婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

文字の大きさ
6 / 49
第一章 馬鹿王子、旅立つ

第6話 馬鹿王子、追われる その一

しおりを挟む
「お嬢様、差し出がましいようですが」

 お父様の部屋を飛び出した私に、アンナが後ろから声を掛けてくる。

「何?」

「お支度もございますし、ご出立は明朝になるかと」

 そう言われて、私は歩みの速度を落とした。

「わ、わかっています!」

 もうすでに太陽も西に大きく傾く頃合い。アンナの言う通り、出立は明日になってからだ。
 気持ちはくが仕方ない。

 準備をアンナに任せ、私はお母様の部屋に挨拶に行った。
 お母様たちとも、こちらに戻って早々に事情を説明した後、顔を合わせていない。お母様たちの顔を見ていたら、子供の頃に戻って泣きじゃくってしまうことが目に見えていたからだ。

「いらっしゃい、リエッタ。――ちょっと元気が出てきたようね」

 そんなに表情に出ていただろうか?
 いきなり図星を指され、顔が熱くなる。

 部屋にいたのは、私の生母でお父様の正室であるスザンナお母様と、その実妹でお父様の側室のフローラお母様、フローラお母様の子である異母妹いもうとヴィオレッタヴィオラ。それに、私たち姉妹の従兄弟いとこであるハリスンハリーもちょうど遊びに来ていた。

 私に声を掛けてくださったスザンナお母様に、おかげさまで、と当たり障りのない返事を返し、マルグリス様をお迎えに行く旨を説明する。
 と言っても、お父様の暗殺計画といったことまで話してしまうわけにはいかないので、マルグリス様と国王陛下との間で意見の対立があり、貴族たちもからんでひどくこじれてしまったため、当家を巻き込まないためにあのような芝居を打たれたのだ、ということにしておいた。

「あらまあ、そんな事情があったのね」

「よかったじゃないの、リエッタ。王太子殿下が心変わりなさったのではなくて」

 スザンナお母様とフローラお母様が、口々にそうおっしゃると、ヴィオラが不安そうな表情で尋ねた。

「マルグリスさま、わるいひとじゃなかったの?」

「ええ。マルグリス殿下はとても立派な方ですよ」

 フローラお母様が娘の頭を撫でる。

 スザンナお母様は、一人娘である私を大変な難産の末に産み落とした代償として、それ以上子供を産めない体になってしまった。
 ユグノリアの光魔法をもってしても、妊産婦や乳幼児が命を落とすのを防いだり、不妊を治したりというのは困難だ。おそらく、そういったことは神の御業みわざに属するものなのだろう。

 幸いと言うべきか、私は健康に育ち、なおかつ幼い頃から光魔法の才能の片鱗を見せていたのだが、それでも、万一の時のためにもっと跡継ぎ候補を、という声が、家臣たちの間から上がっていた。

 愛妻家のお父様は、当初はそれらの声をはねつけておられた。
 しかし、スザンナお母様の仲の良い実妹であるフローラお母様が、前の夫の酒乱と暴力が原因で離婚なさると、彼女を側室に迎えられた。
 一つには、前夫とその実家に、離婚の原因がむしろフローラお母様の側にあるかのような噂を流され、立場を失っておられたのを救うため、ということもあったようだ。

 そうして生まれたのがヴィオラ。今年八歳になる可愛い妹だ。

「マルグリス殿下がエリシオンにおいでになるのですね。お会いできるのが楽しみです」

 瞳を輝かせて、ハリスンハリーが言った。
 お父様の弟・ウォルス殿の子であるハリーは、ヴィオラより三つ年上で、彼女の許嫁いいなずけだ。
 私がマルグリス様に嫁いだ場合、ユグノリア公爵家を継ぐべきヴィオラは、残念ながら光魔法に関しては凡庸で、そのこともあって、まだ十一歳ながら才能豊かなハリーを婿に迎えることが、早くから決まっていた。

 お母様たちにしてみれば、色々とお辛い立場だろうとお察しするが、当のヴィオラは、無邪気にハリーとの結婚を夢見ている。
 まあ、まだ八歳でもあるし、根っから気楽な性格なのは、掛け値なしに幸いなことだろうと思う。

