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エピローグ
しおりを挟む新幹線のドアが開く数秒も、焦れったかった。
大阪からもどってきたアキヒトを、サクラが駅のホームで迎えた日から、二か月後。
「はい。では、玄関までよろしくお願いします」
インターホン兼、マンション内の連絡用端末の液晶に向かって話しかけていたアキヒトは、通話終了のボタンを押すとキッチンのほうに顔を動かす。
「サクラ、デリバリーがもうすぐくるって。コンシェルジュがいうには、あと五分くらいで到着する」
「はーい。こっちも、もうすぐできるわ。盛りつけをして終了という段階よ」
オーブンからパイを取り出しながら、サクラは返事をした。
晴れて夫婦となった二人は、今から、ごく親しい友人たちとパーティーをする約束をしている。
会場は、二人の新居のリビングだ。
マンションと提携するホテルのレストランに、ケータリングを依頼して、マンション附属のパーティールームを使うことをアキヒトは提案してくれたが、自宅リビングを会場に、“ちょっとしたレシピ”を用意したいとサクラがいい出したのだ。
肉料理や魚料理といったメインディッシュは、ホテルのレストランからデリバリーすることにして、軽食やデザートは、アキヒトと二人で作ったものをテーブルに並べることにした。
リビングの窓の外には、少しだけ紅く染まった空。
梅雨のさなかにもかかわらず、今日は、一日中雨が降らなかった。
このまま、二十一階から都心をのぞむことができる夜景へと、窓の外の風景は変貌を遂げるのだろう。
「アキヒトさん、お皿に上手に盛れているかしら?」
「パイ、ほとんど崩れていない。きれいに切ったな。中身のリンゴのコンポートを眺めているだけで、おなかがすいてくるよ」
「アップルパイは最近よく作っているから、慣れてきたわ。サンドイッチの量は、それでじゅうぶんかしら?」
「おれの男友達はたくさん食べるだろうが、ジャムをつけたスコーンも楽しんでもらうつもりだろ? だったら、これくらいサンドイッチがあればじゅうぶんじゃないかな。これなら我が家のリビング会場で、お客さまに喜んでもらえるハイティータイムができるよ」
蒸し暑い季節なので、飲みものは、紅茶に加えてアイスコーヒーを用意した。
このアイスコーヒーは、サクラとアキヒトが軽井沢を訪れた際にとても気に入ったカフェで販売されているものだ。
一部はデリバリーを利用したり、季節柄に配慮をした内容を考えたり――無理をせず、まわりにも心を配りながら、二人は新婚生活を楽しんでいる。
「アキヒトさん、もう一度聞くけれど、サイドボードのうえに、同じ本が二冊飾ってあってもいいわよね?」
「いいに決まっている。その本は、婚約指輪のようなものだったから。二人が離れている時間も、お互いの手の中にあっただろ?」
「そうね。ふふ。今日は、わたしたちの結婚をお祝いしにみんながきてくれるんだから、“幸せのカタチ”を飾っておいてもいいわよね」
サイドボードのうえには、二冊の、“四季がうれしくなるちょっとしたレシピ”。
購入した日は、新しい紙のにおいがしたその本たちは、今では、指でしっかりとページがめくられたからこその香りを漂わせている。
お祝いにきてくれるみんなにも、手に取ってページをめくってほしいな。
そんな小さな願いを視線に込めて、サクラは、二冊の本を眺めた。
たくさんの人がおいしいと感じた思いが、“幸せ”をいつでもおぼえられるような香りとして、アキヒトと暮らしていくこの新居に染み込むとよいな――
(了)
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