6 / 50
第一章 馬鹿王子、旅立つ
第6話 馬鹿王子、追われる その一
しおりを挟む
「お嬢様、差し出がましいようですが」
お父様の部屋を飛び出した私に、アンナが後ろから声を掛けてくる。
「何?」
「お支度もございますし、ご出立は明朝になるかと」
そう言われて、私は歩みの速度を落とした。
「わ、わかっています!」
もうすでに太陽も西に大きく傾く頃合い。アンナの言う通り、出立は明日になってからだ。
気持ちは急くが仕方ない。
準備をアンナに任せ、私はお母様たちの部屋に挨拶に行った。
お母様たちとも、こちらに戻って早々に事情を説明した後、顔を合わせていない。お母様たちの顔を見ていたら、子供の頃に戻って泣きじゃくってしまうことが目に見えていたからだ。
「いらっしゃい、リエッタ。――ちょっと元気が出てきたようね」
そんなに表情に出ていただろうか?
いきなり図星を指され、顔が熱くなる。
部屋にいたのは、私の生母でお父様の正室であるスザンナお母様と、その実妹でお父様の側室のフローラお母様、フローラお母様の子である異母妹・ヴィオレッタ。それに、私たち姉妹の従兄弟であるハリスンもちょうど遊びに来ていた。
私に声を掛けてくださったスザンナお母様に、おかげさまで、と当たり障りのない返事を返し、マルグリス様をお迎えに行く旨を説明する。
と言っても、お父様の暗殺計画といったことまで話してしまうわけにはいかないので、マルグリス様と国王陛下との間で意見の対立があり、貴族たちも絡んでひどく拗れてしまったため、当家を巻き込まないためにあのような芝居を打たれたのだ、ということにしておいた。
「あらまあ、そんな事情があったのね」
「よかったじゃないの、リエッタ。王太子殿下が心変わりなさったのではなくて」
スザンナお母様とフローラお母様が、口々にそうおっしゃると、ヴィオラが不安そうな表情で尋ねた。
「マルグリスさま、わるいひとじゃなかったの?」
「ええ。マルグリス殿下はとても立派な方ですよ」
フローラお母様が娘の頭を撫でる。
スザンナお母様は、一人娘である私を大変な難産の末に産み落とした代償として、それ以上子供を産めない体になってしまった。
ユグノリアの光魔法をもってしても、妊産婦や乳幼児が命を落とすのを防いだり、不妊を治したりというのは困難だ。おそらく、そういったことは神の御業に属するものなのだろう。
幸いと言うべきか、私は健康に育ち、なおかつ幼い頃から光魔法の才能の片鱗を見せていたのだが、それでも、万一の時のためにもっと跡継ぎ候補を、という声が、家臣たちの間から上がっていた。
愛妻家のお父様は、当初はそれらの声をはねつけておられた。
しかし、スザンナお母様の仲の良い実妹であるフローラお母様が、前の夫の酒乱と暴力が原因で離婚なさると、彼女を側室に迎えられた。
一つには、前夫とその実家に、離婚の原因がむしろフローラお母様の側にあるかのような噂を流され、立場を失っておられたのを救うため、ということもあったようだ。
そうして生まれたのがヴィオラ。今年八歳になる可愛い妹だ。
「マルグリス殿下がエリシオンにおいでになるのですね。お会いできるのが楽しみです」
瞳を輝かせて、ハリスンが言った。
お父様の弟・ウォルス殿の子であるハリーは、ヴィオラより三つ年上で、彼女の許嫁だ。
私がマルグリス様に嫁いだ場合、ユグノリア公爵家を継ぐべきヴィオラは、残念ながら光魔法に関しては凡庸で、そのこともあって、まだ十一歳ながら才能豊かなハリーを婿に迎えることが、早くから決まっていた。
お母様たちにしてみれば、色々とお辛い立場だろうとお察しするが、当のヴィオラは、無邪気にハリーとの結婚を夢見ている。
まあ、まだ八歳でもあるし、根っから気楽な性格なのは、掛け値なしに幸いなことだろうと思う。
「それでは行ってまいります。ハリー、ヴィオラ。マルグリスさまがおいでになったら、お慰めしてさしあげてね」
