婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第一章 馬鹿王子、旅立つ

第6話 馬鹿王子、追われる その一

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「お嬢様、差し出がましいようですが」

 お父様の部屋を飛び出した私に、アンナが後ろから声を掛けてくる。

「何?」

「お支度もございますし、ご出立は明朝になるかと」

 そう言われて、私は歩みの速度を落とした。

「わ、わかっています!」

 もうすでに太陽も西に大きく傾く頃合い。アンナの言う通り、出立は明日になってからだ。
 気持ちはくが仕方ない。

 準備をアンナに任せ、私はお母様の部屋に挨拶に行った。
 お母様たちとも、こちらに戻って早々に事情を説明した後、顔を合わせていない。お母様たちの顔を見ていたら、子供の頃に戻って泣きじゃくってしまうことが目に見えていたからだ。

「いらっしゃい、リエッタ。――ちょっと元気が出てきたようね」

 そんなに表情に出ていただろうか?
 いきなり図星を指され、顔が熱くなる。

 部屋にいたのは、私の生母でお父様の正室であるスザンナお母様と、その実妹でお父様の側室のフローラお母様、フローラお母様の子である異母妹いもうとヴィオレッタヴィオラ。それに、私たち姉妹の従兄弟いとこであるハリスンハリーもちょうど遊びに来ていた。

 私に声を掛けてくださったスザンナお母様に、おかげさまで、と当たり障りのない返事を返し、マルグリス様をお迎えに行く旨を説明する。
 と言っても、お父様の暗殺計画といったことまで話してしまうわけにはいかないので、マルグリス様と国王陛下との間で意見の対立があり、貴族たちもからんでひどくこじれてしまったため、当家を巻き込まないためにあのような芝居を打たれたのだ、ということにしておいた。

「あらまあ、そんな事情があったのね」

「よかったじゃないの、リエッタ。王太子殿下が心変わりなさったのではなくて」

 スザンナお母様とフローラお母様が、口々にそうおっしゃると、ヴィオラが不安そうな表情で尋ねた。

「マルグリスさま、わるいひとじゃなかったの?」

「ええ。マルグリス殿下はとても立派な方ですよ」

 フローラお母様が娘の頭を撫でる。

 スザンナお母様は、一人娘である私を大変な難産の末に産み落とした代償として、それ以上子供を産めない体になってしまった。
 ユグノリアの光魔法をもってしても、妊産婦や乳幼児が命を落とすのを防いだり、不妊を治したりというのは困難だ。おそらく、そういったことは神の御業みわざに属するものなのだろう。

 幸いと言うべきか、私は健康に育ち、なおかつ幼い頃から光魔法の才能の片鱗を見せていたのだが、それでも、万一の時のためにもっと跡継ぎ候補を、という声が、家臣たちの間から上がっていた。

 愛妻家のお父様は、当初はそれらの声をはねつけておられた。
 しかし、スザンナお母様の仲の良い実妹であるフローラお母様が、前の夫の酒乱と暴力が原因で離婚なさると、彼女を側室に迎えられた。
 一つには、前夫とその実家に、離婚の原因がむしろフローラお母様の側にあるかのような噂を流され、立場を失っておられたのを救うため、ということもあったようだ。

 そうして生まれたのがヴィオラ。今年八歳になる可愛い妹だ。

「マルグリス殿下がエリシオンにおいでになるのですね。お会いできるのが楽しみです」

 瞳を輝かせて、ハリスンハリーが言った。
 お父様の弟・ウォルス殿の子であるハリーは、ヴィオラより三つ年上で、彼女の許嫁いいなずけだ。
 私がマルグリス様に嫁いだ場合、ユグノリア公爵家を継ぐべきヴィオラは、残念ながら光魔法に関しては凡庸で、そのこともあって、まだ十一歳ながら才能豊かなハリーを婿に迎えることが、早くから決まっていた。

