異能怪奇譚

時雨鈴檎

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-後宮事変-

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好奇心は、身を滅ぼす。昔やらかした手痛いでき事を思い出すたびに、深いため息が漏れる。当然リシャナにとって平和に過ごしたいなら、この件には関わるべきではないのはわかっている。しかしこの時ばかりは、己の浮き上がった好奇心と思いつく嫌な予感に、既に見て見ぬ振りをするという選択は無くなっていた。

(予想が外れてればそれでいい、その確認をするだけ。心配し過ぎなくらいがちょうどいいんだ。に関しては)

杏姫と言葉を交わしてから頭の端から抜けない嫌な予感に、それでも確かに数日は悩んだ。
事が事だけに下手に動けばこの先の己の未来も決まる。兎に角まずは見てからだと、なんとかどちらかの宮に要付けをもらって見に行くしかないかと、日々を過ごしていた。そういう時に限って、なかなか好機は訪れない。そもそもどちらの宮に当たったことが無いのだから、今更狙ったところでいけるはずもない。

(今は気持ち悪いくらいに、二つの姫の間でだけの問題なんだろうけど、その理由も気になる……もし、杏姫と同じ匂いがすれば確定として動かないと)

仕事中も仕事を終えても、あの日見た杏姫の歩き方と、漂った匂いが頭を離れなかった。
今日も、いつも通り、仕事を終えた夕方、なんとかして明日こそ札を藤か蘭にかけてもらえないかと願う。

(こういう時、ここの決まりが面倒なんだよな)

他の下女に代わってもらうわけにはいかない。勿論、こっそりと嫌な場所を代わってもらう事は、仲のいいもの達の間では行われてる。少女達の悪知恵なため、バレては居るだろうと予想する。それでも何も言われないのは、多少黙認されているからだろう。
なら取って仕舞えばいいとは言いたいが、前回の侍女騒ぎのこともある。表立っては基本的にその決まりに従順というところであり、何かあった時は「こちらはちゃんとしていた、勝手にやったのは下女達だ」という逃げ道のためでもある。
ならば、リシャナも同じ事をすればいい。そう思うだろうが、リシャナにはできない。さっさと立ち去ることしか考えていなかった弊害が、ここで首を絞めてきた。
唯一仲のいいといってもいい、メイメイが何度か用付けをもらっては居るが、掃除と料理では役割が違う。メイメイの知り合いの橋渡しを頼むのもありだが、あの少女にそんな話をすれば、目的を突っ込まれるに違いない。説明が面倒くさいし、なによりそこからこの曖昧な話が広まるのが一番よろしくない。

「詰んだ……」

正攻法が無理なら、忍び込むしかないかと深くため息をつく。忍び込むことに問題はないが、自分の命をかけるリスクを負うほどでもない。もういっそ放っておきたいという気持ちも浮かぶ。

(命にも関わる可能性があると分かったからにはなぁ)

リシャナは薬師として人の命を救うし、奪う仕事であるなら出来るだけ救う仕事をしたいと信念を持っていた。救う手はずがあるなら手を尽くす、その為に必要なことはなんでする。リシャナは少々それが行き過ぎ、父親にもその客にも、調薬毒狂いと言われているが、楽しいのだから仕方ないと開き直っている。
後宮にだって医者は居る。そこまでしてリシャナが動く必要はないのかもしれないが、一方で赤子の噂は消えず、最近では呪いなのではなどという噂まで上がっていた。それが尚更リシャナの予想をより確固たるものにしてしまう。医者ではなくリシャナでしか治せない可能性。その可能性がある以上、医者がいるから関係ないとはできないのだった。

どうしたものかとため息をつきながら、下女宮への道を重い足を進めていると、なにやら、言い争いが聞こえてくる。なんだと足を止めて顔を向ければちょうど、ぱんっと乾いた音が響いて周囲にどよめきが広がった。
紅桃色の髪が美しい穏やかな雰囲気を纏うのが多分蘭姫だろう、崩れ落ちるように頬を抑えて地面に倒れ込む。その目の前で、払いのけるように手を振り払った後と思われる深緑の髪の姫がきつい目元をさらに釣り上げていた。

(あぁ、これはめんどくさいな)