「はい」
「はーい!」
マルグリス様は大変に複雑でお辛い立場におられる。もちろん私も全力でお支えする所存だけれど、この子たちの天真爛漫さが、ほんの少しでも慰めになれば、と思う。
「いってらっしゃい、リエッタ。気を付けてね」
「はい。行ってまいります」
スザンナお母様の言葉に、私は力強く頷いた。
翌日の早朝、私はアンナを伴って王都へと旅立った。
栗毛の愛馬・ゼフィリスの背に跨り、ふとお父様とお母様たちのことを考える。
お父様とスザンナお母様は、もちろん家同士の結び付きによる結婚ではあったけれど、深く心を通わせられていた。
しかしながら、貴族の結婚ともなれば、跡継ぎをもうけることは至上命題。結局、フローラお母様を側室にせざるを得なかった。
もちろん、お父様は正室であるスザンナお母様を尊重しつつ、フローラお母様のことも大切にしておられる。
フローラお母様も、人柄がよく聡明な方なので、慎み深く振舞っていらっしゃる。
けれど、三人の胸の内はどうだろうか。
マルグリス様も、私を妻に娶った上で、側室を置いたりなさるのだろうか。
ガリアール王国の祖、勇者ガリアールも、アンジェリカ姫を正室、三女傑を側室にして、さらには旧王国の貴族の子女たちを、大勢側室に迎え入れた。
国の復興のために必要な措置だったとはいえ、妻となった人たちの心情を思うと……。
いや、今そのようなことを思い悩んでみても仕方ない。
何よりもまず、マルグリス様をお迎えせねば。
「お嬢様、あまり考え事をなさっていると危ないですよ」
葦毛の馬に跨ったアンナが、気遣わしげに声を掛けてきた。
そんなにぼうっとしているように見えただろうか。
「心配しなくても大丈夫よ」
ごまかすようにそう言っておく。
馬という生き物は本来、人を乗せてそれほど長時間長距離を移動できるものではないのだが、休憩のたびに回復魔法を掛けてやるという少々荒っぽいやり方で、その日の日暮れ前には王都に着いた。
「ごめんね、無理をさせて」
王都の別宅で馬たちを従者に預け、詫びを言う。
できることなら手ずから世話をしてやりたいところだが、そうもいかない。
執事のジョセフに、マルグリス殿下のご様子を調べるよう指示を出す。
「あと、もう一つ。ボルト伯爵家の動向を探っておいてもらえるかしら」
「ボルト家の、でございますか?」
「ええ」
ボルト伯爵家――。現王妃イライザ様の実家であり、マルグリス様の失脚により王太子の外戚の立場を得た。
先日お父様もおっしゃっていた通り、一度甘い未来を見てしまった彼らが、マルグリス殿下が再び王太子に返り咲くという事態を阻止しようと動くことは想像に難くない。
そして、それが単にマルグリス様の復帰の阻止に留まらず、そのお命さえも脅かすものとなることも十分に考えられる。
何しろ、今のマルグリス様は、公的な立場を失い、国王陛下の庇護を受けることが難しい状況なのだから。
今のところ、マルグリス様については、王位継承権を剥奪されたということしか耳に入ってきていない。
しかし、おそらくは謹慎を科されていると考えるべきだろう。
さて、どうすればお救いできるだろうか――。
などと考えながら、アンナの世話で湯浴みをし、夕食を摂ってその夜はゆっくりと休んだ。
何にせよまずは情報を集めないことには始まらない。
しかし、翌日になってもたらされた情報は、想定外の芳しからざるものだった。
「何ですって? マルグリス様が出奔なさった!?」
「はい。この件は厳重に箝口令が敷かれているようなのですが、例の一件の翌日には、王宮から姿を消されたものと思われます」
ジョセフから話を聞かされて、私は天を仰いだ。
いや、これは予想すべきことだった。
あのマルグリス様が、おとなしく謹慎処分などに甘んじられるわけがないというのは、少し考えればわかることなのに。
では、マルグリス様は今どこにいらっしゃるのだろう。
