37 / 49
第三章 馬鹿王子、師を得る
第37話 馬鹿王子、師を得る その九
しおりを挟む
その吸血鬼は、外見年齢は三十代半ば過ぎくらいといったところか。
来ている服はそこいらの平民と変わりないが、端正で気品すら感じさせる顔立ちをしている。
もちろん、吸血鬼の外見年齢なんてものに大した意味は無いのだが。
これほどの強さを身に着けているということは、相当な年月を経てきたと見て間違いない。
そして、吸血鬼は一人の老婆を左腕で抱き寄せていた。
腰が大きく曲がり、妙に反り返った杖をついた老婆。
真っ白い髪で顔は半ば隠れているが、垣間見える肌には深い皺が刻まれている。
この人を人質に取られていたせいで、皆やられてしまったのか?
いや、そんな程度のことで不覚を取るような面々ではないはずなのだが……。
そう言えば、吸血鬼は番だという話だったな。
女吸血鬼は何処にいるのだろう。
気配は全く感じないので、小屋の中に潜んではいないのか。
バネッサはというと、窓から飛び込むなりこの惨状を目の当たりにして、呆然自失していた。
マークがやられてしまったのは痛恨だが、せめてバネッサだけでも無事に撤退させたい。
そして、できることならあのお婆さんも救い出したいところだが……。
いや、僕とバネッサの二人でそれができるくらいなら、突入部隊の面々がとっくにやっていたはずだ。
心苦しいが、バネッサを無事逃がすことを最優先するべきだろう。
などと僕が考えていると、呆然自失状態から抜け出したらしいバネッサが、いきなり動いた。
「そんな死にかけの婆さんが人質になるだなんて思うな!」
お婆さんごと叩き斬る勢いで、吸血鬼に突っ込んでいく。
おいおいおい!
もちろん今の言葉はハッタリだろう。
人質の価値無しと判断した吸血鬼がお婆さんから手を放すことを期待しているのだろうが、そんなハッタリが通用する相手か?
ええい、やむを得ない。
僕も剣を抜き放ち、吸血鬼との間合いを詰める。
お婆さんを巻き込まぬよう細心の注意を……。
えっ、真気!?
「降魔光槍!」
凍結しておいた光魔法を解き放つ。
邪悪なる者どもを滅する光の槍を、老婆は難なく躱した。
真っ白な髪を振り乱し、真紅の瞳を光らせた老婆。
その手に握っていた杖は、カタナの刀身を忍ばせた仕込み杖だった。
老いさらばえたその体に力強い真気功を巡らせ、抜き放った刃は、すんでのところでバネッサの頸動脈を両断するところだった。
「ふん、なかなかいい反応をするじゃないか……えっ!?」
鋭い牙が覗く口元をほころばせ、余裕の笑みを浮かべていた老吸血鬼が、僕の顔を凝視して、その表情を驚愕の色に染め上げた。
「ガ、リィ……?」
呟いたのは謎の言葉。
そして、それを聞いた男の吸血鬼がひどく動揺した。
「ガリアールだとぉ!?」
「馬鹿、落ち着きな! 今の時代、ガリィの血を引く人間が、何千何百人いると思ってるんだい!」
「そ、それはそうだが……」
何だ、こいつら。勇者ガリアールや三女傑と何か因縁があるのか?
彼らの時代から生き続けてきたのだろうか。
それならば手強いのも道理だが……。
いや、それよりも。
「大丈夫か、バネッサ?」
「ああ、危ないところだったよ。ありがとう」
そう言って、首筋を撫でる。
確かにあとほんのわずかで致命傷を負うところだったのだが、それもさることながら、さっき老婆は、カタナを揮うと同時に、妙な魔力をバネッサの首筋に絡みつかせていた。
あれは何だったのだろう。
「にしても……、くそっ! 小狡い真似を!」
バネッサが吸血鬼たちを睨みつけながら毒づく。
あらためて見てみると、老婆の体からも闇の魔力が漏れ出ている。
さっきは、寄り添っていた男の強大な魔力に紛れてしまって、気付けなかった。
我ながら迂闊だったな。
「別に騙そうとしたわけじゃない。貴様らが勝手に勘違いしただけだろうが」
バネッサの言葉に、男は鼻白んだ表情で反論してきた。
「黙れっ!」
鋭く一喝すると、バネッサは深呼吸をし、真気を練り上げ始めた。
彼女の体の奥底から湧き上がる力が全身を巡っていく様が、傍目にも感じられる。
「ほう……まだ若いのに、随分と真気の扱いを極めてるじゃないか。名前を聞いてもいいかい?」
老婆が感心したように問いかける。
しかし、バネッサにしてみれば、褒められたというよりも舐められたと感じたようだ。
「見くびるな! あたしはバネッサ。剣聖アンジュの生まれ変わりだ!」
その言葉を聞いて、老婆は一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。
そして一方、男は凄まじいまでの怒りを迸らせた。
「アンジュの……生まれ変わりだと!?」
やっぱりこいつら、四英雄と余程の因縁があるのか。
彼らが討ち漏らしたせいでこれまでどれほどの犠牲が出たのかと考えると、胸が苦しくなる。
吸血鬼は憤怒の形相で床を蹴り、一瞬でバネッサとの間合いを詰めた。
くそっ、割って入るのは無理だな。
「降魔光槍!」
二つ目のストックを解き放つ。
あっさり食らってくれるとは思えないが、せめて牽制に……、はぁっ!?