 お母様たちにしてみれば、色々とお辛い立場だろうとお察しするが、当のヴィオラは、無邪気にハリーとの結婚を夢見ている。
 まあ、まだ八歳でもあるし、根っから気楽な性格なのは、掛け値なしに幸いなことだろうと思う。

「それでは行ってまいります。ハリー、ヴィオラ。マルグリスさまがおいでになったら、お慰めしてさしあげてね」

「はい」

「はーい!」

 マルグリス様は大変に複雑でお辛い立場におられる。もちろん私も全力でお支えする所存だけれど、この子たちの天真爛漫さが、ほんの少しでも慰めになれば、と思う。

「いってらっしゃい、リエッタ。気を付けてね」

「はい。行ってまいります」

 スザンナお母様の言葉に、私は力強く頷いた。


 翌日の早朝、私はアンナを伴って王都へと旅立った。
 栗毛の愛馬・ゼフィリスの背に跨り、ふとお父様とお母様たちのことを考える。

 お父様とスザンナお母様は、もちろん家同士の結び付きによる結婚ではあったけれど、深く心を通わせられていた。
 しかしながら、貴族の結婚ともなれば、跡継ぎをもうけることは至上命題。結局、フローラお母様を側室にせざるを得なかった。
 もちろん、お父様は正室であるスザンナお母様を尊重しつつ、フローラお母様のことも大切にしておられる。
 フローラお母様も、人柄がよく聡明な方なので、慎み深く振舞っていらっしゃる。
 けれど、三人の胸の内はどうだろうか。

 マルグリス様も、私を妻にめとった上で、側室を置いたりなさるのだろうか。
 ガリアール王国の祖、勇者ガリアールも、アンジェリカ姫を正室、三女傑を側室にして、さらには旧王国の貴族の子女たちを、大勢側室に迎え入れた。
 国の復興のために必要な措置だったとはいえ、妻となった人たちの心情を思うと……。

 いや、今そのようなことを思い悩んでみても仕方ない。
 何よりもまず、マルグリス様をお迎えせねば。

「お嬢様、あまり考え事をなさっていると危ないですよ」

 葦毛あしげの馬に跨ったアンナが、気遣きづかわしげに声を掛けてきた。
 そんなにぼうっとしているように見えただろうか。

「心配しなくても大丈夫よ」

 ごまかすようにそう言っておく。

 馬という生き物は本来、人を乗せてそれほど長時間長距離を移動できるものではないのだが、休憩のたびに回復魔法を掛けてやるという少々荒っぽいやり方で、その日の日暮れ前には王都に着いた。

「ごめんね、無理をさせて」

 王都の別宅で馬たちを従者に預け、詫びを言う。
 できることなら手ずから世話をしてやりたいところだが、そうもいかない。
 執事のジョセフに、マルグリス殿下のご様子を調べるよう指示を出す。

「あと、もう一つ。ボルト伯爵家の動向を探っておいてもらえるかしら」

「ボルト家の、でございますか?」

「ええ」

 ボルト伯爵家――。現王妃イライザ様の実家であり、マルグリス様の失脚により王太子の外戚の立場を得た。
 先日お父様もおっしゃっていた通り、一度ひとたび甘い未来を見てしまった彼らが、マルグリス殿下が再び王太子に返り咲くという事態を阻止しようと動くことは想像に難くない。
 そして、それが単にマルグリス様の復帰の阻止に留まらず、そのお命さえも脅かすものとなることも十分に考えられる。
 何しろ、今のマルグリス様は、公的な立場を失い、国王陛下の庇護を受けることが難しい状況なのだから。

 今のところ、マルグリス様については、王位継承権を剥奪されたということしか耳に入ってきていない。
 しかし、おそらくは謹慎を科されていると考えるべきだろう。
 さて、どうすればお救いできるだろうか――。
 などと考えながら、アンナの世話で湯浴ゆあみをし、夕食をってその夜はゆっくりと休んだ。
 何にせよまずは情報を集めないことには始まらない。