落ち着いて考えるのよ、ヘンリエッタ。
あの方の性格なら……。
「アンナ、ついて来て」
アンナに声を掛け、私は駆け出した。
「お、お嬢様! どちらに行かれますので!?」
いつも冷静沈着なジョセフが珍しく焦り気味な声で呼びかけるのに対し、私は振り向きもせず答えた。
「冒険者ギルドよ」
マルグリス様は、前々から、冒険者への憧れを語っておられた。
もちろん、王太子たるご身分では決して叶うことのない夢物語として、だったけれど。
そして、魔法学校で、マルグリス様が非常に仲良くしておられたのがレニー。
冒険者の養父母に育てられ、王太子殿下を差し置いて首席を獲りながら、冒険者として生きると公言していた変わり者。
パーティーの一件でも、あのマルグリス様が一緒に泥を被る役を任せるほどに信頼しておられた相手。
マルグリス様が王宮を抜け出された場合、頼れる相手というのはそう多くないはずだ。
もちろん、魔法学校時代もご友人は多かったが、その大部分は、王太子としてのご身分を憚る者ばかり。
そういった立場を超えて信頼なさっていた相手となると、悔しいがやはりレニーを措いて他にいないだろう。
「はあ。レニーさんなら確かに王都のギルドに登録なさっていますが、お連れさんというのは心当たりがないですね」
駄目か。
ギルドの受付嬢に聞き込みをしてみたけれど、マルグリス様の手掛かりは得られなかった。
いや、まだ諦めるのは早い。
「では、冒険者の人たちの溜まり場的な場所はご存じないかしら?」
「それでしたら……」
そうして教えてもらったのが、この酒場。
まだ日も高いうちからたむろしている人たちは一体何なのだろう。
「ああ、レニーなら、蜂蜜色の髪に空色の瞳のクソ上品な優男と一緒にいるところを見たことあるぜ」
大当たりだ。
むさ苦しい格好をした男性の酒臭い息を我慢しつつ、それとマルグリス様への暴言に対する殺意も押し殺しつつ、さらに話を聞いてみる。
「けど、この間、王都から他所に拠点を移す、みたいなことを言ってたぜ」
うっ! いや待て。これも想定内だ。マルグリス様もご自身の立場の微妙さは十分ご承知のはず。王都を離れようとなさるのは当然だろう。
「どこへ行くかは話していましたか?」
「いやぁ、そこまでは聞いてないなぁ」
他の人たちにも話を聞いてみたが、酒場で聞き出せた情報はここまでだった。
「どこへ向かわれたのかわからないのではお手上げですね。お屋敷に戻って新しい情報を待つしか……。お嬢様? どちらへ行かれるのです?」
「あくまで推測だけれど……。レニーの故郷は、北部のシャロ―フォードという町だったはず。二人が行動を共にしていて、王都に留まるのを避けるとなったら、そちらに向かうというのは最もあり得そうな話でしょう? それに、彼女の養父母がそこで冒険者をやっているということは、一定の仕事があるということだから」
「なるほど。さすがはお嬢様」
賭けにはなってしまうが、シャローフォードに立ち寄りすらしないということはおそらくないだろう。
お父様の配下の者たちに情報収集は続けてもらうとして、私はそちらの線を追ってみよう。
待っていてください、マルグリス様。必ずお迎えにあがります。
お父様の部屋を飛び出した私に、アンナが後ろから声を掛けてくる。
「何?」
「お支度もございますし、ご出立は明朝になるかと」
そう言われて、私は歩みの速度を落とした。
「わ、わかっています!」
もうすでに太陽も西に大きく傾く頃合い。アンナの言う通り、出立は明日になってからだ。
気持ちは急くが仕方ない。
準備をアンナに任せ、私はお母様たちの部屋に挨拶に行った。
お母様たちとも、こちらに戻って早々に事情を説明した後、顔を合わせていない。お母様たちの顔を見ていたら、子供の頃に戻って泣きじゃくってしまうことが目に見えていたからだ。
「いらっしゃい、リエッタ。――ちょっと元気が出てきたようね」
そんなに表情に出ていただろうか?