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
射線上に老婆吸血鬼が割って入り、カタナを揮って――、降魔光槍を両断したのだ。
いや、自分でも何を言っているのかわからない。
魔法を“斬る”ってどういうことだよ。
しかし、現実に降魔光槍は斬り散らされてしまった。
「邪魔するんじゃないよ。危ないだろ」
そして、老婆の背後で、男がバネッサを斬った。
「勝手に殺すんじゃねえよ、馬鹿野郎が!」
男がいまいましげに吐き捨てるのと同時に、バネッサが首筋から血しぶきを上げて倒れ伏した。
へ!?
次から次へと理解を超えたことが起こり、整理が追いつかない。
「な、何の真似だ! 何故助けた!?」
そう。吸血鬼はバネッサの首筋を斬った次の瞬間、闇魔法で傷口を塞いだのだ。
血しぶきこそ派手に飛んだが、実際の出血量は致命的なものではない。
「わかり切ったことを聞くな。勘違いや偏見で突っかかって来る人間どもを一々殺していては、恨みが積み重なるばかりだろうが」
いや、それはそうかも知れないが……。
え、ということは、倒れている面々も命に別状は無いのか!?
あらためて気配を探ってみると、きわめて弱々しいものながら、たしかにかすかな息遣いが感じられた。
ふっ、と安堵で腰が抜けそうになる。
「マグ、無事かい、ひっ!」
ちょうどそこへ、レニーが入り口から踏み込んで来て、内部の惨状を目にして小さく悲鳴を上げた。
レニーの他に、後方支援に回っていた衛兵が二人ついて来ていたが、彼らも絶句している。
「大丈夫だ! 皆生きてる! デボラさんたち救護班を呼んできてくれ!」
僕がそう呼びかけると、衛兵の一人が頷き、外へ駆け出して行った。
「ぷっ、くっ、はははははっ!」
堪え切れないように笑い出したのは、老婆吸血鬼だ。
「ガリィに、『剣聖アンジュの生まれ変わり』と来て、今度はレイニーまでご登場かい。とんだ同窓会だね」
その言葉を聞いて、レニーが眉をひそめた。
「あたしの名前は『レイニー』じゃなくてレニーなんだけど……、何で吸血鬼が知ってるんだい?」
「ははっ、そうかい。名前まで似ているんだねぇ」
しみじみと呟く老婆に、男が張り詰めた声をかける。
「ジュジュ、暢気なこと言ってる場合じゃないだろう! こいつは危険だ!」
レニーの魔力量を見て取って、危機感を覚えたのだろう。
男の表情にも緊張の色が顕れていた。
「ふん、確かにね。レイニーとやり合うっていうのはぞっとしないや」
老婆は何とも形容しがたい表情を浮かべて頷いた。
何かを懐かしむような、悔いるような、それでいてどこか面白がっているような……。
その間に、男は壁に掛けてあった上着に駆け寄っていた。
赤褐色のフード付きローブのようだ。
二着のうちの一着を、老婆に投げて渡す。
自分も素早く羽織りながら、窓に向かって駆け出した。
同じくローブを羽織った老婆がそれに合流する。
「あ、ちょっ! マグ!」
思わず彼らの後を追いかけようとした僕に、レニーが戸惑いの声を上げた。
いや、危険すぎる相手だということは重々承知しているさ。
けど、彼らとちゃんと話をしてみたい。
「まったく、世話が焼けるね、マグは」
そんなことを口にしながら、レニーは飛竜の召喚に取り掛かった。
アデニードに乗って空からやつらを追いかけるつもりなのだろう。
ごめん、面倒をかけてしまって。
僕が窓から飛び出すと、外では吸血鬼に対して後方支援部隊が混乱に陥っているところだった。
組織だった迎撃をさせられるような指揮官がいないからな。
それでもスティーブは、呪文を唱えているようだが……、って、おい馬鹿! こんな森の中で火炎魔法なんか使うやつがあるか!
