異能怪奇譚

時雨鈴檎

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-後宮事変-

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久方ぶりの非番の日、井戸場で顔を洗ったリシャナは、桶にちちと仲睦まじく止まる小鳥を眺めながらため息をついた。
予想はしていたが、今宮内で囁かれている噂がリシャナに陰を落とす。

「リーシャナ!」
「っうわ……メイメイか」

小鳥が警戒したかと思えばバサバサと飛び立ち、すぐに後ろから、わっと声をかけられ肩を掴まれた。首だけで振り返ってみれば満面の笑みで飛びつくメイメイに、はぁと息を吐く。

「そういえば、悩みは解決したみたいだね」
「なんの話?」
「ほらー、最近木札を見ながらずーっとなにか、考え込んでたじゃない?」

そんなにわかりやすかったかと、口の端をひくつかせながら、満面の笑みのメイメイと目が合う。

「いや、早く帰るにはどうすりゃいいかなーって考えてた」
「ふぅーん、そういえばリシャナは自分の意思で来たわけじゃなかったんだっけ?」
「そうだよ、まぁ言ったところでどうにもならないから、やり切るしかないんだけどね……奴隷にされたわけでもないし。奉公の期限を更新しなけりゃ帰れるわけだし」

メイメイが頷いて納得するのを、内心ホッと胸を下ろす。

「ねぇ、リシャナってここに来る前はなにしてたの?」
ふと、思いついたようにメイメイが興味を示す。少数派とはいえリシャナのように帰りたがる者も少ないわけではない、だいたいそう言う少女たちはリシャナのように何処かしらで攫われてどっかの娘として、体良く入れられたかだろう。
それでも、大抵ここの待遇の良さに残留を決めるものが殆どで、外に恋人がいるなどの理由でもない限りこれほど頑なに帰りたがるものは極少数派とも言える。
リシャナは、あのクソどもの酒の金を稼ぐ道具にされるのははらわたが煮えくりかえる、この先もというのはごめんこうむりたいのである。
だからといってそれを口に出せる立場でもない。偽っているとバレればそれは自分の身も滅ぼしかねない、危険な行動だ。だから、誰も口には出さず役目を終えるまでは黙って過ごすことが多い。立場が弱い人間の方が不利なものだ。
そもそも条件的に悪い環境ではないし、事実を話して逃げれたとしても今度は別の問題も出てくるわけだ。
正直なところ全く興味がなかったわけではない。実際ここにきて、見たことのない薬や高価で手が出せなかった材に触れることが出来たわけだから、収穫にもなっている。そこは感謝はしていないがいい好機だと思った。
リシャナは、そんなことを考えながら適当に返事をかえす。

「え?あー親父がさ足悪いから、家の事とか仕事の手伝いだよ。だから早く帰りたいの、心配だからね」

そういえばやってる事はこことあまり変わらないなと笑う。薬を作る事を除けばだけどと心の中で付け足し、さも父親を心配する娘を演じる。心配しているのも、足が悪いのも嘘ではないが、あの元気すぎる父親が娘一人いないだけでヘタれるとは思えない。寧ろ口煩い小娘がいなくて清々しているかもしれない。嘘とも本当の事とも言い切れないのでなんとも言い難い。

「お父様思いなんだねぇ、意外かも」
「それは酷くない?私をなんだとおもってんのよ」
「えーだって、普段のリシャナを見てるとねぇ……」

心外だと目を見開くリシャナにクスクスと笑っていたメイメイが隣に腰掛けると、じっと見つめてくる。何かを見透かすような、メイメイの目に思わず視線をそらすと、再び笑い始め、そのままリシャナの膝の上に頭を乗せる。

「ちょっと、人の膝を枕にしないでくれる?というか、あんた今日の仕事は?」
「私も今日はひばーん!なのでメイメイちゃんはお姉ちゃんに甘えたいのです」
「はぁ、もう調子いいんだから」

ぐりぐりとそのまま腰に抱きつくメイメイが、甘えた声を出してリシャナに甘えれば仕方ないというように頭を撫でた。
年下に弱い自覚があるリシャナは、ことメイメイに至っては、甘え上手だからなのかこうしていいように使われてるなぁとため息を吐く。
可愛く甘えてこられて、頼られれば悪い気がしないと言うのもあるあるが、それ以上の何かがある気もする。

(なんていうか、絶対機嫌は損ねない方がいいって言う危機感的な何かがあるんだよなぁこの子)