いきなり図星を指され、顔が熱くなる。
部屋にいたのは、私の生母でお父様の正室であるスザンナお母様と、その実妹でお父様の側室のフローラお母様、フローラお母様の子である異母妹・ヴィオレッタ。それに、私たち姉妹の従兄弟であるハリスンもちょうど遊びに来ていた。
私に声を掛けてくださったスザンナお母様に、おかげさまで、と当たり障りのない返事を返し、マルグリス様をお迎えに行く旨を説明する。
と言っても、お父様の暗殺計画といったことまで話してしまうわけにはいかないので、マルグリス様と国王陛下との間で意見の対立があり、貴族たちも絡んでひどく拗れてしまったため、当家を巻き込まないためにあのような芝居を打たれたのだ、ということにしておいた。
「あらまあ、そんな事情があったのね」
「よかったじゃないの、リエッタ。王太子殿下が心変わりなさったのではなくて」
スザンナお母様とフローラお母様が、口々にそうおっしゃると、ヴィオラが不安そうな表情で尋ねた。
「マルグリスさま、わるいひとじゃなかったの?」
「ええ。マルグリス殿下はとても立派な方ですよ」
フローラお母様が娘の頭を撫でる。
スザンナお母様は、一人娘である私を大変な難産の末に産み落とした代償として、それ以上子供を産めない体になってしまった。
ユグノリアの光魔法をもってしても、妊産婦や乳幼児が命を落とすのを防いだり、不妊を治したりというのは困難だ。おそらく、そういったことは神の御業に属するものなのだろう。
幸いと言うべきか、私は健康に育ち、なおかつ幼い頃から光魔法の才能の片鱗を見せていたのだが、それでも、万一の時のためにもっと跡継ぎ候補を、という声が、家臣たちの間から上がっていた。
愛妻家のお父様は、当初はそれらの声をはねつけておられた。
しかし、スザンナお母様の仲の良い実妹であるフローラお母様が、前の夫の酒乱と暴力が原因で離婚なさると、彼女を側室に迎えられた。
一つには、前夫とその実家に、離婚の原因がむしろフローラお母様の側にあるかのような噂を流され、立場を失っておられたのを救うため、ということもあったようだ。
そうして生まれたのがヴィオラ。今年八歳になる可愛い妹だ。
「マルグリス殿下がエリシオンにおいでになるのですね。お会いできるのが楽しみです」
瞳を輝かせて、ハリスンが言った。
お父様の弟・ウォルス殿の子であるハリーは、ヴィオラより三つ年上で、彼女の許嫁だ。
私がマルグリス様に嫁いだ場合、ユグノリア公爵家を継ぐべきヴィオラは、残念ながら光魔法に関しては凡庸で、そのこともあって、まだ十一歳ながら才能豊かなハリーを婿に迎えることが、早くから決まっていた。
お母様たちにしてみれば、色々とお辛い立場だろうとお察しするが、当のヴィオラは、無邪気にハリーとの結婚を夢見ている。
まあ、まだ八歳でもあるし、根っから気楽な性格なのは、掛け値なしに幸いなことだろうと思う。
「それでは行ってまいります。ハリー、ヴィオラ。マルグリスさまがおいでになったら、お慰めしてさしあげてね」
「はい」
「はーい!」
マルグリス様は大変に複雑でお辛い立場におられる。もちろん私も全力でお支えする所存だけれど、この子たちの天真爛漫さが、ほんの少しでも慰めになれば、と思う。
「いってらっしゃい、リエッタ。気を付けてね」
「はい。行ってまいります」
スザンナお母様の言葉に、私は力強く頷いた。
翌日の早朝、私はアンナを伴って王都へと旅立った。
栗毛の愛馬・ゼフィリスの背に跨り、ふとお父様とお母様たちのことを考える。
お父様とスザンナお母様は、もちろん家同士の結び付きによる結婚ではあったけれど、深く心を通わせられていた。
しかしながら、貴族の結婚ともなれば、跡継ぎをもうけることは至上命題。結局、フローラお母様を側室にせざるを得なかった。
もちろん、お父様は正室であるスザンナお母様を尊重しつつ、フローラお母様のことも大切にしておられる。
フローラお母様も、人柄がよく聡明な方なので、慎み深く振舞っていらっしゃる。
けれど、三人の胸の内はどうだろうか。
マルグリス様も、私を妻に娶った上で、側室を置いたりなさるのだろうか。
ガリアール王国の祖、勇者ガリアールも、アンジェリカ姫を正室、三女傑を側室にして、さらには旧王国の貴族の子女たちを、大勢側室に迎え入れた。
国の復興のために必要な措置だったとはいえ、妻となった人たちの心情を思うと……。
いや、今そのようなことを思い悩んでみても仕方ない。
何よりもまず、マルグリス様をお迎えせねば。
「お嬢様、あまり考え事をなさっていると危ないですよ」
