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プロローグ(1)

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Dear アキヒトさん


 もうすぐ春が終わるわね。
 大阪は、どうですか?

 って、毎日のように電話をしたり、メッセージをやり取りしたりしているのに、こんなことを手紙に書くなんて、と思っているよね。きっと。

 四季それぞれの終わりに、“お料理お手紙”を送ってほしいと最初いわれたときは、戸惑った顔を見せてしまいました。
 でも、春の終わりのお手紙を書き終わったら、なんだか楽しい気分になってきてしまったので、追加で、この一枚を一番うえにつけることにしたの。

 図書館なんて普段はいかないのに、あの日、アキヒトさんと二人で図書館にいってよかったって思っています。


【春の終わりのお料理お手紙(つづく)】


  ◆  ◆  ◆


「なあ、サクラ……今から本屋にいって、この本を二冊買わないか?」

 恋人の突然の提案に、サクラは、スプーンを手にしたまま動きをとめた。
 シュガーポットから少しだけ離れた、ちゅうで動かぬスプーンには、真っ白の砂糖が山盛り。
 甘さを足されることを待ちわびるように、アールグレイティーが、柑橘系のベルガモットの香りを湯気にのせて、あたりの空気に爽やかさを添えている。

 図書館近くのカフェで、のんびりとティータイムをすごしていた。
 本格的な英国式アフタヌーンティーが楽しめる人気のカフェで、カップルや女の子同士の人たちが入り口で順番待ちをしているが、アキヒトが半個室を予約しておいてくれたおかげで、サクラたちのここまでの時間は、ゆったりとした流れだった。

 スコーンやミニケーキなどの甘いものと、飾り切りされたフルーツ、軽食にもぴったりの小さく切られたミートパイやサンドイッチが、トレイにのせられ、三段ティースタンドによって重ねられている。
 この店では、一般的にディナータイムと呼ばれている時間は、ハイティータイムとなる。肉料理や魚料理とともにお茶を楽しめる夜に今度はこようと、本の話が始まるまえ、アキヒトはサクラの手を取り、少し身を寄せて、次のデートに誘ってくれた。

「さっき、わたしが図書館で借りた、料理の本でしょ。本屋にいくのはよいけれど、アキヒトさん、なんでその本を買うの? しかも、二冊も?」

「一冊は、サクラとおれの新居で使ってほしい。もう一冊は、おれが大阪に持っていくのさ」

 近々の結婚を前提に、この春から一緒に暮らす予定だったサクラとアキヒトだが、アキヒトの突然の大阪転勤が決まってしまった。
 将来のために、どうしても転勤が求められ、これから家庭を持つ責任感もあり、アキヒトは会社の命令に従った。大阪で生活をしなければならない期間は、一年。

「その料理の本、なんとなく借りただけで……あの……知っていると思うけれど、わたし、あまり料理が上手じゃないから……それに図書館なんて久々だったから、借りる本というものが思いつかなくて……そんな感じで借りただけだし……ほら、アキヒトさんのほうが、お料理上手だから……」

 サクラは、非常に歯切れの悪い感じで、しかもいいわけをするような態度を丸出しにした。
 春の花見、夏の海辺ですごすとき、そして秋の紅葉狩りのとき、冬の温泉宿へいく途中の電車内、そこに手作りのおいしいお弁当を毎度持ってきてくれる、アキヒトの料理の腕に、かなうわけがない。



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