婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第三章 馬鹿王子、師を得る

第41話 馬鹿王子、師を得る その十三

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 ケビンへの伝達を済ませ、もう一度荷積にづみ場へと向かう。
 夜も更けて、働いている者は誰もおらず、積み荷もすべて運び出されるか倉庫にしまわれているようで、昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。
 あかりもほとんどないのだが……、強大な魔力を発している存在はすぐにわかった。

「おう、戻ったか」

 片隅の暗がりにたたずんでいたアルバートさんが、そう声を掛けてくる。
 レニーはというと、その傍らに座り込み、赤褐色のローブを羽織ってうつらうつらしているところだった。

「疲れているようだから寝かせておいてやったのだが、お前が戻って来たのなら交代させるか。おい、起きろ」

 アルバートさんに揺さぶられて、レニーが寝ぼけ眼をこする。

「ふえ? もう朝……ですか?」

「そんなわけないだろう。マグが戻って来たから交代だ」

「ふあい」

 うん。思いっきり寝ぼけてるな。
 その様子を見ながら、アルバートさんは、しみじみとした口調で呟いた。

「ふっ。何だか娘が帰って来たような気分だな」

「あ、娘さんがいらっしゃったんですか? それはアンジュ様との……」

「当たり前だ。俺があいつ以外の女に子を産ませたりするわけがないだろう」

 失礼しました。
 うーん、そりゃあ五百年間も一緒にいれば、子供をもうけていてもおかしくはないのだけれど……。
 今はいない、ということなのかな。
 まさか、亡くなったのか?

「おい、何か勘違いしていないか? 娘は生きているぞ。親に反抗して飛び出していったきり、もう百年ほど会っていないのだがな。この前、使い魔にふみを託して、一度顔を見せろと伝えたら、そうすると返事はよこしてきたのだが……。それから一ヶ月。まったく、どこをほっつき歩いているのやら」

 な、なるほど。

「へえ。アルバートさんたちの娘さんかあ。是非会ってみたいな。やっぱり、剣が得意なんですか?」

 レニーが興味津々な様子で口を挟む。
 そりゃあ、この両親から生まれたお子さんだからなぁ。

「いや、それが……。あいつ、剣には全然興味を示さなくてな。それに、卓越した才を持っているようにも見えなかった。それならそれで、俺もジュジュも無理強いするつもりはなかったのだが、あの馬鹿娘、何を勘違いしたのか、反発した挙句家を飛び出したのだ」

 はあ、そうだったんですか。夜を統べる者ナイトロードといえども、親子の関係というのはなかなか一筋縄ではいかないと見える。

 アルバートさんとアンジュ様の娘さんのことは色々気になったが、僕もさすがに疲れているので一眠りさせてもらうことにする。

 結局、その夜は何事も起こらなかった。
 二,三日くらいで片が付いてくれればいいのだが……。


 朝日が昇る前に、アルバートさんは砦に帰っていった。
 僕たちも宿に戻るか。
 一昨日まで泊まっていた宿に行くと、ちょっと変な目で見られた。
 夜明かしした挙句、朝から男女で部屋にこもって何をするんだ、とか思われているのかもしれないが、気にしてもしかたない。
 今夜も、場合によっては明晩もその先も、夜明かしすることになりかねないのだ。
 眠れる時に眠っておこう。


 目が覚めたのはお昼過ぎだった。
 パンとチーズの遅い朝食を摂り、レニーとともに向かったのは、ファルナ市内の西の端にある共同墓地。
 ルーシー嬢の葬儀が今日行われると聞いていたので、花くらいは手向けさせてもらおうと思ったのだ。

 葬儀の参列者はそう多くなかった。
 年端もいかない少女の葬儀だからな。
 それでも、おそらくは父親であるベルナーさんの冒険者としての人脈と思しき人たちも参列しているようだ。
 グラハムさんたちを探そうと思っていると、一人の男が僕の側に寄って来て、小声で囁いた。