葦毛の馬に跨ったアンナが、気遣わしげに声を掛けてきた。
そんなにぼうっとしているように見えただろうか。
「心配しなくても大丈夫よ」
ごまかすようにそう言っておく。
馬という生き物は本来、人を乗せてそれほど長時間長距離を移動できるものではないのだが、休憩のたびに回復魔法を掛けてやるという少々荒っぽいやり方で、その日の日暮れ前には王都に着いた。
「ごめんね、無理をさせて」
王都の別宅で馬たちを従者に預け、詫びを言う。
できることなら手ずから世話をしてやりたいところだが、そうもいかない。
執事のジョセフに、マルグリス殿下のご様子を調べるよう指示を出す。
「あと、もう一つ。ボルト伯爵家の動向を探っておいてもらえるかしら」
「ボルト家の、でございますか?」
「ええ」
ボルト伯爵家――。現王妃イライザ様の実家であり、マルグリス様の失脚により王太子の外戚の立場を得た。
先日お父様もおっしゃっていた通り、一度甘い未来を見てしまった彼らが、マルグリス殿下が再び王太子に返り咲くという事態を阻止しようと動くことは想像に難くない。
そして、それが単にマルグリス様の復帰の阻止に留まらず、そのお命さえも脅かすものとなることも十分に考えられる。
何しろ、今のマルグリス様は、公的な立場を失い、国王陛下の庇護を受けることが難しい状況なのだから。
今のところ、マルグリス様については、王位継承権を剥奪されたということしか耳に入ってきていない。
しかし、おそらくは謹慎を科されていると考えるべきだろう。
さて、どうすればお救いできるだろうか――。
などと考えながら、アンナの世話で湯浴みをし、夕食を摂ってその夜はゆっくりと休んだ。
何にせよまずは情報を集めないことには始まらない。
しかし、翌日になってもたらされた情報は、想定外の芳しからざるものだった。
「何ですって? マルグリス様が出奔なさった!?」
「はい。この件は厳重に箝口令が敷かれているようなのですが、例の一件の翌日には、王宮から姿を消されたものと思われます」
ジョセフから話を聞かされて、私は天を仰いだ。
いや、これは予想すべきことだった。
あのマルグリス様が、おとなしく謹慎処分などに甘んじられるわけがないというのは、少し考えればわかることなのに。
では、マルグリス様は今どこにいらっしゃるのだろう。
落ち着いて考えるのよ、ヘンリエッタ。
あの方の性格なら……。
「アンナ、ついて来て」
アンナに声を掛け、私は駆け出した。
「お、お嬢様! どちらに行かれますので!?」
いつも冷静沈着なジョセフが珍しく焦り気味な声で呼びかけるのに対し、私は振り向きもせず答えた。
「冒険者ギルドよ」
マルグリス様は、前々から、冒険者への憧れを語っておられた。
もちろん、王太子たるご身分では決して叶うことのない夢物語として、だったけれど。
そして、魔法学校で、マルグリス様が非常に仲良くしておられたのがレニー。
冒険者の養父母に育てられ、王太子殿下を差し置いて首席を獲りながら、冒険者として生きると公言していた変わり者。
パーティーの一件でも、あのマルグリス様が一緒に泥を被る役を任せるほどに信頼しておられた相手。
マルグリス様が王宮を抜け出された場合、頼れる相手というのはそう多くないはずだ。
もちろん、魔法学校時代もご友人は多かったが、その大部分は、王太子としてのご身分を憚る者ばかり。
そういった立場を超えて信頼なさっていた相手となると、悔しいがやはりレニーを措いて他にいないだろう。
「はあ。レニーさんなら確かに王都のギルドに登録なさっていますが、お連れさんというのは心当たりがないですね」
駄目か。
ギルドの受付嬢に聞き込みをしてみたけれど、マルグリス様の手掛かりは得られなかった。
いや、まだ諦めるのは早い。
「では、冒険者の人たちの溜まり場的な場所はご存じないかしら?」
「それでしたら……」
そうして教えてもらったのが、この酒場。
まだ日も高いうちからたむろしている人たちは一体何なのだろう。
「ああ、レニーなら、蜂蜜色の髪に空色の瞳のクソ上品な優男と一緒にいるところを見たことあるぜ」
大当たりだ。
むさ苦しい格好をした男性の酒臭い息を我慢しつつ、それとマルグリス様への暴言に対する殺意も押し殺しつつ、さらに話を聞いてみる。
「けど、この間、王都から他所に拠点を移す、みたいなことを言ってたぜ」
うっ! いや待て。これも想定内だ。マルグリス様もご自身の立場の微妙さは十分ご承知のはず。王都を離れようとなさるのは当然だろう。
「どこへ行くかは話していましたか?」
