鋭い瞳に睨めつけられ、下半身が熱くなった中学校一年生の春。

あああああ

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 しかし杉原は、隣の市の高校に進学したのと、油絵を描く為の費用を工面するためのバイトを初めてしまったので、会える時間は減ってしまいました。

 杉原は見かけによらず、真面目な高校生ではありませんでした。電車で通学するのが面倒くさいと言い、原付バイクの免許を取得し中古のカブを買っていました。
 原付バイクだと言うのに、私を後ろに乗せて遠出をしたのは良い思い出です。土手沿いを走り風を感じ、それが本当に気持ち良くて、私もバイクを買おうと決意しました。


 人生というのものは、楽しいことだけではありません。呑気に生きてきた私でしたが、将来や進路といった、学生にとって在り来たりの言葉に、頭を悩ませるのでした。
 担任の先生に進路指導をいただいたとき、あなたはこのままでは真面な職業に就けず、ロクな人生を送れないですよ。真っ当で忌憚のない意見を仰りました。
 私は文字を読めなかったし、数字は頭の中でグシャグシャになってしまうので、最初から知識労働は諦めていました。私の父は所謂土方でした。父の、肉体労働ならいくらでも働き口があるから安心しろ。私はその言葉を盲信していました。

 しかし担任の先生とは話が食い違うのです。すぐに分かったのですが、肉体労働は、先生の価値観に於いて真面な職業ではなかったのです。
 私は何よりも恐ろしかったのです。先生の言葉ではありません。父を軽蔑してしまった自分が、何よりも恐ろしかったのです。
 先生の言った通り、私はロクな人生を送れませんでした。親を恥じてしまった自分を恥じ、親孝行をしようと思ったとき、余計なことはしなくていいから、孫の顔を見せて欲しい。と、私は絶望しました。笑顔を張り付けて応え、実家を逃げるように後にしました。

 わたしは中学校を卒業してから、割り箸工場に入社しました。結局は父の言葉も、健常者に限った話でした。
 障害者就業支援施設で斡旋されて、実家を離れて寮に住みました。それからは、毎日八時間の間、障害者の方が作った割り箸です。そう書かれた袋に割り箸を詰める仕事に従事しました。
 意思の疎通が図れない障害を持った方の面倒をみることも、仕事のうちに含まれていたと思います。

 毎日箸を作り、隔週に一度杉原と飯を食べに行く。そんな生活を、五年間ほど送ったでしょう。悪くないと思えたのは、偏に杉原のお陰でした。
 杉原の学生生活の話と、描いた絵を私に見せてくれることが、少ない楽しみでした。

 空は澄んで薄い青が広がる四月の半ば、私の元に、心臓が止まるような知らせがやって来ました。
 杉原が倒れた。私は仕事をほっぽり出して、病院へと向かいました。ベッドの上で上体を起こし、血が通ってないような青白い肌、生気が感じられず今にも消えてしまいそうでした。

 杉原は過労で倒れたらしいのです。大学の学費や画材を購入するために遅くまで働き、寝る間も惜しんで絵を描いていたのです。
 ベッドの横に腰を下ろし、杉原の手を握りました。氷のように冷たい手でした。
 子供のように泣いてしまいました。杉原に何かあったら、私は生きてはいけないと、杉原は大袈裟だと笑うのです。
 その時に初めて、杉原に怒りの気持ちが湧きました。健康に気を使って生きてほしい、怒鳴るのなんて簡単でした。ただ、思いやりの気持ちなんてものは、この世で最も無意味だと私は知っていました。
 私は五年間で貯めた金を、杉原に渡しました。寮に暮らし、趣味などは何もなく、賃金の殆どは貯金に回していたので、学生を一人養えるだけの金額はあったと思います。

 私にとって金は、数字が書いてある紙。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。必要としている人、それも杉原に使ってもらえるのなら、この上ない喜びです。

 杉原は当然受け取りを拒否しました。わたしもムキになっていたので、受け取らなければ燃やしてしまうと、子供じみたことを言っていました。
 一時間ほどの押し問答の末、絶対に返すから、そう言って受け取ってくれました。返さなくて良いですから、一枚絵を描いて欲しいのです。私は頼みました。
 杉原は鋭い瞳を丸めて、利子で描いてやる。微笑んで言いました。

 一年半後、私が聞いたこともないくらいとんでもない賞を、杉原は受賞しました。噂を聞いて手に取った美術系の雑誌に、杉原の名前が載っていました。
 物凄く嬉しかったのですが、遠くに行ってしまったようで少し寂しかったのです。