「タイラー隊長からの伝言を承っています。部下たちの配置を終えました、必ず尻尾は掴んでご覧にいれます、とのことです」

 男は、王都衛兵隊の一人。ケビンの部下だ。
 顔は何となく見覚えがあるという程度だが、逆に彼は王太子ぼくのことはよく知っているのだろう。
 葬儀に出席させていたようだな。
 自分たちが追っている事件の犠牲者とはいえ、一介の平民の娘のために、随分と行き届いたことだ。

「ご苦労様。スティーブやファルナ伯は、嫌な顔をしたんじゃないかい?」

 ヴェルノ商会の悪事と自分たちの関りを嗅ぎつけられてはたまらないと、掣肘せいちゅうしてくるんじゃないか、という点は少々心配だったのだが。

吸血鬼ヴァンパイヤがファルナ市内に潜伏しているとの情報が得られた、このままでは衛兵隊の面目が立たぬ、と、そうおっしゃったようです」

 なるほどね。
 そんな風に言われたら、スティーブたちも止めるわけにはいかないだろう。
吸血鬼ヴァンパイヤ”に濡れ衣を着せて衛兵隊をけしかけたのは、彼らなのだから。

「ケビンも人が悪いな」

 僕はくすっと笑った。
 彼は嘘は言っていない。
 アルバートさんがファルナ市内に来ているのは事実だし、探索対象が“吸血鬼ヴァンパイヤ”だとは一言も言っていないのだ。
 ケビンたちが躍起になって“吸血鬼ヴァンパイヤ”を追っていると、スティーブたちが信じ込んでくれたら、隙も生じるかもしれないのだが……。
 それはさすがに、虫が良すぎる期待かな。


 男は一礼して離れて行き、僕たちはグラハム夫妻を見つけ、黙礼して歩み寄った。

「おお、来てくださったのですね。昨日はお世話になりました。馬鹿弟子どもがご迷惑をお掛けしたようで、何とお礼を申し上げてよいやら……」

 グラハムさんに頭を下げられて、僕は恐縮した。
 マークたちが無事だったのはアルバートさんたちに殺意が無かったからというだけで、僕は何の役にも立たなかったわけだから。

 当のグラハムさんも、あまり元気がない。
 親しくしていた友人の娘の葬儀だからというだけでなく、アルバートさんたちにすべもなく倒されて、自信を無くしているのかもしれないな。

 いや、それを言うなら、ベルナーさんの落ち込みようは気の毒という他なかった。
 デボラさんが言うには、彼は三女の葬儀の準備を奥さんと長男夫婦に任せ、“吸血鬼ヴァンパイヤ”討伐に参加したのだそうだ。
 仇を討ってやることこそが娘への何よりの手向けだと言って。
 それが、あの有様ありさまではなあ。

 いや――。
 その“吸血鬼ヴァンパイヤ”が全くの濡れ衣で、真の仇がのうのうと大手を振っているということを知らないのは、むしろ幸いだろうか。
 一日も早く真相を暴き、娘さんの仇を討ってあげたいと切に思う。


「あ、マグにレニー。来てくれたんだ」

 黒い喪服に身を包んだバネッサは、随分と印象が違って見えた。

「うん。ルーシー嬢とは面識は無いけど、見送りは多いほうがいいだろ」

「ありがとう。ベルナーさんも嬉しいと思う」

 というようなやり取りを交わして、僕が彼女の隣に並ぼうとすると、レニーがさりげなく間に割って入った。

「ところでマークは?」

 レニーが尋ねる。
 そう言えば姿が見えないな。

「ああ、あいつなら、昨日のことで相当落ち込んでるみたいでさ。家で寝込んでるみたいだよ」

 うわ、そうなのか。気持ちはわからないでもないが……。

「ルーシーはあいつにもよくなついていたし、お見送りしてやれよとは思うけど、まああいつの気持ちもわからないわけじゃないからね。剣士としての意地をへし折られちゃったから……」

 それはバネッサも同じなんじゃないか?

「そりゃあ、あたしだって落ち込んでるよ。けど、あたしはわりと気持ちの切り替えが早いたちでね。格が違う相手だったんだから仕方ないや、ってかんじだね」

 まあそうだよな。正真正銘の剣聖とその弟子で、しかも五百年にもわたって研鑽を積んできた人たちなんだ。人間が太刀打ちできるわけがない。
 もちろんバネッサは、そのあたりの事情は知らないのだが、格の違いは痛感したのだろう。

 そんな会話を小声で交わしているうちに神官の祈りが終わり、墓穴に沈められた棺の上に、参列者たちが花を手向けていく。
 僕たちも、白いユリの花を一輪手向け、棺が埋められていくのを見届ける。
 バネッサのまなじりに、わずかに涙がにじんでいた。


「ルーシーって子とは、やっぱり親しくしてたの?」

 葬儀が終わった後、レニーがバネッサに話しかける。

「もちろん。ベルナーさんにはお世話になってるし、そのお子さんたちとは皆仲良くしてるよ。ルーシーは、明るくって元気な子でね。それがあんな……」

 何かを思い出したようで、バネッサは声を詰まらせた。

 ケビンから話は聞いている。
 吸血死体遺棄事件の犠牲者の亡骸は、身元確認のために保管されているが、吸血鬼ヴァンパイヤ化を防ぐため、首を切断し、胴との間を陶板で遮断した上で、魔除けの呪文と腐敗抑制の呪文を全身に書き込んで氷漬けにする、という処置がされているのだそうだ。
 痛ましいと言う他ない。

「それにしても……。本当に、あの吸血鬼ヴァンパイヤたちがルーシーを殺したのかな」

 バネッサがぽつりと呟いた。

「バネッサは彼らが犯人じゃないと思うのかい?」

 真相を知っていながらこんなことを言うのは、何だか性格が悪くなった気分だけれど、今はまだ明かせる段階じゃない。
 申し訳なく思いながら僕が尋ねると、彼女は言った。

「だってさあ。ソレルフィールドの吸血鬼ヴァンパイヤがファルナで人を攫って、わざわざ王都まで連れて行ってから血を吸って殺す、とか意味不明すぎだし。それに、そんな外道が何であたしたちを誰一人殺さなかったのかっていうのも釈然としないでしょ」

 ごもっとも。そりゃあ、疑問も抱くよなぁ。

「あと……。マークのやつも、吸血鬼ヴァンパイヤ狩りに参加する前から、そいつらは無関係じゃないかって言ってたんだよね」

 マークが?
 いや、彼だって状況の不自然さに疑問を抱いていたとしても、不思議ではないのだけれど。

「あいつ、あたしに何か隠してたような気がする」

 うーん、もしかしたら、人身売買組織の存在について、何か気付いていたんだろうか。
 一応ケビンに知らせておいて、聴取させたほうがいいかな。


 バネッサと別れて、僕たちはアルバートさんとの待ち合わせ場所に向かった。
 荷積にづみ場の片隅の倉庫の影だ。

「アンジュ様は、砦でお休みですか?」

 レニーが尋ねると、アルバートさんは顔をしかめて、

「そうしていろと言ったんだがな。あいつ、それじゃああたしはその辺を回って他の盗賊団がいないか探しておくよ、とか言い出してな。ああいう連中がねぐらにしそうな場所は、長年の経験で見当がつくし、とか言って……」

 ああ、なるほど。そっちの可能性もあるか。

「じゃあ俺がそちらを担当しようと提案したら、あんたに任せたら問答無用で皆殺しにしちゃうだろ、だと。俺だって情状酌量って言葉くらい知っているというのに……」

 などと、愚痴をこぼすアルバートさん。
 まあ、一口に盗賊団と言っても、食うに困ってやむにやまれず、というケースもあるし、人身売買にも絡んでいないのなら、皆殺しはやりすぎだろうからな。