 しかし、翌日になってもたらされた情報は、想定外のかんばしからざるものだった。

「何ですって? マルグリス様が出奔なさった!?」

「はい。この件は厳重に箝口令かんこうれいが敷かれているようなのですが、例の一件の翌日には、王宮から姿を消されたものと思われます」

 ジョセフから話を聞かされて、私は天を仰いだ。
 いや、これは予想すべきことだった。
 マルグリス様が、おとなしく謹慎処分などに甘んじられるわけがないというのは、少し考えればわかることなのに。

 では、マルグリス様は今どこにいらっしゃるのだろう。
 落ち着いて考えるのよ、ヘンリエッタ。
 あの方の性格なら……。

「アンナ、ついて来て」

 アンナに声を掛け、私は駆け出した。

「お、お嬢様! どちらに行かれますので!?」

 いつも冷静沈着なジョセフが珍しく焦り気味な声で呼びかけるのに対し、私は振り向きもせず答えた。

「冒険者ギルドよ」


 マルグリス様は、前々から、冒険者への憧れを語っておられた。
 もちろん、王太子たるご身分では決して叶うことのない夢物語として、だったけれど。
 そして、魔法学校で、マルグリス様が非常に仲良くしておられたのがレニー。
 冒険者の養父母に育てられ、王太子殿下を差し置いて首席を獲りながら、冒険者として生きると公言していた変わり者。
 パーティーの一件でも、あのマルグリス様が一緒に泥をかぶる役を任せるほどに信頼しておられた相手。

 マルグリス様が王宮を抜け出された場合、頼れる相手というのはそう多くないはずだ。
 もちろん、魔法学校時代もご友人は多かったが、その大部分は、王太子としてのご身分をはばかる者ばかり。
 そういった立場を超えて信頼なさっていた相手となると、悔しいがやはりレニーをいて他にいないだろう。

「はあ。レニーさんなら確かに王都ここのギルドに登録なさっていますが、お連れさんというのは心当たりがないですね」

 駄目か。
 ギルドの受付嬢に聞き込みをしてみたけれど、マルグリス様の手掛かりは得られなかった。
 いや、まだ諦めるのは早い。

「では、冒険者の人たちの溜まり場的な場所はご存じないかしら?」

「それでしたら……」

 そうして教えてもらったのが、この酒場。
 まだ日も高いうちからたむろしている人たちは一体何なのだろう。

「ああ、レニーなら、蜂蜜色の髪に空色の瞳のクソ上品な優男やさおとこと一緒にいるところを見たことあるぜ」

 大当たりだ。
 むさ苦しい格好をした男性の酒臭い息を我慢しつつ、それとマルグリス様への暴言に対する殺意も押し殺しつつ、さらに話を聞いてみる。

「けど、この間、王都から他所よそに拠点を移す、みたいなことを言ってたぜ」

 うっ! いや待て。これも想定内だ。マルグリス様もご自身の立場の微妙さは十分ご承知のはず。王都を離れようとなさるのは当然だろう。

「どこへ行くかは話していましたか?」

「いやぁ、そこまでは聞いてないなぁ」

 他の人たちにも話を聞いてみたが、酒場で聞き出せた情報はここまでだった。

「どこへ向かわれたのかわからないのではお手上げですね。お屋敷に戻って新しい情報を待つしか……。お嬢様? どちらへ行かれるのです?」

「あくまで推測だけれど……。レニーの故郷は、北部のシャロ―フォードという町だったはず。二人が行動を共にしていて、王都に留まるのを避けるとなったら、そちらに向かうというのは最もあり得そうな話でしょう? それに、彼女の養父母がそこで冒険者をやっているということは、一定の仕事があるということだから」

「なるほど。さすがはお嬢様」

 賭けにはなってしまうが、シャローフォードに立ち寄りすらしないということはおそらくないだろう。
 お父様の配下の者たちに情報収集は続けてもらうとして、私はそちらの線を追ってみよう。

 待っていてください、マルグリス様。必ずお迎えにあがります。
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