姫同士のいざこざなど日常茶飯事、今日は誰が揉めてるんだと、娯楽に飢えた野次馬が集まってくる。
なら何故ここまで、悩んでいるのかといえば、ちらりと目に入った藤姫の容態だった。
髪の色と、その思慮深さから深慮の姫と言われる美女は、体調の悪さを誤魔化すためだろう、血色を感じないほど、白粉で塗り固めていた。お世辞にも深緑の姫とは程遠い。髪もかなりパサついているのがわかる。

「お前が、産んだのが娘だからと男子おのこである吾子あこを呪ったのだろう!だのによく、医官の手を煩わせることができるな!」
「私の子も同じように、苦しんでいるのですよ、呪いなどと……」
「黙れ!他国の売女風情がぬけぬけと」

リシャナの耳にも、痛々しいほど悲痛な声が響く。完全に思考の海に落ちていたリシャナは現実に引き戻される。
顔を上げて、いつの間にかできた人混みの隙間から二人を見れば、ちょうど藤姫が鬼の形相という表現もよく当てはまる、陶器のような顔を歪ませ、蘭姫に向けて声を荒げていた。
蘭姫は隣国から後宮へ嫁いできた姫であるが、別に売られてきたわけではない。政略結婚も売られるうちに入るかと、聞こえてきた藤姫の言葉に鼻で笑う。いくら子どもの命が危なかろうが、それで他の姫を貶めていい理由にはならない。ましてや藤と蘭は今や皇帝陛下の御子の母親、対等な立場だ。

様子を見れば間には困った顔をして、止めようとする頭の寂しい、小太りの男。白い衣服から医官だろう。
蘭姫が医官に自分の娘も見てくれと言って藤姫を怒らせた、との会話が聞こえてくる。
様子を見る限り医官の手隙に蘭姫は頼んでいたようだ。女子である蘭姫の子より、男子である藤姫の子が優先されるのは後継だから当然だろう。それでも、自分の子を心配する親として、苦しむ子を放っては置けないから自ら出向き頼みに来たというところだろう。心配しつつも侍女が近寄らないのは、その腕の中に赤子がいるからか。同じ親ならわかる物じゃないか、子もいなければ恋もまだなリシャナには分からないけどと頭を振った。

(私に関係ないことを気にしても仕方ない。せっかくの好機を逃すわけにはいかないし)

2人の子供の現状は、蘭姫の方は包まれた布が邪魔になり、藤姫は連れてすらいないので診ることは出来ないが、母親の状態はここからでもよく見える。問題は、ここが女の園であること、周りは香を付けることが多いため、2人の匂いの判断がつかない。

(流石に鼻は目立つしなぁ)

それに余計な匂いで鼻がひん曲がると眉を寄せた。蘭姫の方は健康体に近く言うほどやつれてもいなければ、立ち上がった彼女は足取もしっかりしている。気になるふらつきも目の淀みもない。一方で藤姫は、最初に見た印象は変わらない、少し目立つ頬ぼねに、青白い顔をごまかすためか、白粉が濃く塗られている。見開かれる目はまるで鬼のようだった。きわめつけは蘭姫を叩いた手、爪紅で赤く塗られたその手は、蘭姫の頬よりも赤く腫れ、明らかに叩いた藤姫の方が手を痛めている。叩いた勢いか、よろめき足元もおぼつかない。

(深慮の姫の面影無しだな)

冷静な判断力の低下、そして噂の人物とは真反対にも見える態度。
「決まりか」
ぶつぶつと聞き取れないほど小さく呟くリシャナは、くるりと人混みから背を向け外れた。
仮に、今自分が思い付いたものなのだとすれば、早くしなければどちらの御子も死ぬと眉をひそめ、どう伝えるかと頭を悩ませる。

(医官は飾りか……)

おろおろとその丸っこい額に汗を浮かべながら藤姫を宥めようとする医官へ侮蔑の視線を向けてため息を吐く。片方に至っては、医官なら気づけよとも言いたいし、現状どちらの症状も普通は気付くものだろう、仮にも後宮の医者なのだから、確かに専門でなければわからないこともあるが、そうかそうでないかくらいは見極めてほしい。遠目で見たリシャナでさえ、気付くものがあったのだ。ならば、近くで見てる医者が何故気づかないと思わず舌打つ。

(とりあえず、書くものが欲しい)

考え込んで歩くリシャナは、最早周りなど見えてはいなかった。まだ2人とも間に合う可能性があるのなら、動かなければと其ればかりに気を取られ、当然誰とすれ違ったかなど知る由もない。
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