しまいには、俺じゃなく嫡子の兄貴の側室に、という話にまでなっていたらしい。
 しかし、クソ女はその話をことごとく断りやがった。
 いやまあ、兄貴の側室っていう話なら、むしろ断ってもらいたいところではあるのだが。

 クソ女が当家うちからの話を断り続けた理由が判明したのは、一昨日の卒業パーティーの時だった。
 あのアバズレ、こともあろうに王太子殿下を篭絡していやがったのだ。
 俺を、ひいてはロレイン公爵家を、虚仮コケにしやがって!
 まあ、ちょっとばかし美人で光魔法の才もあるからといってお高くとまっていやがったユグノリアの娘ヘンリエッタづらは、中々の見ものではあったけどな。

 もちろん、それですんなりクソ女が王太子妃に、なんて話になるわけはない。
 殿下は王位継承権を剥奪され、謹慎処分が下されたらしい。
 クソ女がどうなったかはまだ情報が入ってきていないが、仮に処罰されなかったとしても、本人が在学中に口にしていた通り、冒険者風情にでもなるのが関の山だろう。
 世の中そんなに甘くねぇんだよ。馬鹿ばーか馬鹿ばーか

 ちなみに俺はというと、卒業後は宮廷魔道士として働くことになっている。
 無論実家のコネだ。
 一流の魔法使いたちがひしめき合い、政治力でもしのぎを削っている宮廷魔道士の世界で、抜きん出ることができると思うほど、俺も自惚うぬぼれちゃいない。
 あまり明るい展望は持てないな。などと考えていたところに、親父の秘書室長のヴィクターが、俺と同い年くらいの娘を一人連れてやって来た。

 俺の側女そばめだというそいつは、多少魔法資質が高いというだけの芋くさい田舎娘。王都の高級娼館の美女たちとは比べ物にならないが――いや、比べるのが間違いか――、まあ仕方ない。
 こいつがものすごい才能を持った子を産んでくれて、人生一発逆転とかならねぇかな。
 芋娘は何だかおどおどした様子で、見ているうちに段々嗜虐心しぎゃくしんを刺激されてきたのだが――。

「ん? 何だ、まだ何か用があるのか?」

 ふと気が付くと、ヴィクターがじっと俺を見つめていた。

「は。旦那様から、フィリップ坊ちゃまへのご命令をことづかっております」

「命令?」

「はい――。“天魔の血族”の名誉にかけて、レニー=シスルを始末せよと」

「なっ!?」

「始末」――って、もちろん「殺せ」って意味だよな?
 そりゃあ、散々虚仮コケにされて親父が腹を立てているのも理解はできるが、そこまでしなくても……。

「そ、そんなこと……。だいたい、当家うち専門のやつらだってかかえているんだろ? 何も俺がやらなくても……」

を使っても構わぬが、事の采配はフィリップ坊ちゃまが取り仕切られるように、との仰せでございます」

 ヴィクターが眼鏡を不気味に光らせながら言う。
 正直、こいつに対しては実直そうな四十男という印象しか持っていなかったんだがな。
 考えてみれば、王国で一,二を争う大貴族であり、宮廷魔道士団の長でもある人物――つまりこの国随一の実力者たるロレイン公親父の右腕なのだ。実直なだけで務まるはずがないか。
 背筋がぐっしょりと濡れるのを感じながら、もう一度確認してみる。

「お、俺が直々に、あの女をれってか?」

「はい。その手にかけろとまでは言わぬが――、との仰せでございます」

 くっ! 親父のやつめ。俺を試すつもりか。
 兄貴たちの中に、他人を陥れて破滅させるくらいは出来るとしても、相手の返り血をまともに浴びて平然としていられるようなのはいない。――と思う。
 俺に、ロレイン公爵家の汚れ役をになわせるつもりなのか。
 俺だってそんなのやりたくはないが……。親父に役立たずの烙印を押されるわけにもいかない。
 元はと言えば、あの女の自業自得だしな。

「わ、わかった。やるよ。」

「かしこまりました。それでは早速」

「早速って……、あいつの居場所とか、わかってるのか?」

「はい。監視を付けておりましたので。本日昼前に、魔法学校の寮を引き払い、の若い男性と、王都を離れたとのことです」

 栗色の髪の男? ふん、殿下を篭絡する目論見が外れたものだから、また別の男を咥え込みやがったのか。牝犬め。
 それにしても、王都を離れたってか。どこへ行くつもりだろう。

「行く先はわかっているのか?」

「断定はできかねますが……。北の方へ向かったとのこと。資料によれば、彼女の出身はシャロ―フォードという町だそうですね。そこが目的地と考えるのが自然かと」

「な、なるほど」

「馬の用意はさせております。お乗りになれますね?」

「馬鹿にするな!」

 正直、気は重い。
 あんなクソ女でも、殺すとなるとさすがに、なぁ。
 しかも、この件で親父に手際を認められてしまったら、今後もこの手の案件ヤマを押し付けられるのだろう。
 かといって、わざと失敗するという選択肢もない。
 八方塞はっぽうふさがりだな。

 厩舎へ先導するヴィクターが、ぼそりと呟くように言った。

「――せめて、宮廷魔道士になって当家の傘下に入ったなら、旦那様も命までは奪わぬおつもりだったようなのですけれどね。つくづく馬鹿な女ですな」

 ああ、全く同感だ。
 悪く思うなよ、クソ、いや、レニー=シスル。
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