婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第三章 馬鹿王子、師を得る

第34話 馬鹿王子、師を得る その六

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 翌朝、宿で朝食を済ませ、マドラを召喚してレニーに付けてやる。そうして彼女を城門から送り出してから、僕はグラハムさんの道場に向かった。
 道場に一歩足を踏み入れると、そこは大変賑やかだった。

「やあっ! とおっ!」

 十歳にも満たない子供たちが五人ばかり、掛け声とともに棒を振り回している。
 それも、硬い木の棒などではなく、麦藁むぎわらか何かを束ねて布でくるんだものであるようだ。
 その様子は、剣術道場の門弟たちというよりも――。

「託児所……?」

 思わず呟いてしまった。

 グラハムさんは子供の一人が打ちかかってくるのをニコニコしながらさばいているし、その傍らでは、中年女性が三歳くらいの女の子を抱きかかえて微笑んでいる。

「おはようございます」

 僕が挨拶すると、二人も朗らかに挨拶を返してくれた。

 中年女性はデボラさんと言い、予想どおりグラハムさんの奥さんだったが、子供は二人の子ではない、というか子宝には恵まれなかったらしい。
 今道場にいる子たちは、町の人たちが仕事をする間預かっているということだそうだ。
 本当に託児所じゃないか。

 正直なところ、平民相手の剣術道場なんて経営が成り立つものなのだろうかと疑問だったのだが、やはり冒険者時代の蓄えを吐き出しながら半分趣味でやっているらしい。
 子供たちの親からは、お金こそ取らないものの食料などの現物を色々貰っていて、生活の足しにしているのだそうだ。
 門弟は、マークとバネッサ以外に二十代の若者が二人ほどいるそうだが、彼らは護身術程度の嗜みで、才能もやる気もあるのはあの二人だけらしい。

 ちなみに、奥さんのデボラさんは、冒険者上がりではなく元神殿の巫女で、還俗してグラハムさんと結婚したのだそうだ。
 光魔法の使い手なので、門弟たちが稽古で怪我をしたら治療してやっているのだとか。

 子供たちの相手をデボラさんに任せ、グラハムさんと木剣を交える。
 三本立ち合って、辛うじて一本は取ることができたが、花を持たせてもらった感なきにしもあらず。やっぱり強いな、この人。

 その後、グラハムさんからシンフェルド流の由緒について話を聞いた。
 開祖のシンフェルドという人は、アンジュ流から分かれた某流派の師範の下僕として働いていたが、見よう見まねで剣を覚え、門弟たちにも勝利するほどに強くなってしまったことが主人の勘気かんきに触れ、追い出されてしまったのだとか。

 ちなみに、アンジュ流は、最初期はアンジュ公爵家の当主が流派の宗家そうけも兼ねていたのだが、四代目の時に、剣の才に優れた当主の弟が宗家を担い、以来、公爵家と剣術宗家は分離してしまった。
 さらに時代が下ると、宗家は剣聖アンジュの血を引いているかどうかではなく純粋に剣技に優れた者が継ぐようになって、今に至っている。

 シンフェルドに話を戻すと、追い出された彼は剣の修行を続けながら当てもなく放浪していたが、ある時剣聖アンジュ直々の手ほどきを受ける機会を得て、新たな流派を開くに至ったのだとか。

「……あー、ちょっと待ってください。開祖シンフェルドって、いつの時代のお人でしたっけ?」

「左様。流派を開かれたのは今から350年ほど前と伝えられておりますな」

 剣聖アンジュとは全然時代が合わないじゃないか!
 確かに彼女は、勇者にして初代国王であるガリアールとの間に娘を一人もうけた後、王宮から出奔して二度と戻らず、国内各地を放浪して様々な伝説を残してはいるのだが、それから100年以上時代がずれている。

「おっしゃりたいことはわかります。当流派では、開眼かいげんのきっかけとなるような出来事が何かあって、それを剣聖との邂逅かいこうに例えられたのだ、と解釈しております。まあ、その『何か』については解釈が分かれるところではありますが」