野生の勘に近いが、時々見せる年相応に見せない視線がそう思わせるのかもしれない。今も感じた見透かすような視線を時々向けてくるので、気が気ではない。

「リシャナ!きいてるの?」
「へ?あぁごめんなに?」
「もー!だから、最近の噂だよ。う、わ、さ!」

メイメイの言葉にあーと、つい先ほどまで自分が頭を抱えて悩んでた噂の内容だろうなと、予想はつくが興味なさげに頬をかく。

「何かあったっけ?」
「相変わらずだなー、杏姫が入ってきた頃の思慮深い姫らしくなったんだってさ……急に豹変したと思ったらまた元に戻るんだもん、不思議だよねぇー…あっあと、藤の皇子が亡くなったぽいよ。せっかくの皇子だったのにね」
「え、へぇそうなんだ……皇子はそりゃ残念だね……しかし、杏姫のはともかくよく、皇子の話し聞けたね」
「そりゃー藤の宮へ行った下女だったら分かるよ。空気が重いんだってさー!あそこに当たった子達がみんな言ってるよ」

予想通りの噂話に素知らぬ顔をして、相槌を打つ。何故か隠される皇子の死に周りは、ヒソヒソと訝しむ声が出ているのだ。
皇子の死因は得体の知れない病として処理されているのか毒とされているのか、未だに公にはされていない。それがさらに噂好きの少女たちに火をつけた。
呪いのせいで人の姿をしていないから、生きてはいるが二度と公の場には出せないだけとか、無茶な噂まである。生きてる死んでる論争含め多くの噂が飛び交っていた。
ただ、知り合いが少ないリシャナの耳にすら、気にしてなくても入ってくる噂は、下女の間だけのものでもあった。流石に女官たちは口を噤んでいるらしい、官職という立場をよく理解してるといった所だろう。

不意にメイメイがリシャナの名前を呼ぶ。
何事かとメイメイを見下ろせば勢いよく起き上がる彼女の顔が迫り、額に激痛が走った。

「いっ……つぅ、バカなの?あんたはバカなの?」
「いたた、ごめーん」

互いに額を抑えて悶絶すれば、涙目でメイメイを睨む。メイメイもてへと舌を出して痛がれば、赤くなった額をさすりながら、見上げた。

「変だと思わない?普通皇子が亡くなったのなら知らせはすぐ出るものなのに」
「私に聞かれても……色々貴族様には貴族様の事情があるんでしょ」

そりゃ死因がはっきりしないのに公表もできないでしょうよと心の中で呟く。遺体はまともな形ではなかっただろう、どう公にするか悩んでいるのかもしれない。
(今回のことで藤姫が病まないといいけど)
わたしには関係のないことだと肩をすくめながら首を振る。

「気になったりしないの?」
「別に、人の事情とかどうでもいいかな」
「ふぅん……最近まで気にしてたくせに」

図星を突かれれば、うぐと言葉に詰まらせるリシャナに笑うと、メイメイがさすっていた赤くなった額を隠すように持ち上げられていた前髪を下ろした。

「メイメイ!こんなとこにいたの?あっあんたも……丁度いいや、ちょっときて」

幸か不幸か、足音がしたと思えば途端騒がしい声が響き二人とも反射的に振り返る。
腰に手を当てて仁王立ちするのは、誰だったか、リシャナは必死に記憶を巡らす。

「ヘレイ!どーしたの?もう仕事の時間でしょ?」

そうだヘレイだ。頭の後ろで結んだ黒髪は馬の尻尾のように動きに合わせて揺れる。
メイメイと一緒にいることも多い年上の先輩下女。少し口はきついが面倒見のいい女性だと言われていたのをぼんやり思い出す。多分その女性であってるはず。

「今手が空いてる子は、下女宮に集められてるのよ。私はその伝令係、なんか確認したいことがあるらしいよ」
「そうなんだ、なんだろう?……ってリシャナ!ちょっとどこ行くの!」
「え……めんどくさそうだから聞かなかったことにしようかと」
「いや、今私が伝えたからね?許すわけないだろ……あんたもメイメイと一緒に行く!」

話し込む二人にそろりと、忍び足で逃げようとしたリシャナは、目ざとく気づいたメイメイによって二人掛かりで捕まった。
ヘレイがきつい目元をさらに釣り上げて、自分が来た方を指差すと、リシャナに念を押すように顔をせまらせる。

「それに、行かなくて怒られるの伝え損ねた私もだからね?絶対勘弁してほしいわけ、私だってあとで合流しなきゃだからいなかったら女官長に言いつけるよ」
「行く!行くから……うぅめんどくさい、せっかくの休みなのに……」

びしりと鼻先に指を突きつけ、念を押すように言われてしまえば、頷くよりほかはない。何より内容によっては招集を無視した罰則が恐ろしいものとなる。

「ちゃんと非番で集まった子には、後日半休とらせるって」

流石カジャク様よねぇと甘い声を出した、ヘレイは伝えたからねともう一度念を押すと他にも伝えに行くのだろう走り去っていった。
リシャナは最後に聞こえた名前に固まる。嫌な予感がより強くなるのは、呼び出した人物が件の宦官殿だからだろうか。
ぞわと背筋が凍るような予感に、身震いをすると渋々前を歩くメイメイについていった。
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