異能怪奇譚

時雨鈴檎

文字の大きさ
1 / 11

リシャナ

しおりを挟む
目の前に広がる光景に、リシャナは思わず大きなため息が漏れた。
山のような布の塊、これら全て一つの宮から運ばれてきた衣服。わがままな姫であれば1日に何着替える上、一枚一枚が上質。その上、寒く、重ね着だとかする冬場は、水の冷たさも相まって最悪といってもいい。
出遅れたリシャナは、一番荷物の多いわがまま姫様の洗濯に当たった。

「一人でこの量は意味がわからない……いや、こっちの2つは侍女の分か……流石にこっちは人数分だよね……」
カゴにこんもりと盛り上がる、3つのカゴを睨みながら、舌打つと寒空にふるりと震えて腕をまくった。

(ここに来て二ヶ月……まだまだ先は長いな)

はぁと再び白い息を吐き出すと、先日の出来事を思い出す。
慣れた山道だらかとか、そこまでだからとか、軽い気持ちで出かけなければよかったと、二ヶ月前の軽率さを責めたい。
出かけるときに必ず行う変装をサボった結果、出会ったのは、人攫いだった。

人攫いは、妙齢の女を捕まえては宦官に売りつけていた。己の懐を温めているのか、それとも自分の娘の代わりか、その両方か、今更どうでもいい話ではある。
要は、その男どもにこの国を挙げた婚活会場へと投げ込まれた。

皇帝陛下の世継ぎを生むための皇妃候補たちが集まる宮。其処に住まう姫たちが快適に暮らせるようにと、用意された陛下の為の女の園。

ともすれば、ここにいる娘は皆、陛下の目に留まる好機が存在する。
才が、美貌が認められれば、陛下で無くとも、宦官から話が周り、貴族の子息へ嫁ぐ話も出てくることもある。
女官の大半は貴族の娘とはいえ、実力があれば下女からも出てくるし、下女は平民の出だからこそ、そんな夢物語に憧れる。
流石に侍女まで行くと、姫の家から来た者たちなので、それなりに高貴であったりするから、そこまで顕著に夢見て語るようなことはない。
言い方は悪いが、侍女の中には姫の予備でもあったりするため、そこは其処で泥っとしてそうではあった。

リシャナは関係のない話だけどと、足元までよく見える、平らな自分の胸元と、水面に映る少しつり上がったきつい目元と、そばかすに半笑いを浮かべる。
調薬ついでで、毒やら、効能を調べるためと、慣らしてきた身体は、生まれてこの方美容とは正反対の生活をしている。当然ながら、お世辞にも愛らしい娘というには程遠い。
だから知識さえ隠していれば、下女のままとにかくやり過ごすことができる。そこに関しては、親に感謝せねばという所だった。

とはいえ、下女は平民ほぼ望み薄なので、其処まで夢見る娘はいない、大半は、後宮で務めたという箔欲しさ。
それに、皇帝のために用意された後宮であるため、食事も、作業服も下働きですらいいものが与えられている。その上給料もいい。
その点に関しては、何も申し分はない。寧ろ、普通の町娘達からすればいい暮らしだろう。

普通の町娘なら。

自分の意思で来たわけでもなければ、リシャナは、育ての親の手伝い薬師として自立し、それなりに生計を立てていた。
こんな所に来なくても、満足のいく生活をしている。なんなら、今の生活の方が窮屈で仕方なかった。

「あぁ、調薬がしたい」

化粧や香水の匂いでむせ返る布を、洗いながらぼやく。
親父殿も心配だが、なによりも調薬出来ないことがリシャナにとっては重要だった。
この後宮には、不思議と調薬の材料になる草木が、多く少し歩けば、買えば高値のつきそうな薬草が自生している。

個室ではあるとはいえ、臭いがきついものも多く、なにより道具がないために、調薬はできない。

(そもそも、そんな暇も無いんだけど)

下女は、文字の読み書きのできない娘が多い。リシャナは、出来ないフリをしてこの場に収まっている。
理由は、二年で奉公を切り上げて帰るため。
仮に、文字の読み書きがバレたところですぐどうこうというわけではないが、念には念をということである。
そもそも、文字が読めるだけでも下女間では、重宝される。
そうなれば、才を重きに置く女官並びに宦官の目にとまりかねない。それに、女官を目指す下女たちに、毎日追いかけ回される羽目にもなるだろう。

そう言ったこともあり、下女には読み書きできずとも出来るような、簡単な仕事が多い。その分重労働なわけで、終われば体が鉛のように重く、常にこの広い後宮を走り回っているので、日付が跨ぐこともある。部屋に戻れば泥のように眠り、起きれば働きアリのように動き回る。
こんな状態では、見かけた薬草を調べることすらままならなず、指を咥えて目の端にとどめる程度しかできなかった。

洗ったものを絞って、別のカゴに移し終えると持ち上げ、干し場へ移動する。

「二年、何もなく勤め上げれば帰れる。頑張れリシャナ……私ならやれる」

薬草を目にするたびに、あれが作りたいこれが作りたいと、リシャナにとって生殺しに近い環境は、たった二年といえど苦痛でしかなかった。
現にたった二ヶ月で、リシャナは何度目かわからないため息を再び吐く。生活に不自由さはないし、確かに重労働ではあるが、なれた作業ばかり、寧ろ、毒を摂取したりしない分、人としては今までで一番いい環境だといっても帰りたくて仕方ないのだった。

重たい荷物を数回に分けて運んだ次は、一つ一つ広げて皺を伸ばして干していく。

(今日は、洗濯と官邸の掃除か……薪割りとかの方が楽でいいんだけどな)

下女の仕事は、洗濯、食事、雑務の班に分かれている。洗濯班と食事班はそれぞれ雑務班の仕事のサポートに当番が組まれている。メインの仕事を終えると、その日の担当場所へと向かう。そしてまたメインの仕事の時間に抜けてそちらへ向かう。
官邸の掃除に参加するのは昼を過ぎるだろうなと、一枚一枚広げながら深くため息を吐いた。

「あー!おわった。ったくこの量なら自分のとこでやればいいのに。こういう所ほど下女に仕事回すんだもんな……こんな高価な服」

すでに、他の下女たちが雑務班の仕事の手伝いにいないのを良い事に、服を洗濯紐にかけながら悪態を吐く。
干し終えて籠を置き、ひとまず次の仕事場だと、上げっぱなしで疲れた二の腕を軽く揉みながら、持ち場へと足を向けた。

早く帰りたいと願いながらも、目に入った薬草に、後ろ髪を引かれつつ、今日もリシャナはつつがなく、仕事にそこそこ真面目な地味な下女として過ごすのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

処理中です...