「いやぁ、そこまでは聞いてないなぁ」
他の人たちにも話を聞いてみたが、酒場で聞き出せた情報はここまでだった。
「どこへ向かわれたのかわからないのではお手上げですね。お屋敷に戻って新しい情報を待つしか……。お嬢様? どちらへ行かれるのです?」
「あくまで推測だけれど……。レニーの故郷は、北部のシャロ―フォードという町だったはず。二人が行動を共にしていて、王都に留まるのを避けるとなったら、そちらに向かうというのは最もあり得そうな話でしょう? それに、彼女の養父母がそこで冒険者をやっているということは、一定の仕事があるということだから」
「なるほど。さすがはお嬢様」
賭けにはなってしまうが、シャローフォードに立ち寄りすらしないということはおそらくないだろう。
お父様の配下の者たちに情報収集は続けてもらうとして、私はそちらの線を追ってみよう。
待っていてください、マルグリス様。必ずお迎えにあがります。
10
あなたにおすすめの小説
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
本当の外れスキルのスロー生活物語
転定妙用
ファンタジー
「箱庭環境操作」という外れスキルしかないエバンズ公爵家の長男オズワルドは、跡継ぎの座を追われて、辺境の小さな土地を与えられて・・・。しかし、そのスキルは実は・・・ということも、成り上がれるものでもなく・・・、スローライフすることしかできないものだった。これは、実は屑スキルが最強スキルというものではなく、成り上がるというものでもなく、まあ、一応追放?ということで辺境で、色々なことが降りかかりつつ、何とか本当にスローライフする物語です。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規
NagiKurou
ファンタジー
「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」
国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。
しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。
「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」
管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。
一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく!
一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。
ダンジョンで同棲生活始めました ひと回り年下の彼女と優雅に大豪邸でイチャイチャしてたら、勇者だの魔王だのと五月蝿い奴らが邪魔するんです
もぐすけ
ファンタジー
勇者に嵌められ、社会的に抹殺されてしまった元大魔法使いのライルは、普通には暮らしていけなくなり、ダンジョンのセーフティゾーンでホームレス生活を続けていた。
ある日、冒険者に襲われた少女ルシアがセーフティゾーンに逃げ込んできた。ライルは少女に頼まれ、冒険者を撃退したのだが、少女もダンジョン外で貧困生活を送っていたため、そのままセーフティゾーンで暮らすと言い出した。
ライルとルシアの奇妙な共同生活が始まった。
収奪の探索者(エクスプローラー)~魔物から奪ったスキルは優秀でした~
エルリア
ファンタジー
HOTランキング1位ありがとうございます!
2000年代初頭。
突如として出現したダンジョンと魔物によって人類は未曾有の危機へと陥った。
しかし、新たに獲得したスキルによって人類はその危機を乗り越え、なんならダンジョンや魔物を新たな素材、エネルギー資源として使うようになる。
人類とダンジョンが共存して数十年。
元ブラック企業勤務の主人公が一発逆転を賭け夢のタワマン生活を目指して挑んだ探索者研修。
なんとか手に入れたものの最初は外れスキルだと思われていた収奪スキルが実はものすごく優秀だと気付いたその瞬間から、彼の華々しくも生々しい日常が始まった。
これは魔物のスキルを駆使して夢と欲望を満たしつつ、そのついでに前人未到のダンジョンを攻略するある男の物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる