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第三章 馬鹿王子、師を得る
第41話 馬鹿王子、師を得る その十三
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ケビンへの伝達を済ませ、もう一度荷積み場へと向かう。
夜も更けて、働いている者は誰もおらず、積み荷もすべて運び出されるか倉庫にしまわれているようで、昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。
灯りもほとんどないのだが……、強大な魔力を発している存在はすぐにわかった。
「おう、戻ったか」
片隅の暗がりに佇んでいたアルバートさんが、そう声を掛けてくる。
レニーはというと、その傍らに座り込み、赤褐色のローブを羽織ってうつらうつらしているところだった。
「疲れているようだから寝かせておいてやったのだが、お前が戻って来たのなら交代させるか。おい、起きろ」
アルバートさんに揺さぶられて、レニーが寝ぼけ眼をこする。
「ふえ? もう朝……ですか?」
「そんなわけないだろう。マグが戻って来たから交代だ」
「ふあい」
うん。思いっきり寝ぼけてるな。
その様子を見ながら、アルバートさんは、しみじみとした口調で呟いた。
「ふっ。何だか娘が帰って来たような気分だな」
「あ、娘さんがいらっしゃったんですか? それはアンジュ様との……」
「当たり前だ。俺があいつ以外の女に子を産ませたりするわけがないだろう」
失礼しました。
うーん、そりゃあ五百年間も一緒にいれば、子供をもうけていてもおかしくはないのだけれど……。
今はいない、ということなのかな。
まさか、亡くなったのか?
「おい、何か勘違いしていないか? 娘は生きているぞ。親に反抗して飛び出していったきり、もう百年ほど会っていないのだがな。この前、使い魔に文を託して、一度顔を見せろと伝えたら、そうすると返事はよこしてきたのだが……。それから一ヶ月。まったく、どこをほっつき歩いているのやら」
な、なるほど。
「へえ。アルバートさんたちの娘さんかあ。是非会ってみたいな。やっぱり、剣が得意なんですか?」
レニーが興味津々な様子で口を挟む。
そりゃあ、この両親から生まれたお子さんだからなぁ。
「いや、それが……。あいつ、剣には全然興味を示さなくてな。それに、卓越した才を持っているようにも見えなかった。それならそれで、俺もジュジュも無理強いするつもりはなかったのだが、あの馬鹿娘、何を勘違いしたのか、反発した挙句家を飛び出したのだ」
はあ、そうだったんですか。夜を統べる者といえども、親子の関係というのはなかなか一筋縄ではいかないと見える。
アルバートさんとアンジュ様の娘さんのことは色々気になったが、僕もさすがに疲れているので一眠りさせてもらうことにする。
結局、その夜は何事も起こらなかった。
二,三日くらいで片が付いてくれればいいのだが……。
朝日が昇る前に、アルバートさんは砦に帰っていった。
僕たちも宿に戻るか。
一昨日まで泊まっていた宿に行くと、ちょっと変な目で見られた。
夜明かしした挙句、朝から男女で部屋にこもって何をするんだ、とか思われているのかもしれないが、気にしてもしかたない。
今夜も、場合によっては明晩もその先も、夜明かしすることになりかねないのだ。
眠れる時に眠っておこう。
目が覚めたのはお昼過ぎだった。
パンとチーズの遅い朝食を摂り、レニーとともに向かったのは、ファルナ市内の西の端にある共同墓地。
ルーシー嬢の葬儀が今日行われると聞いていたので、花くらいは手向けさせてもらおうと思ったのだ。
葬儀の参列者はそう多くなかった。
年端もいかない少女の葬儀だからな。
それでも、おそらくは父親であるベルナーさんの冒険者としての人脈と思しき人たちも参列しているようだ。
グラハムさんたちを探そうと思っていると、一人の男が僕の側に寄って来て、小声で囁いた。
「タイラー隊長からの伝言を承っています。部下たちの配置を終えました、必ず尻尾は掴んでご覧にいれます、とのことです」
男は、王都衛兵隊の一人。ケビンの部下だ。
顔は何となく見覚えがあるという程度だが、逆に彼は王太子のことはよく知っているのだろう。
葬儀に出席させていたようだな。
自分たちが追っている事件の犠牲者とはいえ、一介の平民の娘のために、随分と行き届いたことだ。
「ご苦労様。スティーブやファルナ伯は、嫌な顔をしたんじゃないかい?」
ヴェルノ商会の悪事と自分たちの関りを嗅ぎつけられてはたまらないと、掣肘してくるんじゃないか、という点は少々心配だったのだが。
「吸血鬼がファルナ市内に潜伏しているとの情報が得られた、このままでは衛兵隊の面目が立たぬ、と、そうおっしゃったようです」
なるほどね。
