聖女の絶望、ホストの虚言

あさリ23

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嘘の真実と真実の嘘

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 眩い銀色の光が収まった後、テラスには柔らかな朝の静寂だけが残されていた。

 つい数秒前までそこにいた、場違いなホストスーツの男と、彼が漂わせていた安っぽいタバコの匂いは、もうどこにもない。空気は再び冷たく澄み渡り、遠くで朝を告げる鐘の音が、エリュシオン公国の街並みに響き渡っていた。

「……美紀」

 アルフレッド様の震える声に、私はゆっくりと視線を向けた。

 驚いた。重鉛のようだった体が、今は嘘のように軽い。肺の奥まで清浄な空気が入り込み、指先の一つ一つにまで、温かな血の通う感覚が戻っている。

 私はゆっくりと上体を起こし、自分の胸元に手を当てた。

 煤けた石のようだった「魂の紋章」は、今、穏やかな銀色の光を宿して、私の胸元で確かに息づいている。それはかつてのような、国を背負うための狂信的な黄金の輝きではない。もっと優しく、もっと個人的な……一人の女性の「心」を守るための、小さな、けれど消えない灯火だった。

「彼が……レン君が、直してくれたの?」

「……ああ。彼の言葉には、この世界のどの魔導師も、そして私さえも持ち得なかった『信』が宿っていた。……彼は、君を救うためだけに、自分のすべてを否定してまで『嘘』を吐き通したのだ」

 アルフレッド様は私の手を握り、自嘲気味に、けれど愛おしそうに目を細めた。

「すまなかった。私は何も見えてなかった。君の苦しみも葛藤も全て見て見ぬ振りをした。国のためだ、大義のためだと大きな理由をつけて…。恥ずべきことだ。だが、改めて伝えたい。私は心の底から君を愛している。どうか、私と共にこの国を守ってくれないだろうか」

 私は窓の外、朝日を浴びて輝く公国の美しい景色を見渡した。

 これまでは「救わなければならない義務」として、強迫観念に駆られて見ていた景色が、今は少し違って見える。

 レン君は、私が信じた「レン君」だった。嘘ばっかりの軽い男。でも、肩の息が抜けない私にとって、彼の言葉は力になる。

 だから…私は。

「アルフレッド様。私、もう一度『聖女』として歩みます。……でも、これからはもう、自分を削って言葉を売るのはやめます。そして、貴方の隣で堂々と生きていこうと思います」

「……美紀?」

「これからは、私の『本心』だけを言葉にします。救えないときは、救えないと泣くことにします。……それが、私を『ただの女の子』に戻してくれた、あの嘘つきな王子様への、私なりの誠実だと思うから」

 私は、胸元の銀色の紋章に触れた。

 ここにはもう、世界を瞬時に変えるような強大な魔力はない。けれど、一人の男が「嘘だよ」と言って守ってくれた、私の本当の心が宿っている。その小さな光を灯し続けながら、私は、私の言葉で、この国を、隣にいる彼を愛していこうと決めた。


 肺が焼けるような排気ガスの匂い。遠くで聞こえるパトカーのサイレン。

 次に目を開けたとき、レンは新宿・歌舞伎町の裏路地、ゴミ溜めの横に突っ立っていた。

「…戻るなら店の中にしてくれよ…」

 腕時計で時間を確認すれば、時間はそれほど経ってなかった。

「さーて、今日も稼ぎますかー」

 店の中に入り、あれ?さっきまであそこに居たのになんで外に?という疑問の目をヘラヘラとした笑顔で交わしながらフロアに出ると、新規の客が緊張した様子で俺を待っていた。

「こんばんは。初めまして。お姉さん、ホスト初めてー?」

「……は、はい」

 黒縁メガネ、黒の髪留めで低い位置で1つに結び、少しヨレたスーツを着た女性に俺はニッと笑いかけた。

「そっかそっかー。ここはホストクラブ。どんな人もお姫様になれる場所。今日はどんな地獄から逃げてきた? 仕事、男、人間関係……全部吐き出せよ。俺が全部飲み込んで、明日には笑えるような『最高の嘘』を吐いてあげるよ。……指名料は高いけどな」

 彼女は、俺のおちゃらけた様な、でも真面目な様子を見て、少しずつ堰を切ったように泣き笑いの表情を浮かべ始めた。


 ――同時刻。異世界エリュシオン。

 王城のバルコニーに立つ美紀は、かつてのような「完璧な聖女」の仮面を脱ぎ捨てていた。

 民衆の前で、「今日はやりたくないから、祈りは一時間だけね」と不機嫌そうに言い放つ。

 そんな彼女を、アルフレッド公爵が頭を抱えながら、どこか誇らしげに見守っていた。
 
 美紀の瞳には、かつて新宿の夜空で見上げた、あの毒々しくて優しいネオンの色が、消えない火を灯している。




 歌舞伎町の朝焼け。

 店を出たレンは、安っぽいタバコを吹かしながら、空を見上げた。
  
 朝日は夜の暗闇に慣れた瞳には眩しい。だが、この夜明けは晴れやかな顔になる女性たちの様で、嫌いじゃない。

「……指名、待ってるぜ。美紀ちゃん」

 吐き出した煙は、白く、高く、次元の彼方へと消えていく。

 魔法なんて宿らない。けれど、世界一優しくて泥臭い「嘘」は、今も誰かの孤独を、確かに救い続けている。



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