「それでは行ってまいります。ハリー、ヴィオラ。マルグリスさまがおいでになったら、お慰めしてさしあげてね」

「はい」

「はーい!」

 マルグリス様は大変に複雑でお辛い立場におられる。もちろん私も全力でお支えする所存だけれど、この子たちの天真爛漫さが、ほんの少しでも慰めになれば、と思う。

「いってらっしゃい、リエッタ。気を付けてね」

「はい。行ってまいります」

 スザンナお母様の言葉に、私は力強く頷いた。


 翌日の早朝、私はアンナを伴って王都へと旅立った。
 栗毛の愛馬・ゼフィリスの背に跨り、ふとお父様とお母様たちのことを考える。

 お父様とスザンナお母様は、もちろん家同士の結び付きによる結婚ではあったけれど、深く心を通わせられていた。
 しかしながら、貴族の結婚ともなれば、跡継ぎをもうけることは至上命題。結局、フローラお母様を側室にせざるを得なかった。
 もちろん、お父様は正室であるスザンナお母様を尊重しつつ、フローラお母様のことも大切にしておられる。
 フローラお母様も、人柄がよく聡明な方なので、慎み深く振舞っていらっしゃる。
 けれど、三人の胸の内はどうだろうか。

 マルグリス様も、私を妻にめとった上で、側室を置いたりなさるのだろうか。
 ガリアール王国の祖、勇者ガリアールも、アンジェリカ姫を正室、三女傑を側室にして、さらには旧王国の貴族の子女たちを、大勢側室に迎え入れた。
 国の復興のために必要な措置だったとはいえ、妻となった人たちの心情を思うと……。

 いや、今そのようなことを思い悩んでみても仕方ない。
 何よりもまず、マルグリス様をお迎えせねば。

「お嬢様、あまり考え事をなさっていると危ないですよ」

 葦毛あしげの馬に跨ったアンナが、気遣きづかわしげに声を掛けてきた。
 そんなにぼうっとしているように見えただろうか。

「心配しなくても大丈夫よ」

 ごまかすようにそう言っておく。

 馬という生き物は本来、人を乗せてそれほど長時間長距離を移動できるものではないのだが、休憩のたびに回復魔法を掛けてやるという少々荒っぽいやり方で、その日の日暮れ前には王都に着いた。

「ごめんね、無理をさせて」

 王都の別宅で馬たちを従者に預け、詫びを言う。
 できることなら手ずから世話をしてやりたいところだが、そうもいかない。
 執事のジョセフに、マルグリス殿下のご様子を調べるよう指示を出す。

「あと、もう一つ。ボルト伯爵家の動向を探っておいてもらえるかしら」

「ボルト家の、でございますか?」

「ええ」

 ボルト伯爵家――。現王妃イライザ様の実家であり、マルグリス様の失脚により王太子の外戚の立場を得た。
 先日お父様もおっしゃっていた通り、一度ひとたび甘い未来を見てしまった彼らが、マルグリス殿下が再び王太子に返り咲くという事態を阻止しようと動くことは想像に難くない。
 そして、それが単にマルグリス様の復帰の阻止に留まらず、そのお命さえも脅かすものとなることも十分に考えられる。
 何しろ、今のマルグリス様は、公的な立場を失い、国王陛下の庇護を受けることが難しい状況なのだから。

 今のところ、マルグリス様については、王位継承権を剥奪されたということしか耳に入ってきていない。
 しかし、おそらくは謹慎を科されていると考えるべきだろう。
 さて、どうすればお救いできるだろうか――。
 などと考えながら、アンナの世話で湯浴ゆあみをし、夕食をってその夜はゆっくりと休んだ。
 何にせよまずは情報を集めないことには始まらない。

 しかし、翌日になってもたらされた情報は、想定外のかんばしからざるものだった。

「何ですって? マルグリス様が出奔なさった!?」

「はい。この件は厳重に箝口令かんこうれいが敷かれているようなのですが、例の一件の翌日には、王宮から姿を消されたものと思われます」

 ジョセフから話を聞かされて、私は天を仰いだ。
 いや、これは予想すべきことだった。
 マルグリス様が、おとなしく謹慎処分などに甘んじられるわけがないというのは、少し考えればわかることなのに。