 それから杉原に、アトリエのような場所へ呼び出されました。杉原の周りには、人が増えていました。同年代くらいの人から、御年配の方まで。
 よく来てくれたね。挨拶も早々に、パンパンに膨らんだ封筒を渡されました。

 私はそれを受け取ってしまうと、全てが終わるのではないか。蔓延る不安がどんどん膨らみました。しかし、杉原は私に押し付けて、お前のおかげだよ。今まで見せてくれた表情の中で、一番優しく笑いました。
 生まれてくる人間の全てに何か役目があるとしたら、私の役目はそこで終わったのでしょう。そんな気がしました。

 絵を描くから、もう少し待っていてくれ。その日は、アトリエにいた方達と一緒に食事に行きました。立派な定食屋に連れられ、品書きを見ました。
 達筆な字で細かく書き連ねられた文字を、私の頭は受け入れませんでした。文字を読むときの為に持っている厚紙を取り出して、隠しながら一文字ずつ指でなぞり、文字を読みました。

 君は文字が読めないのかい? 杉原の連れの一人に言われ、ええ、色々障害があって、なので杉原には随分世話になりました。
 おお、流石は杉原だ。障害者に哀れみ接するなど、人格者たる行いだ。連れ達はパチパチと手を叩き、音を鳴らしました。そうだ、杉原は人格者だ! 私は、心の中で賛同していました。

 皆、私と杉原の思い出話を聞いてくるのです。私の障害について、根掘り葉掘り聞いてくるからでしょう、杉原は辛そうな顔をしていました。なのでなるべく、なんて事のない日常を話すようにしました。
 杉原は画家の仲間入りを果たし、忙しくなったのでしょう。以前と同じように二人で会って話す機会は、ほとんどなくなってしまいました。

 雑誌の記者の方などもいました。その記者はどうしても、私の障害と杉原の感動ポルノのような話を聞き出そうと必死になっていました。杉原はそれが、二人の思い出を土足で踏み荒らされる行為が、どうしても嫌だったのでしょう。私に気を遣い、自身から遠ざけるようになったのです。

 それから半年間、一度も会うことはありませんでした。約束の絵が書けたから、取りに来ないか? 連絡が来ました。
 絵も勿論ですが、杉原に会えることがどんなに嬉しかったか。電車を乗り継いでアトリエに向かい、杉原に会いました。

 艶のある髪は肩まで伸ばし、それを一つに縛っていました。あまりの美しさと、昔からの画家の風格が開花し、もう私とは別世界の人間に思えました。
 丸いテーブルを二人で囲み、杉原はブランデーとグラスを二つテーブルに置きました。グラスに注がれ、乾杯と軽やかに高い音を響かせると、舐めるようにブランデーを飲みました。
 安い酒を二人で浴びるように下品に飲んでいたことが、昔の思い出になってしまいました。私は上品な酒の嗜みかたを知らなかったので、杉原の真似をして舐めるように唇に触れました。

 どうだ、最近の調子は? 変わりませんよ毎日使い捨ての箸を作っているだけです。杉原は? 僕も変わらないさ、毎日絵を描いているだけだ。

 三十分ほど他愛もない話をしたでしょうか。杉原は立ち上がりF4サイズの小さな絵を持ってきて、私に手渡しました。
 抽象的な天使と、倒れた人間の絵です。杉原は中学校時代から、宗教画を好んで描きました。力強いのに、儚い絵でした。白や青などの鮮やかで明るいを色を基調としているのに、どこか退廃的で、悲壮という言葉から搾り取った青色を使ったのではないかと錯覚してしまうほどです。私は時間を忘れて、絵を眺めていました。

 気に入ってくれたか? どれだけの時間が経ったのでしょうか、杉原に話かけられ、私は頷いて応えました。ならよかったよ。杉原はグラスに口をつけてから微笑みました。

 人には、出会いがあれば別れもある、必然です。今日がその別れだろうと、漠然と思いました。
 寮に帰ってから、絵画を飾りました。中学生時代に描いてくれた私の肖像画、二人で写った写真、天使と人の絵画、その三つが私の生涯の宝です。後は何もありません。
 それからの私は、安い酒を浴びながら、その宝を眺めるばかりでした。私の人生は、過去にしかありません。
 唯一の楽しみは、美術系の雑誌を手に取って杉原の名前が載ってないかを探すことでした。

