婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第三章 馬鹿王子、師を得る

第33話 馬鹿王子、師を得る その五

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 剣を構え、バネッサと対峙たいじする。
 僕は木剣を両手で持ち、中段の構え。
 一方のバネッサは、木剣を左腰に当てて左手を添え、アンジュ流で言うところの居合いあいの構えだ。

 全身に魔力をみなぎらせつつ、バネッサの出方を窺うが、どうやら自分から動く気はなさそうだ。
 僕に仕掛けさせてせんを取る作戦か。
 いいだろう。その誘い、乗ってやるよ。

 僕は鋭く踏み込み、バネッサの喉元へ突きを見舞う。
 それに対してバネッサは、完璧と言っていいタイミングで斬撃を合わせてきた。
 突きをかわしつつ、抜刀からのぎ払い。
 やむなく、僕は剣を引き戻してバネッサの斬撃を受け止め、退すさって間合いを取った。

 しかし、バネッサは間髪を置かず追撃を掛けてくる。
 左下から右上への斬り上げ。
 ギリギリで見切ってかわすと、さらに踏み込んで来て首薙ぎ。
 僕はしゃがみこみざま、足払いを仕掛ける。
 ジャンプしてそれをかわしたバネッサに対し、僕は蹴り足を返して空中の彼女を追撃する。
 空中では対処しようがない――はずなのだが、バネッサは器用に足裏で受け止め、そのままの勢いでとんぼ返りを打って間合いを取る。
 僕が立ち上がり剣を構えた時には、彼女も一分いちぶの隙も無い構えを取っていた。

「やるじゃん。良い家のお坊ちゃんの行儀の良い剣術かと思ったら、喧嘩剣術もやるんだ」

 バネッサが感心したように言う。

 こういう戦い方は、近衛騎士団の中隊長の一人であるクライドという男に習ったものだ。
 彼は、他の幹部たちがほぼ有力貴族の子弟で固められている中、ほぼ唯一の平民出身者で、王立魔法学校の出ではあるが、一兵卒の立場から実力でのし上がった。
 正直素行はあまり良いとは言えず、剣も我流で、王宮の剣術師範からは、「あのような邪道に手を出されるものではありません」などと、随分とお小言を言われたものだが。

 それにしても、「良い家の出」ということは見抜かれているのか。まあ仕方ないだろうな。

「冒険者志望だったものでね。お綺麗な剣術だけじゃ生き抜いていけない。そうだろ?」

「わかってるじゃん……と言いたいところだけど、お貴族様のごっこ遊びがどこまで通用するか、な!」

 そう言い終わるや、バネッサはさながら野生のケモノのように目を光らせ、鋭い踏み込みで一瞬にして間合いを詰めて、怒涛の勢いで攻撃を仕掛けてくる。
 斬撃だけではなく、蹴りも交えた多彩極まるものだ。
 しかも、一撃一撃が鋭く、重い。
 さばくだけで手一杯になり、中々反撃の糸口がつかめない。
 そして――。
 バネッサは居合の構えから抜刀。剣が届くには少々距離があるはずのところ、なんとそのまま剣をこちらに投げ放ってきた。

「なっ!?」

 さすがにこれは予想外だ。
 どうにか剣で弾き飛ばすも、その隙にバネッサは至近まで迫り、両手で僕の腕を封じた。
 女性とは思えない膂力りょりょく。これが“真気功しんきこう”の力か。
 もちろん、僕も魔力を込めて対抗することは可能なのだが、力ずくで押し返そうとしたら、きっと彼女の思う壺だろう。

 僕はあえて逆らわず、バネッサに押されるようにして倒れ込んだ。
 これは彼女にとっても予想外だったのだろう。一瞬驚いたような表情を浮かべたが、細いまなじりの奥の眼光が、別の意味でケモノのそれに変わる。
 おいおい、何考えてるんだ。

 固唾を飲んで見守っていたレニーが何やら喚いているが、今はそれどころじゃない。

 バネッサを引きずり込むようにして倒れ込みながら、僕は体をひねって上下を入れ替え、逆に彼女を組み敷く形に持って行った。
 少々いかがわしい体勢になってしまうが仕方ない。
 そもそも、組打ちを挑んできたのは彼女の方なんだしな。

 どさりと背中から床に落ちたバネッサの腹を尻に敷き、完全に押さえ込んだ――と思ったのだが、彼女は女性特有の身体の柔軟さをフルにかし、僕の股の間をすり抜けていった。
 そして、あらかじめ位置関係を頭に入れていたのだろう。先ほど僕がはじいた木剣を拾い上げ、立ち上がると同時に構えを取る。

 僕もすぐさま、一旦手放した木剣を素早く拾い上げ、バネッサと対峙する。
 ほんの一呼吸でも遅れていたら、彼女に攻め込まれていただろう。
 そのまましばしの間睨み合う。

 それにしても――。
 バネッサの技量が優れているのはもちろんなのだが、この勝負、どうにも分が悪い。
 彼女自身は魔力を持っていないが、他人の魔力を見ることはできるようで、僕がこの身に込めた魔力を読み取り、こちらの動き、特に仕掛けのタイミングを、ほぼ完全に読まれてしまっている。
 これは魔力功まりょくこうの欠点の一つで、僕自身も相手の魔力を読むことはできるし、達人同士だと高度な読み合いになってしまうのだが、問題は、こちらはバネッサの動きを読めないということだ。

 いや――。
 少しばかり、「真気功しんきこう」という未知の技術を得体の知れないものと捉えすぎていたかもしれない。
 つまるところ、人間の体内から湧いて出る力なのだ。
 僕は深く深呼吸し、心をしずめた。
 バネッサの呼吸を読み、一挙手一投足、筋肉の動きの一つ一つにまで神経を集中させる。

 動きを止めてしまった僕に対し、バネッサも身動みじろぎせずに精神を集中させ、じっとこちらの出方を窺う。
 そのまま何分間、お互いに睨み合っていただろうか。
 先にれたのはバネッサの方だった。

 れたと言っても、その動きには寸分の無駄も無く、流れるように間合いを詰めて、必殺の斬撃。
 左の肩口から迫る剣を――、僕の剣が弾き飛ばした。

 正直なところ、もう一度やれと言われても、成功させられるかどうか自信は無い。
 けれど、確かに今、バネッサの動きを読むことができた。

 おっと。
 剣を弾き飛ばしたからって油断しちゃいけないな。
 組打ちを挑んで来られて逆転負けしてしまってはたまらない。
 もっとも、バネッサは呆然とした様子なので、心配は無いとは思うが。
 剣先を彼女に向け、牽制する。

「それまで!」

 グラハムさんの声が掛かった。
 勝負ありと認めてくれたようだ。

「すごい……。すごい! すごいよ、あんた! 同世代のやつに完敗したのは初めてだよ!」

 呆然とした表情だったバネッサが、打って変わってはしゃぎながら僕に抱きついてくる。

「ちょ、バネッサ! あんまりベタベタしないでくれ。僕には大切な女性ひとがいるんだ」

 僕は乱暴にし過ぎないよう気を付けながら、バネッサを突き放した。

「え、あ、そうなの?」

 バネッサはそう言いながら、レニーの方をちらっと見る。
 レニーはこほんと咳払いをして、ゆっくり僕に近付いてきた。
 そして僕の体をぎゅっと抱き締め、耳元で囁いた。

「ねえ、一つ聞きたいんだけど。マグの“大切な女性ひと”って……誰のこと?」

 僕の背筋を、冷や汗がしたたり落ちた。


 その後、結局課題は未達成と判定された二人が師匠に抗議するもやはり聞き入れられず、といった一幕もありつつ、僕たちは道場を辞して、グラハムさんに紹介してもらった宿屋に入った。
 一階の食堂で、このあたりの名物だというキノコ料理を食べた後、部屋に入ってレニーに話しかける。

「明日もう一日、ここに滞在したいんだけど、どうかな?」

 ロレイン公はともかく、父やボルト伯爵家の追手も警戒しないといけないので、一つの町にあまり長く滞在するのは避けたいが、やはり“真気功しんきこう”というものには非常に興味がある。
 たった一日で何が学び取れるかはわからないけれど、できるかぎりのものは吸収しておきたいと思う。

 レニーは肩をすくめて、言った。

「多分そう言い出すだろうと思ってたよ。どうぞご自由に。あたしはアデニードのしつけでもしようかな」

「ありがとう。念のためにマドラを護衛につけようか?」

「うん。そのほうが安心だね」

 そこでふと、レニーは両目を細め、

「念のために聞いとくけど、バネッサに興味があるっていうんじゃないだろうね?」

 僕は慌てて首を振った。

「そ、そんなわけないだろ! 純粋に、あの人たちの剣技に興味があるってだけだよ!」

「うん、知ってる」

 レニーはにっこりと微笑んだ。
 けれど、その笑顔はちょっと皮肉めいて見えた。

「マグには“大切な女性ひと”がいるんだもんね」

 うっ。それを言われるとつらい。

「……確かに、リエッタのことは今でもふっ切れてないよ。でも、レニーきみに対しても、単に冒険のパートナーという以上の感情をいだいてるんだ」

「へっ!?」

 レニーが素っ頓狂な声を上げ、その頬が真っ赤に染まる。
 なんだかこちらまで顔が火照ほてってしまうけれど、大事なことだからちゃんと言っておかないとな。

「でも、やっぱり、今の気持ちのまま君と付き合うのは、リエッタの代用品にしているようで心苦しいんだよ」

「あー、そ、そんなふうに思ってたんだ。でも大丈夫だよ。今はリエッタあいつの代わりだとしても、そのうちきっと、他の誰でもないあたしのことが好きだって言わせてみせるから」

 そう言って、真剣な瞳で僕を見つめる。
 その表情がたまらなくいとおしく思えて、僕はレニーをぎゅっと抱き締め、唇を重ね合わせた。

「――初めて、かな? マグの方からキスしてくれたのは」

「調子のいいやつだと思われるかもしれないけど、やっぱり僕は君のことが好きみたいだ」

「ふふっ、当然だろ。だってこんなにいい女なんだもの」

「……自分で言うかな」

 いや、本当にいい女だと思っているけどさ。

「さて、このまま押し倒してもいいんだよ?」

 レニーは少し頬を染めながらそんなことを言ってくるが、さすがにそれは、ね。

「前にも言ったけど、君のご両親にご挨拶しないうちは、節度を守らなきゃだよ」

「そんなこと気にする人たちじゃないって言ってるのに……。まあいいか。シャロ―フォードまでもう少しだしね」

 そうなんだよな。
 ここファルナからシャロ―フォードまでは、あと三日ほどの行程だ。
 レニーのご両親にお会いするのは、楽しみなような緊張するような、複雑な心境だな。
 そんなことを考えながら、僕たちは眠りについた。
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