そんな風に言われたら、スティーブたちも止めるわけにはいかないだろう。
“吸血鬼”に濡れ衣を着せて衛兵隊をけしかけたのは、彼らなのだから。
「ケビンも人が悪いな」
僕はくすっと笑った。
彼は嘘は言っていない。
アルバートさんがファルナ市内に来ているのは事実だし、探索対象が“吸血鬼”だとは一言も言っていないのだ。
ケビンたちが躍起になって“吸血鬼”を追っていると、スティーブたちが信じ込んでくれたら、隙も生じるかもしれないのだが……。
それはさすがに、虫が良すぎる期待かな。
男は一礼して離れて行き、僕たちはグラハム夫妻を見つけ、黙礼して歩み寄った。
「おお、来てくださったのですね。昨日はお世話になりました。馬鹿弟子どもがご迷惑をお掛けしたようで、何とお礼を申し上げてよいやら……」
グラハムさんに頭を下げられて、僕は恐縮した。
マークたちが無事だったのはアルバートさんたちに殺意が無かったからというだけで、僕は何の役にも立たなかったわけだから。
当のグラハムさんも、あまり元気がない。
親しくしていた友人の娘の葬儀だからというだけでなく、アルバートさんたちに為す術もなく倒されて、自信を無くしているのかもしれないな。
いや、それを言うなら、ベルナーさんの落ち込みようは気の毒という他なかった。
デボラさんが言うには、彼は三女の葬儀の準備を奥さんと長男夫婦に任せ、“吸血鬼”討伐に参加したのだそうだ。
仇を討ってやることこそが娘への何よりの手向けだと言って。
それが、あの有様ではなあ。
いや――。
その“吸血鬼”が全くの濡れ衣で、真の仇がのうのうと大手を振っているということを知らないのは、むしろ幸いだろうか。
一日も早く真相を暴き、娘さんの仇を討ってあげたいと切に思う。
「あ、マグにレニー。来てくれたんだ」
黒い喪服に身を包んだバネッサは、随分と印象が違って見えた。
「うん。ルーシー嬢とは面識は無いけど、見送りは多いほうがいいだろ」
「ありがとう。ベルナーさんも嬉しいと思う」
というようなやり取りを交わして、僕が彼女の隣に並ぼうとすると、レニーがさりげなく間に割って入った。
「ところでマークは?」
レニーが尋ねる。
そう言えば姿が見えないな。
「ああ、あいつなら、昨日のことで相当落ち込んでるみたいでさ。家で寝込んでるみたいだよ」
うわ、そうなのか。気持ちはわからないでもないが……。
「ルーシーはあいつにもよく懐いていたし、お見送りしてやれよとは思うけど、まああいつの気持ちもわからないわけじゃないからね。剣士としての意地をへし折られちゃったから……」
それはバネッサも同じなんじゃないか?
「そりゃあ、あたしだって落ち込んでるよ。けど、あたしはわりと気持ちの切り替えが早い質でね。格が違う相手だったんだから仕方ないや、ってかんじだね」
まあそうだよな。正真正銘の剣聖とその弟子で、しかも五百年にもわたって研鑽を積んできた人たちなんだ。人間が太刀打ちできるわけがない。
もちろんバネッサは、そのあたりの事情は知らないのだが、格の違いは痛感したのだろう。
そんな会話を小声で交わしているうちに神官の祈りが終わり、墓穴に沈められた棺の上に、参列者たちが花を手向けていく。
僕たちも、白いユリの花を一輪手向け、棺が埋められていくのを見届ける。
バネッサのまなじりに、わずかに涙がにじんでいた。
「ルーシーって子とは、やっぱり親しくしてたの?」
葬儀が終わった後、レニーがバネッサに話しかける。
「もちろん。ベルナーさんにはお世話になってるし、そのお子さんたちとは皆仲良くしてるよ。ルーシーは、明るくって元気な子でね。それがあんな……」
何かを思い出したようで、バネッサは声を詰まらせた。
ケビンから話は聞いている。
吸血死体遺棄事件の犠牲者の亡骸は、身元確認のために保管されているが、吸血鬼化を防ぐため、首を切断し、胴との間を陶板で遮断した上で、魔除けの呪文と腐敗抑制の呪文を全身に書き込んで氷漬けにする、という処置がされているのだそうだ。
痛ましいと言う他ない。
「それにしても……。本当に、あの吸血鬼たちがルーシーを殺したのかな」
バネッサがぽつりと呟いた。
「バネッサは彼らが犯人じゃないと思うのかい?」
真相を知っていながらこんなことを言うのは、何だか性格が悪くなった気分だけれど、今はまだ明かせる段階じゃない。
申し訳なく思いながら僕が尋ねると、彼女は言った。
「だってさあ。ソレルフィールドの吸血鬼がファルナで人を攫って、わざわざ王都まで連れて行ってから血を吸って殺す、とか意味不明すぎだし。それに、そんな外道が何であたしたちを誰一人殺さなかったのかっていうのも釈然としないでしょ」
ごもっとも。そりゃあ、疑問も抱くよなぁ。
「あと……。マークのやつも、吸血鬼狩りに参加する前から、そいつらは無関係じゃないかって言ってたんだよね」
マークが?