「アンジュ様なら心配することはないでしょう。……お体があまり良くないんですか?」

 何しろ五百歳だからな。
 見た目は完全にお婆さんだし。

「ん? ああ、いや、別に心配はないとは思うのだが。……正直、俺たちの眷属になった人間の寿命がどの程度なのかは、俺も知らんのだ。元人間の眷属と何百年も過ごした同胞の話、というのは聞いたことがないしな」

 そういうものなんですね。
 アルバートさんたちのように固い絆で結ばれるケースというのは、やはりまれなのだろう。

 他愛ない会話を交わしながら、僕たちが倉庫の影で見張っていると、一匹の蝙蝠――アルバートさんの使い魔が飛んで来た。
 人間にはわからない、聞き取りすらできない言葉(?)で、アルバートさんとやり取りをしているようだ。

「何だと!?」

「どうしました?」

「ヴェルノ商会の商館で、何やら騒ぎが起きたようだ。行ってみよう」

「騒ぎ、というのは?」

「商館長が殺されたそうだ」

 えっ、何故!? 一体誰が!?
 困惑するばかりだが、とにかく現場に行ってみるしかないな。


 現場に駆け付けながら、アルバートさんに尋ねてみる。

「ファルナ伯爵家が口封じを図った、ということでしょうか?」

 しかしアルバートさんは硬い声音で、

「いや……どうやらそうではなさそうだ」

「どういうことですか?」

蝙蝠こいつが言うには、商館長室を窓越しに見張っていたら突然室内に魔方陣が現れ、そこから出現した男が室内の者たちを殺戮したのだそうだ」

 は!? それってまさか、転移魔法?

「噓でしょ!? 転移魔法はロレイン様ですら研究を断念したと言われる、人間には不可能な……」

 そこまで言って、レニーは口を噤んだ。
 そう。転移魔法は人間には不可能とされている魔法だ。
 つまり、商館長室に現れた男は、人間ではない可能性が高い、ということになる。

「あと、そいつは鋭い牙を生やしていて、殺した人間の血をすすっていたそうだ」

「それって……」

「同族にもいろいろなやつがいるが……、こんなところに現れる意味がわからん」

 首を傾げるアルバートさん。

「王都で犠牲者たちの血を吸っていたやつでは?」

「だとしても、わざわざこんなところにまで出向いて来るか?」

 そうなんだよなあ。
 衛兵隊に目を付けられたと判断したのだろうか。それにしても……。


 疑問を抱えたまま、商館に到着する。
 すでに日はとっぷりと暮れているが、ヴェルノ商会では深夜まで大勢の人間が仕事をしているようで、いくつかの窓から灯りが漏れている。
 しかし、玄関から人が出てくる様子はない。
 生存者はいないのか?
 襲撃者は商館長室に現れたやつだけではなかった可能性もありそうだ。

 状況が外部に伝わってはいないのか、野次馬が集まって来る様子もない。
 しかし、本来なら玄関先に立っているべき守衛の姿もない。
 内部の異変を聞きつけ、そちらに向かったということだろうか。

 僕たちは誰に咎められることもなく商館の玄関をくぐり、そこで凄惨な光景を目の当たりにした。
 大理石の床に転がるいくつもの死体。
 アルバートさんたちの時とは違い、完全に事切こときれている。
 そして、その状況を生み出した犯人

 いかにも街の破落戸ゴロツキといった風貌の男たちが五人。
 どういうわけか、そのうちの二人は全裸で、服を着ている連中も、服には何ヶ所も剣で斬りつけられた跡があり、ぐっしょりと血に濡れている。
 致命傷を受けているように思えるのだが、全く平気な様子で、一斉に僕たちの方に顔を向けた。

「ひっ!」

 レニーが小さく悲鳴を上げる。
 それは、全裸の男性を見てしまったからか、男たちの口元があけに染まっていたからか、あるいは、男たちのうち三人――全裸の二人と、服を着ているうちの一人――が全く同じ顔だったからか。

 そして、彼女の悲鳴を吹き消すように、アルバートさんの叫び声が響き渡った。

「馬鹿な! 不死人形イモータルドールだと!? 何故こんなモノが今の時代に!!」
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