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二部
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しおりを挟む「このポップコーンのバケツ、かわいいなあ……」
月奈は映画館の売店の看板を見つめながら、子どものように人差し指を唇にあてて、英作の方へ首をかしげた。
現在上映中のキャラクター映画の限定バケツらしく、色も形もポップで、どこか無防備に心をくすぐるデザインだった。
「先に買っておこうか?」
「え……でも……食べきれるかなあ」
「余ったら、持って帰ればいいよ」
「う、うん……」
「で、今日観るのは、そのキャラの映画?」
英作はポップコーンとメロンソーダ、それに自分用のコーヒーを手に戻ってきた。
「ううん! 英作さんの本の映画!」
月奈は、さっきチラシ棚から持ってきたフライヤーをぴしっと取り出して見せる。
そこには、人気アイドルが主演を務めるポスターが大きく載っていた。
あの試写会の日を、月奈は忘れられなかった。
関係者席で、父と並んで招かれたあの夜。
舞台挨拶に立つ主演のアイドルと、ヒロイン役の人気雑誌の専属モデル。きらびやかなスポットライト。
心ときめかせながら映画の上映を待っていた月奈は、館内が暗くなった瞬間、父に手を引かれた。
強引に座席を立たされ、出口へと連れ出されたのだ。
『……今日は、ここまでにしておこうか』
『え、なんで!? 今から始まるのに!』
『月奈ちゃん、どこかごはんでも食べに行こう。パパ、なんでも付き合うよ』
やけに甘ったるい声で父は笑った。どれだけ抗議しても、二度と戻らせてはくれなかった。
だからこそ――今日は、その続きを自分の目で確かめたかった。
「……まあ、いいけど」
英作もどこか引っかかる様子で了承する。
だがその反応に、月奈はますますこの映画の内容が気になって仕方なくなった。
(絶対に……今日は最後まで観るんだから)
胸の内でこっそり決意を固めながら、チケット売り場へ向かった。
「お席はどちらになさいますか?」
スタッフの女性が、座席表を見せながら穏やかに尋ねてくる。
「一番うしろの端で」
英作が背後からひょいと顔を覗かせて口を開いた。
「え、そんな後ろに? なんで?」
「……たまに、ファンがいることがあるから」
「あ……そっか」
月奈たちは顔を寄せ合うように、小声で会話を交わした。
スタッフは英作の素性に気づいていないようだったが、思った以上に落ち着かないものだった。
そして――映画が始まり、月奈は悟った。
父があの夜、彼女にこの映画を見せなかった理由を。
もう、何度目のラブシーンだろう。
俳優と女優が裸で抱き合い、絡み合う映像が続くたびに、月奈の心臓は早鐘を打ち、内容どころではなくなっていた。
「……あ、これキャラメル味だったんだな」
隣の英作がのんきにポップコーンを口に入れ、眉をひそめる。
甘いものが苦手な彼は、すぐに手を引っ込めた。
「あげる」
そう言って、月奈の肩をぐいと引き寄せたその瞬間、英作はキスをした。
驚いて口を開いた隙間に、しっとりとしたキャラメルポップコーンが口移しで差し込まれる。
その甘さが、ポップコーンのものなのか、英作の舌なのか――わからなくなる。
(英作さん此処をどこだと思ってるの!)
叫びたくても、英作の口づけが離れてくれない。
月奈の喉から、かすかな吐息が漏れる。
「どうせ、ストーリーなんか入ってきてないんでしょ?」
英作がくすりと笑いながら、耳元で囁いた。
英作の言葉は図星で、月奈の動揺を見透かしたように響いた。
そのまま、今度は英作がそっと覆いかぶさってくる。
「だ、だめ……人に見られちゃう……」
「大丈夫。みんな前、見てるよ」
ささやくような秘密の会話。
英作が月奈の顎に手を添えて、横顔を向かせると、唇が重なる。
「……だめ……」
(信じられない。私たち、こんな場所で……)
上映中のスクリーンの光が、ちらちらと月奈の横顔を照らすなか――胸は、映画以上に激しく波打っていた。
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