僕が万一に備えて鎮火魔法の呪文を唱えていると、スティーブが火炎弾をぶっ放した。
少々術式は荒いが、威力はそれなりのものだ。
しかし、その火の玉は、老婆が揮ったカタナによって斬り散らされた。
「おいおいジュジュ、無理をするなよ」
「このくらいどうってことないさ。年寄り扱いすんな」
なんだかほのぼのとした会話を交わしているが、やってることは出鱈目にもほどがある。
「魔法を斬る」だなんて、ただの伝説だと思っていたんだけどな。
スティーブの魔法を斬った吸血鬼たちは、そのまま包囲を突破し、森の中へ逃げ込んで行った。
その後を追って、僕も森に飛び込む。
くそ、速いな。魔力功を目一杯使って体力強化しても、果たして追いつけるかどうか。
どうにかこうにか、彼らを見失うことなく森の中を走り続けていると、少し開けたところに出た。
そしてそこで、吸血鬼たちは足を止めた。
上空から魔法攻撃を受け、食らいはしなかったものの、足止めされてしまったのだ。
力強い羽ばたき音とともに、飛竜が舞い降りてきて、その背中からレニーが飛び降りた。
「逃がしゃしないよ。あんたたちの馬鹿でかい魔力、アデニードは感知できるみたいだからね。空からどこまででも追いかけて行ってやる」
へえ、そうなのか。さすがは竜種の端くれだ。やるじゃないか。
「おやおや。竜種を使い魔にしてる魔道士なんて、何百年ぶりかね。リュースのことを思い出すよ」
老婆が感慨深げに呟いた。
「リュース」ってまさか、天魔ロレインが使い魔にしていたと伝えられる赤竜のことか?
「お前、いや、あなたたちは一体……」
僕の問いに、老婆が自嘲めいた笑みを浮かべながら答えた。
「薄々察してるんじゃないのかい? あたしの名はアンジュ=カシマ。かつて『剣聖』と呼ばれた女の成れの果てさ」
来ている服はそこいらの平民と変わりないが、端正で気品すら感じさせる顔立ちをしている。
もちろん、吸血鬼の外見年齢なんてものに大した意味は無いのだが。
これほどの強さを身に着けているということは、相当な年月を経てきたと見て間違いない。
そして、吸血鬼は一人の老婆を左腕で抱き寄せていた。
腰が大きく曲がり、妙に反り返った杖をついた老婆。
真っ白い髪で顔は半ば隠れているが、垣間見える肌には深い皺が刻まれている。
この人を人質に取られていたせいで、皆やられてしまったのか?
いや、そんな程度のことで不覚を取るような面々ではないはずなのだが……。
そう言えば、吸血鬼は番だという話だったな。
女吸血鬼は何処にいるのだろう。
気配は全く感じないので、小屋の中に潜んではいないのか。
バネッサはというと、窓から飛び込むなりこの惨状を目の当たりにして、呆然自失していた。
マークがやられてしまったのは痛恨だが、せめてバネッサだけでも無事に撤退させたい。
そして、できることならあのお婆さんも救い出したいところだが……。
いや、僕とバネッサの二人でそれができるくらいなら、突入部隊の面々がとっくにやっていたはずだ。
心苦しいが、バネッサを無事逃がすことを最優先するべきだろう。
などと僕が考えていると、呆然自失状態から抜け出したらしいバネッサが、いきなり動いた。
「そんな死にかけの婆さんが人質になるだなんて思うな!」
お婆さんごと叩き斬る勢いで、吸血鬼に突っ込んでいく。
おいおいおい!
もちろん今の言葉はハッタリだろう。
人質の価値無しと判断した吸血鬼がお婆さんから手を放すことを期待しているのだろうが、そんなハッタリが通用する相手か?
ええい、やむを得ない。
僕も剣を抜き放ち、吸血鬼との間合いを詰める。
お婆さんを巻き込まぬよう細心の注意を……。
えっ、真気!?
