フリードリヒ二世の手紙

平井敦史

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花咲くシチリア

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 フリードリヒは、ホーエンシュタウフェン家の第二代神聖ローマ皇帝ハインリヒ六世と、シチリア女王コスタンツァとの間に生まれた。
 出生の地はイタリア中部のイェージという町だが、幼いうちに両親を相次いで亡くし、ローマ教皇インノケンティウス三世の後見のもと、母の故郷シチリアで育つこととなる。
 シチリア王となったのは、1198年、わずか三歳の時である。

 当時のシチリアは、イスラムの文化、東ローマ帝国のビザンティン文化、そしてラテン文化が融合し、独特の文化をはぐくんでいた。
 孤児となったフリードリヒは、父方の神聖ローマ帝国の帝位継承争い、母方のシチリア王国の権力争い、そしてローマ教皇の思惑と、各勢力の権謀渦巻く中で翻弄される。
 しかしそんな状況に置かれながらも、首都パレルモの宮廷にて、ラテン語・ギリシア語・アラビア語など六つの言語を習得、また科学にも強い関心を示すなど、非凡な才の片鱗を垣間見かいまみせつつ、すくすくと成長していった。

 やがて成人したフリードリヒは、ヴェルフ家のオットーという人物と神聖ローマ皇帝の座を争うことになる。当初オットーを支持していた教皇を味方に付け、さらにドイツ諸侯の支持も獲得して、1215年、ドイツのアーヘン大聖堂で、正式にローマ王の戴冠を受ける。

 この時、十字軍遠征に赴く旨の誓いを立てたことが後々災いの種となるのだが、これはこの時代のキリスト教君主としてはやむを得ないもので、安請け合いをしたと責めることはできない。
 むしろ、この誓いに本人の精神が縛られなかったことにこそ、フリードリヒという人物の特異性があらわれているといっていいだろう。

「で、どうなさるんです。十字軍、行かれるのですか?」

 彼の側近であるパレルモの大司教、ベラルド=ディ=カスターニャにそう尋ねられ、フリードリヒはニヤリと笑って答えた。

「もちろん行くさ。いつか、な」

「いつか、とは?」

 重ねて問いかけるベラルド。

「まずはシチリアの統一。話はそれからだ。十字軍はその後だよ」

 神聖ローマ皇帝位を巡る争いで留守にしている間に混乱してしまったシチリアをまとめ上げる――。この課題を片付けないうちに十字軍に赴くなど、フリードリヒにとってはあり得ないことだった。
 貴族達の特権を廃して中央集権化を進める一方、イタリア半島南部――シチリア島だけでなく、こちらもシチリア王国の版図はんとである――の町フォッジャに新たな王宮を築いて周辺地域の開発を進める。
 シチリア南部で山賊行為を働いていたイスラム教徒ムスリム一万人ばかりを捕縛すると、フォッジャのほど近くに新しく建設した町ルチェーラに彼らを移住させ、自治を認めてやって味方に付けた。

「よろしいのですか? イスラム教徒ムスリムの連中を改宗させなくて」

「そんなことしたら反発を買うだけだろ。百害あって一利なし!」

 また、ナポリに官僚の育成機関、ナポリ大学を創設したのは、1224年のことである。

 しかし、彼が国内統一を優先している間に、中東では第五回十字軍が苦境に陥っていた。
 元々は1217年にハンガリー王アンドラーシュ二世、オーストリア公レオポルト六世らがシリアに赴き、現地の十字軍国家諸侯らとともにイスラム勢と戦っていたのだが、たいした戦果は挙げられず、1218年にはアンドラーシュが帰国。レオポルトと十字軍国家諸侯は、先にエジプトをとそうと、ジェノヴァ艦隊と協力してエジプトの海港ダミエッタ(アラビア語でディムヤート)を包囲する。

 この時、エジプトアイユーブ朝では、サラディンの弟で第四代スルタンのアル=アーディルが亡くなり、息子のアル=カーミルが後を継いだばかりだったのだが、国内での反乱勃発により、ダミエッタディムヤートの救援をあきらめ、カイロに戻らざるを得なくなった。
 そこで持ち出したのが、エルサレム返還を条件とする和睦案である。

 十字軍の側も、これを受け入れても良いのではないかという意見がちらほら出てきかけていた。
 そもそも、エルサレムの解放こそが十字軍遠征の最大目的であるし、シリアで戦果を挙げられず、ダミエッタもなかなかちずで、さすがに厭戦えんせん気分が広まりつつあったのだ。

 そんな空気を一人でひっくり返してしまったのが、教皇が派遣していた枢機卿すうききょうペラギウス。「第五回十字軍の疫病神やくびょうがみ」と呼ばれる人物であった。

「あり得ませぬぞ! 罰当たりな異教徒との交渉など! 聖地は異教徒どもを討ち果たして取り戻す。それこそが神の御意思なのです!」

 ヒステリックに喚き散らす枢機卿に、諸侯は正直なところうんざりさせられていたのだが、それでも、教皇の威を借り神の御意思を振りかざす彼に面と向かって反論もできず、だらだらとダミエッタの包囲を続けることとなる。

 しかし、包囲されている側にもついに限界が来て、1219年11月、ダミエッタは陥落。
 その後、戦後処理に関していさかいが生じ、十字軍国家諸侯の中心人物であるエルサレム王ジャン=ド=ブリエンヌが兵を退く。
 そのため、戦闘指揮の経験も能力もないペラギウスが十字軍の主導的立場となってしまい、フリードリヒの援軍をひたすら待ち続けることとなる。
 一方、アイユーブ朝側も、積極的にダミエッタディムヤート奪還に打って出ることもできないまま、戦況は膠着状態におちいった。

 フリードリヒ自身は腰を上げることはしなかったが、1221年5月には配下のバイエルン公ルートヴィヒ一世率いる部隊を派遣。7月にはジャン=ド=ブリエンヌも復帰して、そこで気を良くした疫病神ペラギウスは、周囲の反対を押し切り、カイロに向けて攻勢に出る。

 しかし、りしもナイル川の増水期で、十字軍は進路を阻まれ、さらにカーミルはナイルの堤防を切って水を溢れさせ、十字軍を中州なかすに封じ込めることに成功する。
 結果、十字軍は降伏、ダミエッタを交換条件に開放され、すごすごと逃げ帰ることとなった。

 最大の戦犯は言うまでもなくペラギウスなのだが、教皇はさっさと増援に赴かなかったフリードリヒの非を鳴らし、そのため彼の立場は非常に苦しいものとなった。

 1225年11月、くだんのジャン=ド=ブリエンヌが、娘であるエルサレム女王ヨランダをフリードリヒに嫁がせたいと打診してきた。
 この時、フリードリヒは最初の皇后であるスペインアラゴン王国の王女コスタンツァを三年前に亡くしており、それ以外に複数の愛人もいたのだが、形式上は独身だったのだ。

 このヨランダを妻としたことで、フリードリヒはエルサレム王の資格を得ることとなる。
 フリードリヒとしても、十字軍に絶対行きたくないと思っているわけではない。
 狂信とは無縁の彼とて、時代の子ではある。聖地エルサレムに対する憧れ、エルサレムの解放者となることの高揚感は、彼の身にも確かにあった。
 また、政治的な意味においても、国内諸侯に対する権威付けや、教皇に対する発言力強化という点で、エルサレム解放は大きな意味を持つだろう。

 フリードリヒはようやく重い腰を上げ、エルサレム解放に乗り出した。
 彼が正しいと信じる、彼にしかできないやり方で。
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