婚約破棄して廃嫡された馬鹿王子、冒険者になって自由に生きようとするも、何故か元婚約者に追いかけて来られて修羅場です。

平井敦史

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第三章 馬鹿王子、師を得る

第47話 悪役令嬢、暗躍する その二

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 使い魔の小悪魔インプを通じてわたくしの視界に映ったのは、この国の王太子。いえ、王太子というべきでしょうか。

 そして、そのかたわらに二人の人間。
 ……いえ、片方は人間ではありませんわね。
 吸血鬼ヴァンパイヤ、ですか。
 人間と行動を共にしている、ということは、「共存派」などと自称する頭のおかしい連中でしょう。

 もう一人は、炎のような赤い髪の若い女性。
 これも知っている顔ですね。
「天魔の再来」ことレニー=シスルさん。
 不快極まりない顔かたちです。

 そこへ、が姿を現しました。
 ああ、これは無事だったのですね。

「オーティスさん!?」

 レニーさんが叫びます。
 そう言えばそんな名前でしたね。
 王都一などと持て囃され、孤高を気取っていた馬鹿な冒険者。
 仕事を餌に誘い出し、毒を盛ってやったのですが。

 これは、今現在のわたくしの持ち札の中では最高の一枚。
 吸血鬼ヴァンパイヤは手も足も出ないはずですが、「天魔の再来」が光魔法も得意だったら少々厄介ですね。

 ……ふむ。そういえば、魔法学校でも不世出の天才と言われている彼女は、光魔法だけは凡庸なのでしたか。
 学年も違いますし、直接会うような機会もほとんど無かったのですが、噂は聞いたことがあります。

 えっ!? ちょっと待ってください!
 マルグリス殿下が使っているのは、「真気しんき」というものではありませんこと?
 いつの間にそんなを……。
 脳裏に、忌々しい女の顔が浮かびます。

 吸血鬼ヴァンパイヤも、を壊す手段こそ持たないものの、腕はすこぶる立つようです。

 は勝ち目なしと判断したのか、逃走を図りました。
 賢明な判断ですね。

 いくらわたくしでも、逃走中のの足元にここから転移魔方陣を合わせるというのは至難の業。
 何とかいてくれれば、と思っていたのですが、ふむ、この吸血鬼ヴァンパイヤも転移できるのですね。厄介です。
 どうしましょう。わたくしが回収に赴いた方が良いでしょうか。

 ――などと考えていると、の前に少女が現れました。
 こちらも吸血鬼ヴァンパイヤですか。
 パーティーでも催しているのでしょうか?

「……人間では無いようじゃな。ならば遠慮はせぬぞ」

 吸血鬼ヴァンパイヤの娘が、魔力のやいばを飛ばします。私が先ほどヴェルノ伯たちの首を刎ねたのと同じようなものでしょう。技量はなかなか大したものですが。
 闇の刃に刻まれ、がバラバラになります。
 あーあ。やってしまいましたわね。
 わたくしは笑い転げそうになりました。

 完全に再生してしまう前に何体か潰されましたが、これで形勢逆転。
 マルグリス殿下のが手に入れば、それは思いもよらぬ幸運というべきなのですけれど。
 ああでも、火炎魔法で黒焦げにされてしまうかもしれませんね。
 悩ましいところです。

 わたくしの悩みはしかし、新たに出現した人物によって遮られてしまいました。
 銀色の髪の娘。
 その方が呪文を唱え終わると、おぞましい光が小悪魔インプの視界を染め上げました。
 肌をちりちりとかれるような不快感。
 本当に忌々しい。
 ヘンリエッタ=ナバーラさん。父君ちちぎみと一緒に退場していただくはずでしたのに。
 マルグリス殿下はつくづく余計なことをしてくださったものです。

 は一体残らず灰になってしまいました。
 残念なことです。
 先ほど、良いが手に入ったとはいうものの、優秀な手駒は多いに越したことはないのですが。
 こんなことなら、あらかじめ予備を作っておくべきだったかもしれません。
 今後の課題ですね。

 おっと、皆さん移動なさるようですね。
 小悪魔インプが光魔法に巻き込まれずに済んだのは幸いでした。

 吸血鬼ヴァンパイヤの男が時折こちらに目を向けます。
 小悪魔インプに気付いているわけではなさそうですが、視線を感じでもしたのでしょうか。
 油断がなりませんね。
 少し距離を置くことにしましょう。

 そうして皆さんがやって来たのは、小高い丘の上に建つ古い砦でした。
 こんなところをねぐらにしていたのですね。
 いかにも吸血鬼ヴァンパイヤ、というべきでしょうか。

 彼らを迎えたのは、白髪の老婆。おや、この方も吸血鬼ヴァンパイヤですか。一体どうなっているのでしょう。

 はい!? わたくしは自分の耳を疑いました。

「……本当にアンジュ様……なのですか?」

「はは、嘘は言ってないよ」

 嘘、ではないのでしょうね。
 アンジュ=カシマさん。
 まさか、生きていらしたとは。
 ――いえ、「生きている」と言っていいのかどうかはわかりませんが。
 このような浅ましい姿になり果てて。

 まあいいでしょう。
 五百年前、あなたに斬られた痛みを、十倍にして返す機会に恵まれるとは。
 混沌をしろしめす神よ、感謝いたしますわ。

 砦の一室では、の使い手――つまりわたくしに対する詮索で盛り上がっています。
 ヘンリエッタさんがおっしゃいました。

「魔王は……、メディアーチェは、滅びてはいません」

 ええ、そのとおり。
 そして、あなた方の一族によって、ずっと忌々しい封印を施されてきたのです。
 封印が解けて全盛期の力を取り戻せたなら、真っ先に八つ裂きにして差し上げましょう。

「……ガリアール様でもとどめを刺すことは不可能と判断した彼女は、魔王を封印し、二度と目覚めさせぬよう、子孫たちに託したのです」

 少々認識が間違っていますね。
 あの時、わたくしを滅ぼすことはできたでしょう。
 そうしていたなら、新たな肉体に転生し、もっともっと早く復活できていたのですけれど。
 ユグノリアさんは、そのことに気付いたから、あえて封印という選択肢を選んだのでしょう。
 それが、子孫に伝わっていくうちに、若干おかしな形に変わってしまったようですね。
 もちろん、わたくしに誤りを訂正して差し上げる義理などありません。

 ほう。
 みんなしてエリシオンに向かわれますか。
 実際のところ、忌々しいことに封印はいまだほとんど緩んでおりません。
 ようやくにして、魂の欠片かけらを飛ばすことに成功し、人間の赤子あかごに転生したのが十七年前。

 しかしこんな体で出来ることには限りがあります。
 そろそろ、封印を解いてしまいたいところ。
 の実行を少々前倒しするといたしましょうか。
 この忌々しい方たちを、エリシオンで迎え撃つことができれば重畳ちょうじょうです。

 っと、小悪魔インプが潰されてしまいましたか。
 本当に、油断がなりませんね。
 まあ良いですわ。
 勇者の子孫たち、そして死に損ないの剣聖さん。
 エリシオンでお会いしましょう。
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