いや、彼だって状況の不自然さに疑問を抱いていたとしても、不思議ではないのだけれど。
「あいつ、あたしに何か隠してたような気がする」
うーん、もしかしたら、人身売買組織の存在について、何か気付いていたんだろうか。
一応ケビンに知らせておいて、聴取させたほうがいいかな。
バネッサと別れて、僕たちはアルバートさんとの待ち合わせ場所に向かった。
荷積み場の片隅の倉庫の影だ。
「アンジュ様は、砦でお休みですか?」
レニーが尋ねると、アルバートさんは顔をしかめて、
「そうしていろと言ったんだがな。あいつ、それじゃああたしはその辺を回って他の盗賊団がいないか探しておくよ、とか言い出してな。ああいう連中がねぐらにしそうな場所は、長年の経験で見当がつくし、とか言って……」
ああ、なるほど。そっちの可能性もあるか。
「じゃあ俺がそちらを担当しようと提案したら、あんたに任せたら問答無用で皆殺しにしちゃうだろ、だと。俺だって情状酌量って言葉くらい知っているというのに……」
などと、愚痴をこぼすアルバートさん。
まあ、一口に盗賊団と言っても、食うに困ってやむにやまれず、というケースもあるし、人身売買にも絡んでいないのなら、皆殺しはやりすぎだろうからな。
「アンジュ様なら心配することはないでしょう。……お体があまり良くないんですか?」
何しろ五百歳だからな。
見た目は完全にお婆さんだし。
「ん? ああ、いや、別に心配はないとは思うのだが。……正直、俺たちの眷属になった人間の寿命がどの程度なのかは、俺も知らんのだ。元人間の眷属と何百年も過ごした同胞の話、というのは聞いたことがないしな」
そういうものなんですね。
アルバートさんたちのように固い絆で結ばれるケースというのは、やはり稀なのだろう。
他愛ない会話を交わしながら、僕たちが倉庫の影で見張っていると、一匹の蝙蝠――アルバートさんの使い魔が飛んで来た。
人間にはわからない、聞き取りすらできない言葉(?)で、アルバートさんとやり取りをしているようだ。
「何だと!?」
「どうしました?」
「ヴェルノ商会の商館で、何やら騒ぎが起きたようだ。行ってみよう」
「騒ぎ、というのは?」
「商館長が殺されたそうだ」
えっ、何故!? 一体誰が!?
困惑するばかりだが、とにかく現場に行ってみるしかないな。
現場に駆け付けながら、アルバートさんに尋ねてみる。
「ファルナ伯爵家が口封じを図った、ということでしょうか?」
しかしアルバートさんは硬い声音で、
「いや……どうやらそうではなさそうだ」
「どういうことですか?」
「蝙蝠が言うには、商館長室を窓越しに見張っていたら突然室内に魔方陣が現れ、そこから出現した男が室内の者たちを殺戮したのだそうだ」
は!? それってまさか、転移魔法?
「噓でしょ!? 転移魔法はロレイン様ですら研究を断念したと言われる、人間には不可能な……」
そこまで言って、レニーは口を噤んだ。
そう。転移魔法は人間には不可能とされている魔法だ。
つまり、商館長室に現れた男は、人間ではない可能性が高い、ということになる。
「あと、そいつは鋭い牙を生やしていて、殺した人間の血を啜っていたそうだ」
「それって……」
「同族にもいろいろなやつがいるが……、こんなところに現れる意味がわからん」
首を傾げるアルバートさん。
「王都で犠牲者たちの血を吸っていたやつでは?」
「だとしても、わざわざこんなところにまで出向いて来るか?」
そうなんだよなあ。
衛兵隊に目を付けられたと判断したのだろうか。それにしても……。
疑問を抱えたまま、商館に到着する。
すでに日はとっぷりと暮れているが、ヴェルノ商会では深夜まで大勢の人間が仕事をしているようで、いくつかの窓から灯りが漏れている。
しかし、玄関から人が出てくる様子はない。
生存者はいないのか?
襲撃者は商館長室に現れたやつだけではなかった可能性もありそうだ。
状況が外部に伝わってはいないのか、野次馬が集まって来る様子もない。
しかし、本来なら玄関先に立っているべき守衛の姿もない。
内部の異変を聞きつけ、そちらに向かったということだろうか。
僕たちは誰に咎められることもなく商館の玄関をくぐり、そこで凄惨な光景を目の当たりにした。
大理石の床に転がるいくつもの死体。
アルバートさんたちの時とは違い、完全に事切れている。
そして、その状況を生み出した犯人たち。
いかにも街の破落戸といった風貌の男たちが五人。
どういうわけか、そのうちの二人は全裸で、服を着ている連中も、服には何ヶ所も剣で斬りつけられた跡があり、ぐっしょりと血に濡れている。
致命傷を受けているように思えるのだが、全く平気な様子で、一斉に僕たちの方に顔を向けた。
「ひっ!」
レニーが小さく悲鳴を上げる。
それは、全裸の男性を見てしまったからか、男たちの口元が朱に染まっていたからか、あるいは、男たちのうち三人――全裸の二人と、服を着ているうちの一人――が全く同じ顔だったからか。
そして、彼女の悲鳴を吹き消すように、アルバートさんの叫び声が響き渡った。
「馬鹿な! 不死人形だと!? 何故こんなモノが今の時代に!!」
夜も更けて、働いている者は誰もおらず、積み荷もすべて運び出されるか倉庫にしまわれているようで、昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。
灯りもほとんどないのだが……、強大な魔力を発している存在はすぐにわかった。
「おう、戻ったか」
片隅の暗がりに佇んでいたアルバートさんが、そう声を掛けてくる。
レニーはというと、その傍らに座り込み、赤褐色のローブを羽織ってうつらうつらしているところだった。
「疲れているようだから寝かせておいてやったのだが、お前が戻って来たのなら交代させるか。おい、起きろ」
アルバートさんに揺さぶられて、レニーが寝ぼけ眼をこする。
「ふえ? もう朝……ですか?」
「そんなわけないだろう。マグが戻って来たから交代だ」
「ふあい」
うん。思いっきり寝ぼけてるな。
その様子を見ながら、アルバートさんは、しみじみとした口調で呟いた。
「ふっ。何だか娘が帰って来たような気分だな」
「あ、娘さんがいらっしゃったんですか? それはアンジュ様との……」
「当たり前だ。俺があいつ以外の女に子を産ませたりするわけがないだろう」
失礼しました。
うーん、そりゃあ五百年間も一緒にいれば、子供をもうけていてもおかしくはないのだけれど……。
今はいない、ということなのかな。
まさか、亡くなったのか?
「おい、何か勘違いしていないか? 娘は生きているぞ。親に反抗して飛び出していったきり、もう百年ほど会っていないのだがな。この前、使い魔に文を託して、一度顔を見せろと伝えたら、そうすると返事はよこしてきたのだが……。それから一ヶ月。まったく、どこをほっつき歩いているのやら」
な、なるほど。
「へえ。アルバートさんたちの娘さんかあ。是非会ってみたいな。やっぱり、剣が得意なんですか?」
レニーが興味津々な様子で口を挟む。
そりゃあ、この両親から生まれたお子さんだからなぁ。
「いや、それが……。あいつ、剣には全然興味を示さなくてな。それに、卓越した才を持っているようにも見えなかった。それならそれで、俺もジュジュも無理強いするつもりはなかったのだが、あの馬鹿娘、何を勘違いしたのか、反発した挙句家を飛び出したのだ」
はあ、そうだったんですか。夜を統べる者といえども、親子の関係というのはなかなか一筋縄ではいかないと見える。
アルバートさんとアンジュ様の娘さんのことは色々気になったが、僕もさすがに疲れているので一眠りさせてもらうことにする。
結局、その夜は何事も起こらなかった。
二,三日くらいで片が付いてくれればいいのだが……。
朝日が昇る前に、アルバートさんは砦に帰っていった。
僕たちも宿に戻るか。
一昨日まで泊まっていた宿に行くと、ちょっと変な目で見られた。
夜明かしした挙句、朝から男女で部屋にこもって何をするんだ、とか思われているのかもしれないが、気にしてもしかたない。
今夜も、場合によっては明晩もその先も、夜明かしすることになりかねないのだ。
眠れる時に眠っておこう。
目が覚めたのはお昼過ぎだった。
パンとチーズの遅い朝食を摂り、レニーとともに向かったのは、ファルナ市内の西の端にある共同墓地。
ルーシー嬢の葬儀が今日行われると聞いていたので、花くらいは手向けさせてもらおうと思ったのだ。
葬儀の参列者はそう多くなかった。
年端もいかない少女の葬儀だからな。
それでも、おそらくは父親であるベルナーさんの冒険者としての人脈と思しき人たちも参列しているようだ。
グラハムさんたちを探そうと思っていると、一人の男が僕の側に寄って来て、小声で囁いた。
「タイラー隊長からの伝言を承っています。部下たちの配置を終えました、必ず尻尾は掴んでご覧にいれます、とのことです」
男は、王都衛兵隊の一人。ケビンの部下だ。
顔は何となく見覚えがあるという程度だが、逆に彼は王太子のことはよく知っているのだろう。
葬儀に出席させていたようだな。
自分たちが追っている事件の犠牲者とはいえ、一介の平民の娘のために、随分と行き届いたことだ。
「ご苦労様。スティーブやファルナ伯は、嫌な顔をしたんじゃないかい?」
ヴェルノ商会の悪事と自分たちの関りを嗅ぎつけられてはたまらないと、掣肘してくるんじゃないか、という点は少々心配だったのだが。
「吸血鬼がファルナ市内に潜伏しているとの情報が得られた、このままでは衛兵隊の面目が立たぬ、と、そうおっしゃったようです」
なるほどね。
そんな風に言われたら、スティーブたちも止めるわけにはいかないだろう。
“吸血鬼”に濡れ衣を着せて衛兵隊をけしかけたのは、彼らなのだから。
「ケビンも人が悪いな」
僕はくすっと笑った。
彼は嘘は言っていない。
アルバートさんがファルナ市内に来ているのは事実だし、探索対象が“吸血鬼”だとは一言も言っていないのだ。
ケビンたちが躍起になって“吸血鬼”を追っていると、スティーブたちが信じ込んでくれたら、隙も生じるかもしれないのだが……。
それはさすがに、虫が良すぎる期待かな。
男は一礼して離れて行き、僕たちはグラハム夫妻を見つけ、黙礼して歩み寄った。
「おお、来てくださったのですね。昨日はお世話になりました。馬鹿弟子どもがご迷惑をお掛けしたようで、何とお礼を申し上げてよいやら……」
グラハムさんに頭を下げられて、僕は恐縮した。
マークたちが無事だったのはアルバートさんたちに殺意が無かったからというだけで、僕は何の役にも立たなかったわけだから。
当のグラハムさんも、あまり元気がない。
親しくしていた友人の娘の葬儀だからというだけでなく、アルバートさんたちに為す術もなく倒されて、自信を無くしているのかもしれないな。
いや、それを言うなら、ベルナーさんの落ち込みようは気の毒という他なかった。
デボラさんが言うには、彼は三女の葬儀の準備を奥さんと長男夫婦に任せ、“吸血鬼”討伐に参加したのだそうだ。
仇を討ってやることこそが娘への何よりの手向けだと言って。
それが、あの有様ではなあ。
いや――。
その“吸血鬼”が全くの濡れ衣で、真の仇がのうのうと大手を振っているということを知らないのは、むしろ幸いだろうか。
一日も早く真相を暴き、娘さんの仇を討ってあげたいと切に思う。
「あ、マグにレニー。来てくれたんだ」
黒い喪服に身を包んだバネッサは、随分と印象が違って見えた。
「うん。ルーシー嬢とは面識は無いけど、見送りは多いほうがいいだろ」
「ありがとう。ベルナーさんも嬉しいと思う」
というようなやり取りを交わして、僕が彼女の隣に並ぼうとすると、レニーがさりげなく間に割って入った。
「ところでマークは?」
レニーが尋ねる。
そう言えば姿が見えないな。
「ああ、あいつなら、昨日のことで相当落ち込んでるみたいでさ。家で寝込んでるみたいだよ」
うわ、そうなのか。気持ちはわからないでもないが……。
「ルーシーはあいつにもよく懐いていたし、お見送りしてやれよとは思うけど、まああいつの気持ちもわからないわけじゃないからね。剣士としての意地をへし折られちゃったから……」
それはバネッサも同じなんじゃないか?