「降魔光槍!」
凍結しておいた光魔法を解き放つ。
邪悪なる者どもを滅する光の槍を、老婆は難なく躱した。
真っ白な髪を振り乱し、真紅の瞳を光らせた老婆。
その手に握っていた杖は、カタナの刀身を忍ばせた仕込み杖だった。
老いさらばえたその体に力強い真気功を巡らせ、抜き放った刃は、すんでのところでバネッサの頸動脈を両断するところだった。
「ふん、なかなかいい反応をするじゃないか……えっ!?」
鋭い牙が覗く口元をほころばせ、余裕の笑みを浮かべていた老吸血鬼が、僕の顔を凝視して、その表情を驚愕の色に染め上げた。
「ガ、リィ……?」
呟いたのは謎の言葉。
そして、それを聞いた男の吸血鬼がひどく動揺した。
「ガリアールだとぉ!?」
「馬鹿、落ち着きな! 今の時代、ガリィの血を引く人間が、何千何百人いると思ってるんだい!」
「そ、それはそうだが……」
何だ、こいつら。勇者ガリアールや三女傑と何か因縁があるのか?
彼らの時代から生き続けてきたのだろうか。
それならば手強いのも道理だが……。
いや、それよりも。
「大丈夫か、バネッサ?」
「ああ、危ないところだったよ。ありがとう」
そう言って、首筋を撫でる。
確かにあとほんのわずかで致命傷を負うところだったのだが、それもさることながら、さっき老婆は、カタナを揮うと同時に、妙な魔力をバネッサの首筋に絡みつかせていた。
あれは何だったのだろう。
「にしても……、くそっ! 小狡い真似を!」
バネッサが吸血鬼たちを睨みつけながら毒づく。
あらためて見てみると、老婆の体からも闇の魔力が漏れ出ている。
さっきは、寄り添っていた男の強大な魔力に紛れてしまって、気付けなかった。
我ながら迂闊だったな。
「別に騙そうとしたわけじゃない。貴様らが勝手に勘違いしただけだろうが」
バネッサの言葉に、男は鼻白んだ表情で反論してきた。
「黙れっ!」
鋭く一喝すると、バネッサは深呼吸をし、真気を練り上げ始めた。
彼女の体の奥底から湧き上がる力が全身を巡っていく様が、傍目にも感じられる。
「ほう……まだ若いのに、随分と真気の扱いを極めてるじゃないか。名前を聞いてもいいかい?」
老婆が感心したように問いかける。
しかし、バネッサにしてみれば、褒められたというよりも舐められたと感じたようだ。
「見くびるな! あたしはバネッサ。剣聖アンジュの生まれ変わりだ!」
その言葉を聞いて、老婆は一瞬きょとんとした後、ぷっと吹き出した。
そして一方、男は凄まじいまでの怒りを迸らせた。
「アンジュの……生まれ変わりだと!?」
やっぱりこいつら、四英雄と余程の因縁があるのか。
彼らが討ち漏らしたせいでこれまでどれほどの犠牲が出たのかと考えると、胸が苦しくなる。
吸血鬼は憤怒の形相で床を蹴り、一瞬でバネッサとの間合いを詰めた。
くそっ、割って入るのは無理だな。
「降魔光槍!」
二つ目のストックを解き放つ。
あっさり食らってくれるとは思えないが、せめて牽制に……、はぁっ!?
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
射線上に老婆吸血鬼が割って入り、カタナを揮って――、降魔光槍を両断したのだ。
いや、自分でも何を言っているのかわからない。
魔法を“斬る”ってどういうことだよ。
しかし、現実に降魔光槍は斬り散らされてしまった。
「邪魔するんじゃないよ。危ないだろ」
そして、老婆の背後で、男がバネッサを斬った。
「勝手に殺すんじゃねえよ、馬鹿野郎が!」
男がいまいましげに吐き捨てるのと同時に、バネッサが首筋から血しぶきを上げて倒れ伏した。
へ!?
次から次へと理解を超えたことが起こり、整理が追いつかない。
「な、何の真似だ! 何故助けた!?」
そう。吸血鬼はバネッサの首筋を斬った次の瞬間、闇魔法で傷口を塞いだのだ。
血しぶきこそ派手に飛んだが、実際の出血量は致命的なものではない。
「わかり切ったことを聞くな。勘違いや偏見で突っかかって来る人間どもを一々殺していては、恨みが積み重なるばかりだろうが」
いや、それはそうかも知れないが……。
え、ということは、倒れている面々も命に別状は無いのか!?