 二年ほど経った頃でしょうか、生きる実感を無くし、亡者ともゾンビとも化して、私はただ緩やかな自殺をしながら、身が腐るまでを待っていました。私が住んでいた寮は、側からはモルグと呼ばれていたので、まさに私の現在を表すにぴったりでした。

 ある日、カウンセラーの先生に、あなたは能動的に活動した方がいいと言われ、障害者支援の集まりに半ば強制的に参加させられる運びとなりました。
 そして、私はその集まりの中で、一人の女性と出会ったのです。近くの大学に通う女子大生で、ボランテイアの活動として、その集まりに参加してたのです。

 その集まりの中で、私とは生半可に意思の疎通が図れてしまったからでしょう、私を可哀想だと言いました。
 生きるのが辛いでしょう、大変でしょう、本当に可哀想。と何度も言い、同情されました。しかしY子さんは、私を使って自分を慰めているだけでした。

 私もその集いに参加しなければ良いのに、わざわざ参加して、可哀想だと何度も何度も言われ、彼女を慰めてあげるのでした。
 何故かY子さんと話すようになり、福祉系の仕事に就きたいと話してくれました。あぁ、なるほど。点数稼ぎの為にこんな事をやっているのか、口には出しませんが、心の中で思いました。

 しかし、一緒にいるうちに彼女の持つ慈悲の心は、極めて純粋に近いことがわかりました。その純粋さを感じるたびに、私は本当に可哀想な存在なのかと、自問自答を繰り返すようになりました。

 私は気が狂いそうになって、この世で最も下劣で最低な方法を使い、彼女の慈悲を確かめたのです。
 例の如く集いの中で、可哀想可哀想と言われたので、私は可哀想で、今まで満足に生きれたことがありません。後生です、私と一晩を共にしてもらってもよろしいですか?

 私は怒鳴られて、打たれて、それで満足したかったのです。彼女に自分が放った言葉は、なんと浅ましく、薄っぺらい戯言で、虚飾なのかと気がついて欲しかったのです。そして、Y子さんの慈悲が偽物であると、確かめたかったのです。

 Y子さんは頷いてから俯いてしまいました。浅ましいのは私でした。体の中が空っぽになってしまったようで、風が吹けばどこかへ飛んで消えてしまいそうでした。

 私とY子さんは宿へ向かいました。
 薄暗い部屋の中でY子さんは、ブルブルと震え、目には涙を浮かべていました。怯えた姿を見ていると杉原を思い出しました。そのおかげで、自分の罪を見つめ直すことができたのです。

 急に体から熱が奪われ、頭が冴え渡り、自分の愚かさを突きつけられるようでした。
 訳も分からない障害者に、体を許しても良いと言えるくらい、Y子さんは確かに慈悲深い女性でした。今は、震えて泣いているのです。
 きっと、彼女の中にある慈悲の心よりも、私を可哀想だという想いが勝ったからでしょう。

 そうだとすると、私はどれだけ可哀想なのでしょうか。文字も読めず、計算もできず、障害者という免罪符がなければ働くこともできない私は、どれだけ可哀想でしょうか。
 私は今まで自分を可哀想だと思ったことは殆どありません。それは本当に愚かで、哀れで、浅はかで……。Y子さんの涙で、思い知らされるのでした。

 こんなにも慈悲深い女性を泣かせるほど、私は可哀想な存在でした。
 腹から焼けるような痛みが、喉まで上がってきました。便所に駆け込み、全てを吐き出しました。全てを吐き出してから咽び泣き、自分がどれだけ不必要な存在かを思い知らされて、その時、死を決意しました。

 杉原がいなければ、私がこの選択肢を選ぶのまで何年も早かったと思います。
 私は今、電車に乗っています。杉原と並んで見た川が、ちょうど見えてきました。杉原が言った言葉を思い出します。

「自殺は神が人間に与えた、究極の自己の表現だと思うんだ。」

 思い出すと、体が軽くなります。世に疎まれた私ができる、最後の自己表現なのですから。懐かしの駅で電車を降りてから、思い出の場所を歩いて回りました。

 花見をした公園、学校帰りに寄った駄菓子屋、待ち合わせ場所にしていた煙草屋。昨日の事のように鮮明に思い出せ、私はポロポロと涙を流しながら、土手へと向かいました。
 私は最後に、丸く平たい石を川へ放り投げました。やはり跳ねず、ポチャリと水面が揺れました。

 杉原、貴方の名前が、天国か地獄に轟いてくることを、私は楽しみにしています。
 最愛の人よ、貴方に出会えてよかった。さようなら。
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