「そりゃあ、あたしだって落ち込んでるよ。けど、あたしはわりと気持ちの切り替えが早い質でね。格が違う相手だったんだから仕方ないや、ってかんじだね」
まあそうだよな。正真正銘の剣聖とその弟子で、しかも五百年にもわたって研鑽を積んできた人たちなんだ。人間が太刀打ちできるわけがない。
もちろんバネッサは、そのあたりの事情は知らないのだが、格の違いは痛感したのだろう。
そんな会話を小声で交わしているうちに神官の祈りが終わり、墓穴に沈められた棺の上に、参列者たちが花を手向けていく。
僕たちも、白いユリの花を一輪手向け、棺が埋められていくのを見届ける。
バネッサのまなじりに、わずかに涙がにじんでいた。
「ルーシーって子とは、やっぱり親しくしてたの?」
葬儀が終わった後、レニーがバネッサに話しかける。
「もちろん。ベルナーさんにはお世話になってるし、そのお子さんたちとは皆仲良くしてるよ。ルーシーは、明るくって元気な子でね。それがあんな……」
何かを思い出したようで、バネッサは声を詰まらせた。
ケビンから話は聞いている。
吸血死体遺棄事件の犠牲者の亡骸は、身元確認のために保管されているが、吸血鬼化を防ぐため、首を切断し、胴との間を陶板で遮断した上で、魔除けの呪文と腐敗抑制の呪文を全身に書き込んで氷漬けにする、という処置がされているのだそうだ。
痛ましいと言う他ない。
「それにしても……。本当に、あの吸血鬼たちがルーシーを殺したのかな」
バネッサがぽつりと呟いた。
「バネッサは彼らが犯人じゃないと思うのかい?」
真相を知っていながらこんなことを言うのは、何だか性格が悪くなった気分だけれど、今はまだ明かせる段階じゃない。
申し訳なく思いながら僕が尋ねると、彼女は言った。
「だってさあ。ソレルフィールドの吸血鬼がファルナで人を攫って、わざわざ王都まで連れて行ってから血を吸って殺す、とか意味不明すぎだし。それに、そんな外道が何であたしたちを誰一人殺さなかったのかっていうのも釈然としないでしょ」
ごもっとも。そりゃあ、疑問も抱くよなぁ。
「あと……。マークのやつも、吸血鬼狩りに参加する前から、そいつらは無関係じゃないかって言ってたんだよね」
マークが?
いや、彼だって状況の不自然さに疑問を抱いていたとしても、不思議ではないのだけれど。
「あいつ、あたしに何か隠してたような気がする」
うーん、もしかしたら、人身売買組織の存在について、何か気付いていたんだろうか。
一応ケビンに知らせておいて、聴取させたほうがいいかな。
バネッサと別れて、僕たちはアルバートさんとの待ち合わせ場所に向かった。
荷積み場の片隅の倉庫の影だ。
「アンジュ様は、砦でお休みですか?」
レニーが尋ねると、アルバートさんは顔をしかめて、
「そうしていろと言ったんだがな。あいつ、それじゃああたしはその辺を回って他の盗賊団がいないか探しておくよ、とか言い出してな。ああいう連中がねぐらにしそうな場所は、長年の経験で見当がつくし、とか言って……」
ああ、なるほど。そっちの可能性もあるか。
「じゃあ俺がそちらを担当しようと提案したら、あんたに任せたら問答無用で皆殺しにしちゃうだろ、だと。俺だって情状酌量って言葉くらい知っているというのに……」
などと、愚痴をこぼすアルバートさん。
まあ、一口に盗賊団と言っても、食うに困ってやむにやまれず、というケースもあるし、人身売買にも絡んでいないのなら、皆殺しはやりすぎだろうからな。
「アンジュ様なら心配することはないでしょう。……お体があまり良くないんですか?」
何しろ五百歳だからな。
見た目は完全にお婆さんだし。
「ん? ああ、いや、別に心配はないとは思うのだが。……正直、俺たちの眷属になった人間の寿命がどの程度なのかは、俺も知らんのだ。元人間の眷属と何百年も過ごした同胞の話、というのは聞いたことがないしな」
そういうものなんですね。
アルバートさんたちのように固い絆で結ばれるケースというのは、やはり稀なのだろう。
他愛ない会話を交わしながら、僕たちが倉庫の影で見張っていると、一匹の蝙蝠――アルバートさんの使い魔が飛んで来た。
人間にはわからない、聞き取りすらできない言葉(?)で、アルバートさんとやり取りをしているようだ。
「何だと!?」
「どうしました?」
「ヴェルノ商会の商館で、何やら騒ぎが起きたようだ。行ってみよう」
「騒ぎ、というのは?」
「商館長が殺されたそうだ」
えっ、何故!? 一体誰が!?
困惑するばかりだが、とにかく現場に行ってみるしかないな。
現場に駆け付けながら、アルバートさんに尋ねてみる。
「ファルナ伯爵家が口封じを図った、ということでしょうか?」
しかしアルバートさんは硬い声音で、
「いや……どうやらそうではなさそうだ」
「どういうことですか?」
「蝙蝠が言うには、商館長室を窓越しに見張っていたら突然室内に魔方陣が現れ、そこから出現した男が室内の者たちを殺戮したのだそうだ」
は!? それってまさか、転移魔法?
「噓でしょ!? 転移魔法はロレイン様ですら研究を断念したと言われる、人間には不可能な……」
そこまで言って、レニーは口を噤んだ。
そう。転移魔法は人間には不可能とされている魔法だ。
つまり、商館長室に現れた男は、人間ではない可能性が高い、ということになる。
「あと、そいつは鋭い牙を生やしていて、殺した人間の血を啜っていたそうだ」
「それって……」
「同族にもいろいろなやつがいるが……、こんなところに現れる意味がわからん」
首を傾げるアルバートさん。
「王都で犠牲者たちの血を吸っていたやつでは?」
「だとしても、わざわざこんなところにまで出向いて来るか?」
そうなんだよなあ。
衛兵隊に目を付けられたと判断したのだろうか。それにしても……。
疑問を抱えたまま、商館に到着する。
すでに日はとっぷりと暮れているが、ヴェルノ商会では深夜まで大勢の人間が仕事をしているようで、いくつかの窓から灯りが漏れている。
しかし、玄関から人が出てくる様子はない。
生存者はいないのか?
襲撃者は商館長室に現れたやつだけではなかった可能性もありそうだ。
状況が外部に伝わってはいないのか、野次馬が集まって来る様子もない。
しかし、本来なら玄関先に立っているべき守衛の姿もない。
内部の異変を聞きつけ、そちらに向かったということだろうか。
僕たちは誰に咎められることもなく商館の玄関をくぐり、そこで凄惨な光景を目の当たりにした。
大理石の床に転がるいくつもの死体。
アルバートさんたちの時とは違い、完全に事切れている。
そして、その状況を生み出した犯人たち。
いかにも街の破落戸といった風貌の男たちが五人。
どういうわけか、そのうちの二人は全裸で、服を着ている連中も、服には何ヶ所も剣で斬りつけられた跡があり、ぐっしょりと血に濡れている。
致命傷を受けているように思えるのだが、全く平気な様子で、一斉に僕たちの方に顔を向けた。
「ひっ!」
レニーが小さく悲鳴を上げる。
それは、全裸の男性を見てしまったからか、男たちの口元が朱に染まっていたからか、あるいは、男たちのうち三人――全裸の二人と、服を着ているうちの一人――が全く同じ顔だったからか。
そして、彼女の悲鳴を吹き消すように、アルバートさんの叫び声が響き渡った。
「馬鹿な! 不死人形だと!? 何故こんなモノが今の時代に!!」
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命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。
クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。
女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。
「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」
金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!
時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。
こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。
彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。
「お前はもういらない」
ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。
だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。
――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。
一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。
生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!?
彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。
そして、レインはまだ知らない。
夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、
「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」
「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」
と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。
そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。
理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
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