あらためて気配を探ってみると、きわめて弱々しいものながら、たしかにかすかな息遣いが感じられた。
ふっ、と安堵で腰が抜けそうになる。
「マグ、無事かい、ひっ!」
ちょうどそこへ、レニーが入り口から踏み込んで来て、内部の惨状を目にして小さく悲鳴を上げた。
レニーの他に、後方支援に回っていた衛兵が二人ついて来ていたが、彼らも絶句している。
「大丈夫だ! 皆生きてる! デボラさんたち救護班を呼んできてくれ!」
僕がそう呼びかけると、衛兵の一人が頷き、外へ駆け出して行った。
「ぷっ、くっ、はははははっ!」
堪え切れないように笑い出したのは、老婆吸血鬼だ。
「ガリィに、『剣聖アンジュの生まれ変わり』と来て、今度はレイニーまでご登場かい。とんだ同窓会だね」
その言葉を聞いて、レニーが眉をひそめた。
「あたしの名前は『レイニー』じゃなくてレニーなんだけど……、何で吸血鬼が知ってるんだい?」
「ははっ、そうかい。名前まで似ているんだねぇ」
しみじみと呟く老婆に、男が張り詰めた声をかける。
「ジュジュ、暢気なこと言ってる場合じゃないだろう! こいつは危険だ!」
レニーの魔力量を見て取って、危機感を覚えたのだろう。
男の表情にも緊張の色が顕れていた。
「ふん、確かにね。レイニーとやり合うっていうのはぞっとしないや」
老婆は何とも形容しがたい表情を浮かべて頷いた。
何かを懐かしむような、悔いるような、それでいてどこか面白がっているような……。
その間に、男は壁に掛けてあった上着に駆け寄っていた。
赤褐色のフード付きローブのようだ。
二着のうちの一着を、老婆に投げて渡す。
自分も素早く羽織りながら、窓に向かって駆け出した。
同じくローブを羽織った老婆がそれに合流する。
「あ、ちょっ! マグ!」
思わず彼らの後を追いかけようとした僕に、レニーが戸惑いの声を上げた。
いや、危険すぎる相手だということは重々承知しているさ。
けど、彼らとちゃんと話をしてみたい。
「まったく、世話が焼けるね、マグは」
そんなことを口にしながら、レニーは飛竜の召喚に取り掛かった。
アデニードに乗って空からやつらを追いかけるつもりなのだろう。
ごめん、面倒をかけてしまって。
僕が窓から飛び出すと、外では吸血鬼に対して後方支援部隊が混乱に陥っているところだった。
組織だった迎撃をさせられるような指揮官がいないからな。
それでもスティーブは、呪文を唱えているようだが……、って、おい馬鹿! こんな森の中で火炎魔法なんか使うやつがあるか!
僕が万一に備えて鎮火魔法の呪文を唱えていると、スティーブが火炎弾をぶっ放した。
少々術式は荒いが、威力はそれなりのものだ。
しかし、その火の玉は、老婆が揮ったカタナによって斬り散らされた。
「おいおいジュジュ、無理をするなよ」
「このくらいどうってことないさ。年寄り扱いすんな」
なんだかほのぼのとした会話を交わしているが、やってることは出鱈目にもほどがある。
「魔法を斬る」だなんて、ただの伝説だと思っていたんだけどな。
スティーブの魔法を斬った吸血鬼たちは、そのまま包囲を突破し、森の中へ逃げ込んで行った。
その後を追って、僕も森に飛び込む。
くそ、速いな。魔力功を目一杯使って体力強化しても、果たして追いつけるかどうか。
どうにかこうにか、彼らを見失うことなく森の中を走り続けていると、少し開けたところに出た。
そしてそこで、吸血鬼たちは足を止めた。
上空から魔法攻撃を受け、食らいはしなかったものの、足止めされてしまったのだ。
力強い羽ばたき音とともに、飛竜が舞い降りてきて、その背中からレニーが飛び降りた。
「逃がしゃしないよ。あんたたちの馬鹿でかい魔力、アデニードは感知できるみたいだからね。空からどこまででも追いかけて行ってやる」
へえ、そうなのか。さすがは竜種の端くれだ。やるじゃないか。
「おやおや。竜種を使い魔にしてる魔道士なんて、何百年ぶりかね。リュースのことを思い出すよ」
老婆が感慨深げに呟いた。
「リュース」ってまさか、天魔ロレインが使い魔にしていたと伝えられる赤竜のことか?
「お前、いや、あなたたちは一体……」
僕の問いに、老婆が自嘲めいた笑みを浮かべながら答えた。
「薄々察してるんじゃないのかい? あたしの名はアンジュ=カシマ。かつて『剣聖』と呼ばれた女の成れの果てさ」
0
あなたにおすすめの小説
遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?
黒月天星
ファンタジー
命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。
クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。
女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。
「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」
金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!
時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。
こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる