婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

文字の大きさ
47 / 49
第三章 馬鹿王子、師を得る

第48話 閑話 未熟剣士、惚れ直される(前編)

しおりを挟む
 自分が強いと心から思えたことは、これまでの人生で一度もない。
 俺の前には、いつもピンクブロンドの幼馴染が立ちはだかっていた。
 小さい頃から一度たりとも喧嘩に勝てず、俺が十歳、あいつが十一歳の時にグラハム師匠に弟子入りしてからは、持って生まれた才能の差というものを痛感させられる毎日だ。

 もちろん、俺だって師匠に鍛えられて強くなってはいる。
 師匠やバネッサはともかく、そんじょそこらのやつと剣でやりあって、負けるようなことはない。
 それに、バネッサは俺の大切な恋人でもあるのだ。……、じゃない点はまあいといて。
 あいつに対して引け目を感じつつも、誇らしく感じてもいる。
 そう思っていたのだが――。

 先日この町ファルナにやって来たそいつ――マグって野郎は、あんまり認めたくはないが、バネッサ以上の天才だった。
 うちの道場を訪れた他流派のやつに、師匠が格の違いってやつを見せつけてやってから、真気功しんきこうの手ほどきをしてやる、というのはいつものことなのだが、少なくとも道場に滞在している間に真気功をものにしたやつはこれまで一人もいなかった。
 それなのに、あの蜂蜜色の髪の優男やさおとこは、俺たちが五年も六年もかけてたどり着いた領域に、あっという間に迫ってきやがった。

 おまけにあいつ、魔法も相当使えるときてやがる。
 神様、ちょっと依怙贔屓えこひいきが過ぎるんじゃないか?
 まあ、やつの恋人のレニーっては、正真正銘の化け物らしいのだが。

 魔法が使えない俺たちにとっては、正直どれくらいすごいのかよくわからないんだが、多少魔法の知識がある人たちに、飛竜ワイバーンを使い魔にしていて、その上同時に有翼獅子グリフォンも召喚していた、と話したら、大笑いされた。
 完全に冗談だと思われたらしい。
 冗談じゃないとわかると、皆言葉を失っていた。

 上には上がいる、というのはよく使われる言葉だけれど、素直に認めるのは正直悔しい。
 そんなことを考えていた俺は、本当の「格の違い」というものを見せつけられることとなった。

 師匠の元冒険者仲間で、俺たちも世話になっているベルナーさんのとこのルーシーが行方知れずになり、殺されていた事件。
 その犯人が、ソレルフィールドの村の吸血鬼ヴァンパイヤだ、などと言い出したのは、伯爵家のボンボンだった。

 スティーブって野郎は正直いけ好かないし、話自体も信じられないと思った。
 師匠も、話を真に受けてはいなかったようだけれど、そもそも吸血鬼ヴァンパイヤが野放しになっていたこと自体おかしいと言われたら、それはまあもっともだ。

 王都の衛兵隊に、伯爵様のところの騎士たち、それに師匠とその元仲間の冒険者たち。
 吸血鬼ヴァンパイヤの一人や二人敵じゃない。
 そのはずだったのだが……。

 吸血鬼ヴァンパイヤの小屋に突入した師匠たちが一向に戻らず、こらえ切れずに中に飛び込んでみると、そこにはおびただしい量の血が飛び散り、一人残らず斬り倒されていた。
 そして、吸血鬼ヴァンパイヤの男と目が合うと、疑いなくこの男がこの地獄絵図を描き出したのだと実感がこみ上げてきた。

 強い。とんでもなく強い。

 全身が汗に濡れる。
 けど、師匠の仇を目の前にして、逃げることなんてできるわけもない。
 俺は剣に真気を込め、無我夢中で斬りかかり……、首筋を斬られて血が噴き出したところで、意識が途絶えた。

 次に気付いた時には、目の前にデボラさんの顔があった。
 師匠の奥さんで治癒魔法の達人。
 といっても、死者をよみがえらせたりは出来ないはずなんだが。

 話を聞いてみると、師匠をはじめ誰一人として死んでいなかったらしい。
 首筋を斬って派手に血をしぶかせ、すぐさま魔法で傷をふさぐ。
 冗談みたいな話だが、あの吸血鬼ヴァンパイヤにとってはお遊びみたいなもんだったんだろう。
 師匠もだいぶ落ち込んでいたようだ。

 が、これでやっぱりはっきりした。
 事件の犯人はあいつらじゃない。
 俺がそう思うのには、吸血鬼ヴァンパイヤどもが誰一人殺さなかったから、という以外にも理由があった。

 ルーシーが友達の家から帰る途中に姿を消して、父親のベルナーさんやうちの師匠たちは、行方を懸命に探し、また目撃者への聞き込みも行った。
 そんな中で俺が引っかかりを覚えたのは、テレーズという女性の証言だった。
 ルーシーが姿を消した前後に現場近くで目撃された彼女は、がたがた震えながら何も知らないと答え、師匠たちはその言葉を信用した。
 元々気の弱いところのある彼女が疑いを掛けられてビクつくのは当然と言えば当然だったし、彼女にルーシーをさらう動機も見当たらない。

 けど俺は、彼女が怪しいんじゃないかという思いを捨てきれなかった。
 理由は、トッドって男の存在だ。
 そいつは、雷団いかずちだんと称するヤクザ集団の一員で、素人しろうと玄人くろうと問わず女性を食い物にして金を貢がせたり、チンケな悪事を繰り返している。

 これはバネッサも多分知らないことなのだが、テレーズっていう娘は、トッドと密かに付き合っていたのだ。
 何故俺が知っているのかというと、二人がこっそり会っているところを偶然見てしまったからなのだが。

 テレーズ一人なら、人攫いだなんて大それた悪事は出来っこないし、する理由もない。
 けど、トッドが絡んでいるなら話は別だ。
 そう思いながら、結局俺は、そのことを誰にも言えずじまいだった。
 小悪党とはいえ、トッドがそんなことをする理由は、と聞かれたら、皆目見当がつかなかったし、正直雷団いかずちだんとは関わり合いたくない。

 師匠ですら、常々こんなことを言っていたくらいだ。
 正面切ってやり合う分には絶対に負けはしないが、平気で相手の家族をまとにかけるような連中と事を構えるのなら、相応の覚悟と対策が必要だ、と。

 だから、俺は結局何も言えなかった。
 もしもっと早く、師匠なり誰なりに相談していたら、ひょっとしてルーシーを救い出せていたんじゃないか。そう思うと、あの子に合わせる顔が無く、俺は理由をつけて葬儀を欠席した。

 本当にごめん。
 俺にもよく懐いていたお転婆な女の子の顔が思い浮かび、何とも言えない気分になる。
 けど、一日も早く真犯人を捕まえることこそ、何よりの供養だろう。

 そんなふうに自分に言い聞かせて、俺は酒場に入った。
 もう日も暮れて、周りは喧騒に包まれている。
 ここはファルナの中でも特に柄が悪い一帯だ。

「上に行くかい?」

 やたらと胸の大きい――胸だけじゃなく、全体的にたっぷりと肉がついているのだが――年増としま女が、卑猥な笑みを浮かべながら誘ってくる。
 酒場の二階の部屋は、普通に寝泊まりする宿屋じゃなく、専用。
 つまりここはお店だ。

「いや、悪いけど遠慮しとくよ」

「あんたもおかしな子だねぇ。それほど酒が好きなようにも見えないし、女目当てなわけでもないとはね」

 怪しまれてしまったかな?
 まあ仕方ない。
 とにかく聞くべきことを聞こう。

「実は、トッドってやつのねぐらを探してるんだ。やつに金を貸しているもんでね」

 トッドってやつは、元々近くの村の出身で、この町には決まった家を持たず、女たちのところを転々としているらしい。
 この店によく顔を出していると聞いていたので、探りに来たのだ。

 ちなみに、テレーズは家族と暮らしているので、そこに転がり込んだりはできない。
 さらに言うと、そのテレーズもここ数日行方が知れず、両親は必死に探しているという話だ。

「トッドに金を? あんたが?」

「こう見えても、俺けっこう稼いでるんだぜ。冒険者稼業でね」

「ああ、知ってるよ。あんたグラハムの親父さんのとこのお弟子さんだろ? 若いけど中々腕は立つんだってね」

「そういうこと。だから……」

 俺は女に銀貨を一枚握らせた。
 こういう時の相場ってどれくらいなんだろうな。よくわからないんだが。
 女は上機嫌になり、一人の女を指さした。
 同じく酒場の給仕で、まだ割りと若そうだ。

「サニアってなんだけどね。トッドのやつなら、今はあの子のところに転がり込んでるよ」

「そうか。ありがとう」

 俺は年増女に礼を言い、サニアという娘に近付いた。

「やあ。サニアって言うんだってね」

 挨拶してはみたものの、さてどうしようか。
 いきなり家を聞いたり、トッドのことを探ったりするわけにもいかないし……。

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

 なんだか気の弱そうな子だな。
 酒場勤めなんかつとまるんだろうか、などと余計な心配をしてしまう。
 しばらく気まずい思いで酒を飲んでいると、サニアが言った。

「上、行きますか?」

 うーん、どうしたものか。
 彼女の家を知りたかったら、店が引けるまで一緒に過ごすしかないんだよな。
 けど、俺バネッサ以外の女とは……。
 ええい、仕方ないか。

「ああ。よろしくお願いするよ」

 言っちまった。
 俺はサニアに手を引かれ、きしむ階段を踏みしめて、二階に上がって行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星
ファンタジー
 命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。  クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。  女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。 「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」  金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!  時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。  こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く

まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。 国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。 主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

処理中です...