誰も私たちを見ないで

あすみねね

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英作視点

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「……可愛い」
 英作は隣で眠る月奈の頬を撫でて、穏やかな気持ちで微笑む。冷えた英作の手に月奈の体温が伝わる。
 ──どこが素晴らしい叔父なんだか。
 こんなに可愛い子を泣かせて悲しませてばかりじゃないか。
 英作は月奈と何十年かぶりに会う前は、冷や汗がとまらなかった。手は震え、動悸はし、浅倉宅から逃げ出したくて仕方なかった。自分は本来、月奈を育てるべきであった親代わりだった。親が自分の子を捨てた。後悔ばかりが頭の中を駆け巡った。
 心の準備もないままだ。
 英作の前に突然、月奈が現れたのだ。
 英作は時が止まったかのように月奈から目が離せなかった。
 栗色のロングの髪に、お人形のような顔立ち、小柄で天真爛漫な雰囲気。
 姉の水月の生き写しであった。
 おっちょこちょいなところも、姉のいくつもの逸話を思い出させた。
「……ふっ」
 英作は一気に緊張が解けた。
 同時に、月奈が疎ましかった。姉が死ぬきっかけとなった存在が、こんなにも明るく生きているのが英作を苛立たせた。
 夜、月奈の部屋に侵入して──首を絞めてみた。ぎゅっと力を入れようとした時。
 ふと、英作の頬から涙が零れた。
 目の前に姉が居る。もうこの世に居ない、姉がここに居る。
 自分が守れなかった姉は、まだしっかりと生きている。

*

 春休みの間、月奈は毎日のように自分のアパートに訪れた。本当は姪なのだから追い出す理由はない。
 自分に好意を寄せているようだったが、それも一時の憧れのようなものだろう。
 英作は淡い期待もしていたのだ。このまま、唯一、血のつながりのある叔父と姪として、仲の良い家族になれるかもしれない、と。
 英作は月奈に好かれるように必死だった。
 自分は素晴らしい叔父、そう振舞わなければならない。彼女の理想に反することはしてはいけない。それも全て月奈への償いだ。
 自分の弱さを理由に、血のつながりもない男を父親にさせて、あげくに母親を失わせた。
 このぐらいどってことない──そう思っていた。

 月奈と会うようになってから、英作はもう何年も飲まなかった薬を使うようになった。また姉を思い出すようになったのだ。出てくることなかった幻も、悪夢も、再び英作の前に出現した。

 月奈が恋の話ばかりに現を抜かす様子に嫌悪感を覚えた。
 姉がどこの誰かも分からない男と子を産んだように、血は争えないのかと、勝手に勘違いした。

 何度か恐ろしい夢を見た。
 母と父の強引な営みが、英作と月奈に変わっている夢だ。
 英作は父のように月奈を押し倒し、彼女は泣き叫びながら、快楽に負けて身をゆだねる。嫌だ嫌だと言いながら、頬を染めて、だんだんと自ら腰を振り、足を絡めていく。
 結局、英作は父と同じで、月奈は姉と同じか。
 夢の中で果てながら、そう呆れるのだった。
 もう一度、医者にかかろうかと思ったが、こんなこと誰にも言えなかった。おぞましい”近親相姦”だ。そんな夢想をしていますだなんて、作家として名も売れ出したときに、もし外部に情報がもれたら、また月奈に悲しい思いをさせる。
 のちに、もっと月奈を悲しい思いをさせることになるなら、あの時しっかり治療してれば良かったのだ。

 英作の悪魔が囁く。

『お前は本当は月奈のことを──愛してない。

 愛していたら、彼女を泣かせない。悲しませない。自分が叔父であるという正体を隠して彼女を騙さない。
 懸命に甘い仮面を被って、月奈の王子を演じて、彼女をその気にさせたのだ。
 お前は誰よりも臆病者で、まぐれで作家業が成功しただけで、視野が狭くて幼稚で、月奈の理想とする格好いい大人の男でもない。
 そうでなければ、月奈に禁忌を犯させて、共に地獄に落とそうとしない。
 彼女を穢さない』


”一緒に死んでくれると思ったのに……”

 顔をふせる英作の前に、シーツの上に、姉が現れた。

”嘘つき……英作の嘘つき”

「……違う……姉さん……違うんだ……許してくれ……」

”お姉ちゃん、一人で寂しい”
「英作さん……?」
 鈴の鳴るような月奈の声がし、英作はハッとする。姉の幻は一気に消えた。自分の腰に手を回してきた月奈を、離さなまいと抱き締める。
「どうしたの?うなされてたよ、変な夢見たの?」
 月奈は欠伸しながら心配そうに言った。
「君のママの夢を見ていた」
 英作は頭痛をおさえるように布団の中にうずくまる。月奈を腕の中に入れて、首元に唇を触れさせた。自分のおびえを、一回りも歳が違う月奈に癒してもらおうとしている。月奈は英作のくしゃくしゃな黒髪を撫でた。
「あのね、わたし聞いたことある。人の為に良いことした人は、この世での役目を終えて天国に行けるんだって。きっとママもそうだったんだよ」
「それ誰に聞いたんだ」
「パパ! ほら、よくお葬式で『とても良い人だったのに……』って言うじゃない。それで私は子供の時に『じゃあ良い人なのになんで死んじゃったの?』ってパパに聞いたことがあったの」
「ひねくれた子供だ」
「そしたらそう教えてくれたの」
 そのつもりはなかったが、話を聞こうと起き上がった拍子で、月奈を押し倒す格好になった。
「渋柿の長持ちだな」
「……難しい事はわからないけど、パパらしいよね」
 月奈が子供のように無邪気に笑うと沈黙が訪れる。二人は自然と口づけを交わす。舌も入れない”小鳥のついばみ”のようなキスだ。
 互いに唇を離すと月奈は言った。
「私たち悪いことばかりしてるからまだ天国に行けないね。でも英作さんとなら地獄に行っても耐えられる」
「地獄に行くとしたら、俺だけでいい」
「大丈夫、月奈は、良い子だから、天国に行ける」
「やだよ。英作さんと離れ離れになっちゃうもん」
 月奈が嬉しそうに背中を腕を回してきた。ふっくらとした胸に触れながら、パジャマのボタンをゆっくりと外す。月奈は緊張したように首を仰け反らせて、爪先をシーツにたてる。熱い息をさせながら、月奈の首に紫の痣をつけて、彼女からもれる甘い声を聞いていた。
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