 なるほどね。開祖が法螺を吹いたとは思いたくないだろうからなぁ。

 そんな話をしつつ、「真気功しんきこう」というものについて手ほどきを受ける。

「今さらですが、よろしいのですか? 他流派の者に教えたりなさって」

「はは、お気になさらずに。今お教えしているのは、『真気功』の初歩の初歩ですからな。当流派の秘伝でもなんでもありはしません。この先どうかされるかは、あなた次第ですぞ」

 そう言ってくれるなら、お言葉に甘えるとしよう。
 ちょっとずつだが、「真気しんき」の巡らせ方が掴めてきた気がする。

「中々筋がよろしいですな。魔力功に慣れ親しんでおられるとはいえ、それがかえって「真気」を掴む妨げになる場合も多いのですが」

 才能があるということだろうか?
 いやいや、自惚れるのはよそう。元々僕は、少々器用貧乏なきらいがあるからな。
 魔法ではレニーに及ばず、光魔法ではリエッタに及ばない。
 本当の天才というのは、きっと彼女たちや、あるいはバネッサのような人のことを指すのだろう。

「そういえば、バネッサが『剣聖の生まれ変わり』などと言っていましたが……」

「ああ、あれですか。あれは本人がそう言っているだけですよ。祖父母の代まで遡ってもただの平民です。アンジュ公爵家と関りなどありはしません」

 そうなのか。でも、公爵家から臣籍しんせきに下った人も少なくないし、平民の女性との間に隠し子をもうけた事例だって数多いはず。そういった人たちの血がバネッサに全く混じってないとも言い切れないとは思うが。
 まあ、その血筋はともかく、剣の天才なのは間違いないだろう。

「そろそろお昼にしましょう」

 デボラさんからそう声を掛けられて、僕たちは昼食を摂った。
 パンにチーズと塩漬け肉を挟んだだけの簡素なものだったが、中々美味かった。
 材料はどれも、子供たちの実家から差し入れられたものであるらしい。

 お昼を食べ終わって間もなくすると、マークとバネッサが道場を訪れた。
 いつもはそれぞれの家業の手伝いをしたり、冒険者として依頼を受けたりしていて、その合間を見て道場に通っているのだそうだ。

 バネッサはニコニコしながら僕に寄って来たが、マークは相変わらずな態度だ。距離を置いて僕を睨みつけてくる。

「おいマグ、俺と立ち合え。今日こそは勝たせてもらう」

 そんなことを言ってきたので、相手をしてやることにした。
 せっかくだから、真気功を使ってどれだけ戦えるか試してみるか――、などと考えたのだが、さすがに勝てなかった。マークこいつも決して弱くはないんだよな。
 マークはちょっと納得が行ってなさそうな顔をしていたが。

 その後バネッサとも立ち合い、かなり食い下がってはみたがやはり勝てなかった。やっぱりこの子は強い。

「ちょ、ちょ! 昨日の今日で真気功をそれだけ使いこなせるのってすごくない!? あんたひょっとして天才?」

 こらこら。そんなこと言われたら自惚れてしまうだろ。

「剣術自体は長年やってきているものだしね。たまたま、真気功のコツを上手く掴めたってだけだよ」

 謙遜ではなく、本当にそう思っている。

 ああ、そうだ。昨日から気になっていたのだけれど。

「色々と経験を積んで来られたであろうグラハムさんはともかく、バネッサきみはその若さでどうやって魔力を読む技術を身に着けたんだい?」

 自身が魔力持ちではない人間が、他人の魔力を読む、というのは、そう簡単に身に着くものではないはずだ。

「あ、そのこと? まあ、この町にはあまり優秀な魔法使いはいないんだけど、魔力持ちの武芸者なら何人かいてさ。師匠の冒険者時代の伝手つてで、時々稽古を付けに来てくれるんだよ」

 なるほど。その人たちとの立ち合いの中で、魔力功を読むすべ会得えとくしたわけか。

「特に、槍使いのベルナーさんて人からは、色々学ばせてもらったんだけどね。ここしばらくは……」

 そう言って、バネッサは表情を曇らせる。

「何かあったのかい?」

「ベルナーさんの三番目の娘――ルーシーっていうんだけど、その子が行方知れずになっててさ。王都に行ってたこの町の人間が、それらしき死体を見かけたって……。それで今、王都に確認に行ってるんだ。人違いならいいんだけど……。ああでも、どこかの誰かの親が悲しむことには変わりないんだよね」

「それは仕方ないよ。犠牲になったのが自分の知り合いでなければいいのに、と考えるのは、人間の自然な感情だと思うよ」

「そうかな……。うん、そうだね」

 バネッサは自分自身を納得させるようにそう呟いた。
 それにしても――。

「それって、王都の貧民街に身元不明の死体が捨てられていたって話かい?」

「うん、何かそんな話らしいけど……。知ってるの?」

「ああ、いや。ちょっと小耳に挟んだことがあるだけだよ」

 血を吸われたとおぼしき痕跡のある、身元不明の死体遺棄事件。
 王都の治安局も本腰を入れて捜査していたようだが、少なくとも僕がいた頃にはまだ、手掛かりは全く掴めていないようだった。

 そんな話をしていると、突然、声が掛かった。

「バネッサ殿、若君がお待ちです」

 歩み寄って来て声を掛けたのは、貴族の従者らしい身なりの若い男だ。

「ああ、わかった。すぐ行くよ」

 バネッサが男について行くのを見送り、僕はマークに尋ねた。

「今のは?」

「伯爵様のところの坊ちゃんの使いだよ」

 不機嫌さを剥き出しにしながらも、マークは意外と素直に答えてくれた。
 ファルナの領主ファルナ伯の息子、か。
 直接の面識はないし、あまり噂も聞いたことがない。
 良きにつけ悪きにつけ、評判になるほどの人物ではないということか。

「そんな人が何故バネッサを迎えに?」

 何の気なしにそう尋ねたら、マークは苦悶の表情で、

「バネッサのやつ、そいつの愛人をやってるんだよ。小遣いを貰って家計の足しにできるからって」

「おいおい、それじゃあ体を売ってるのとかわりないじゃないか」

 まあ、世間では決して珍しい話ではないようだけれど。

「俺もそう言ってやったことあるんだけどな。それだけじゃなくって、魔力を読む訓練にもなるからって……。その坊ちゃん、魔法使いとしては二流だけど、魔力だけはまずまずのもんなんだよな」

 あー、うん、まあそういう話は僕も聞いたことがある。
 教えてくれたのは、近衛騎士団の問題児のクライドだ。
 男女のアレも、相手の魔力を読む訓練になるのだとか何だとか。
 いや、まさか実践している人間が他にもいるとは思わなかった。

「正直、バネッサには俺だけの女でいてほしいんだけどな。……ああ、あらためて言っとくけど、バネッサに手を出しやがったらぶっ殺すからな?」

 ほう、どうやって? などと余計な事は言わず、僕は黙って頷いた。

 その後、しばらく稽古を続けていると、レニーがやって来た。
 髪がだいぶ乱れているのは、またアデニードに乗って空を飛んでいたのだろうか。
 あれ、バネッサは? といったところからマークと話し始め、何だかすっかり愚痴の聞き役にされてしまっているようだ。
 おいおい、泣くなよ。気持ちはわからんでもないけどさ。

 そうして一日道場で過ごし、色々学ばせてもらった。
 名残りは惜しいが、この町にそうそう長居ながいもできない。
 明日にはファルナをとう。
 そのつもりでいたのだが――。

 翌朝、宿で朝食を摂っている僕らのもとを、四人の男が訪れた。
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