 では、マルグリス様は今どこにいらっしゃるのだろう。
 落ち着いて考えるのよ、ヘンリエッタ。
 あの方の性格なら……。

「アンナ、ついて来て」

 アンナに声を掛け、私は駆け出した。

「お、お嬢様! どちらに行かれますので!?」

 いつも冷静沈着なジョセフが珍しく焦り気味な声で呼びかけるのに対し、私は振り向きもせず答えた。

「冒険者ギルドよ」


 マルグリス様は、前々から、冒険者への憧れを語っておられた。
 もちろん、王太子たるご身分では決して叶うことのない夢物語として、だったけれど。
 そして、魔法学校で、マルグリス様が非常に仲良くしておられたのがレニー。
 冒険者の養父母に育てられ、王太子殿下を差し置いて首席を獲りながら、冒険者として生きると公言していた変わり者。
 パーティーの一件でも、あのマルグリス様が一緒に泥をかぶる役を任せるほどに信頼しておられた相手。

 マルグリス様が王宮を抜け出された場合、頼れる相手というのはそう多くないはずだ。
 もちろん、魔法学校時代もご友人は多かったが、その大部分は、王太子としてのご身分をはばかる者ばかり。
 そういった立場を超えて信頼なさっていた相手となると、悔しいがやはりレニーをいて他にいないだろう。

「はあ。レニーさんなら確かに王都ここのギルドに登録なさっていますが、お連れさんというのは心当たりがないですね」

 駄目か。
 ギルドの受付嬢に聞き込みをしてみたけれど、マルグリス様の手掛かりは得られなかった。
 いや、まだ諦めるのは早い。

「では、冒険者の人たちの溜まり場的な場所はご存じないかしら?」

「それでしたら……」

 そうして教えてもらったのが、この酒場。
 まだ日も高いうちからたむろしている人たちは一体何なのだろう。

「ああ、レニーなら、蜂蜜色の髪に空色の瞳のクソ上品な優男やさおとこと一緒にいるところを見たことあるぜ」

 大当たりだ。
 むさ苦しい格好をした男性の酒臭い息を我慢しつつ、それとマルグリス様への暴言に対する殺意も押し殺しつつ、さらに話を聞いてみる。

「けど、この間、王都から他所よそに拠点を移す、みたいなことを言ってたぜ」

 うっ! いや待て。これも想定内だ。マルグリス様もご自身の立場の微妙さは十分ご承知のはず。王都を離れようとなさるのは当然だろう。

「どこへ行くかは話していましたか?」

「いやぁ、そこまでは聞いてないなぁ」

 他の人たちにも話を聞いてみたが、酒場で聞き出せた情報はここまでだった。

「どこへ向かわれたのかわからないのではお手上げですね。お屋敷に戻って新しい情報を待つしか……。お嬢様? どちらへ行かれるのです?」

「あくまで推測だけれど……。レニーの故郷は、北部のシャロ―フォードという町だったはず。二人が行動を共にしていて、王都に留まるのを避けるとなったら、そちらに向かうというのは最もあり得そうな話でしょう? それに、彼女の養父母がそこで冒険者をやっているということは、一定の仕事があるということだから」

「なるほど。さすがはお嬢様」

 賭けにはなってしまうが、シャローフォードに立ち寄りすらしないということはおそらくないだろう。
 お父様の配下の者たちに情報収集は続けてもらうとして、私はそちらの線を追ってみよう。

 待っていてください、マルグリス様。必ずお迎えにあがります。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星
ファンタジー
 命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。  クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。  女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。 「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」  金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!  時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。  こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

神様、ありがとう! 2度目の人生は破滅経験者として

たぬきち25番
ファンタジー
流されるままに生きたノルン伯爵家の領主レオナルドは貢いだ女性に捨てられ、領政に失敗、全てを失い26年の生涯を自らの手で終えたはずだった。 だが――気が付くと時間が巻き戻っていた。 一度目では騙されて振られた。 さらに自分の力不足で全てを失った。 だが過去を知っている今、もうみじめな思いはしたくない。 ※他サイト様にも公開しております。 ※※皆様、ありがとう! HOTランキング1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※ ※※皆様、ありがとう! 完結ランキング(ファンタジー・SF部門)1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

処理中です...