菓子箱(短編集)

瀬野砂月

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桜咲く雪の日

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 厳しかった冬が終わり、ようやく桜がほころんだ四月。世の中がいよいよ始まる新生活に心躍らせる中、天候はまさかの雪。
 寒さが戻り、公共交通機関は早いうちから運行停止を発表。皆、不要不急の外出を控え、暖かい家に引きこもっていた。

 厳しかった冬が終わり、ようやく桜がほころんだ四月。世の中がいよいよ始まる新生活に心躍らせる中、天候はまさかの雪。
 寒さが戻り、公共交通機関は早いうちから運行停止を発表。皆、不要不急の外出を控え、暖かい家に引きこもっていた。

(あーもう、マジでアイツは……)

 日付が変わるころ、旗谷勇明はたやたけあきは自宅から歩いて一〇分ほどの公園に向かっていた。
 幸い雪はやんでいたが、靴が埋まるほど積もった水気の多い雪は重く変に滑って歩きづらい。イライラをぶつけるように勇明は雪を踏みつけてズカズカ進む。
 これもすべて――朝沼翔冴あさぬましょうごのせい。


 時を遡ること二〇分ほど前。
 ベッドに入り目を閉じ眠りに落ちようとしたとき、枕元に置いていたスマホが着信を知らせた。

(……んだよ。こんな時間に……俺はもう寝るんだよ)

 布団の中に潜りこんで無視の体制をとる。
 しばらくして留守電に切り替わったのか着信が止み、訪れた静寂に眠りの波がやってきた。うとうと気持ちよく落ちようとした瞬間、再びスマホが着信を告げる。

(……)

 勇明は布団の中から顔を出し、鳴り続けるスマホを睨みつけた。
 こんな時間に電話をしてくる不届き者に心当たりがある。
 もし彼なら、電話に出るまで着信は止まない。だからといって出たら出たで面倒くさいことは確実。
 このまま出ずに放置するか、さっさと出て面倒事を終わらせてしまうか。選択肢を乗せた天秤がぐらぐら揺れる。
 悩んでいる最中もスマホは鳴きやんだかと思えば、また鳴き始める。疲れているのか、スマホの着信音が「タケ、かまって~」「タケ、遊ぼ~」「タケ~」と電話の相手本人の声に聞こえてきた。
 勇明はのそりと身体を起こし、鳴り続けているスマホを手にとった。画面には案の定、“翔冴”と表示されていた。重く長いため息を吐いて、受話器マークをスワイプさせる。

「もしもし」
『あ、タケ出た~』

 不機嫌な勇明に対して、ご機嫌な翔冴の声がスピーカーから響いた。

「出たじゃ――」
『あんねぇ、俺いつもの公園に来てるの~』
(人の話を聞け、このバカ!)
『そんでね。雪の中に咲く桜がすんごくキレイでね。満月もキレイなの~』
(……あぁ、これダメだ。完全に酔ってる)

 たどたどしい喋り方をする翔冴に勇明は頭が痛くなってきた。
 酒に弱い彼は酔ってしまうと会話が一方通行になる。こちらの話は右から左へ流すくせに、自分の話が聞かれていないとすねてむくれて面倒くさい。
 この場に翔冴がいないことは救いではあったが、面倒くさいことに変わりはない。

『ねぇ、タケ。お前も一緒に花見しよ~』
「は?」
『んじゃぁ、公園で待ってるから~』

 どうしたものかと悩んでいるうちに通話が切られてしまった。
 耳からスマホを離し、待機画面を凝視する。

(いやいやいや、行かねぇよ? 誰が好き好んで雪の中、出かけるか! しかもこんな時間に!)

 ない。絶対にない。
 翔冴が勝手に言ってきただけで、こちらは了承していない。

(俺は行かない! 勝手に待ってろ!)

 また連絡がきても迷惑なのでサイレントモードを起動させ、枕元にスマホを置く。そして、布団をかぶろうとして手を止めた。
 暖房がつけられていた室内とは違って、雪が降った外気温は一桁台。おまけに飲酒。うっかり待っている最中に寝てしまったら――。
 嫌な考えが頭に浮かぶ。

「くそっ」

 自分が行かなかったせいで友人が死んでしまうなど、たとえ自業自得であっても寝覚めが悪すぎる。
 勇明はベッドから下り、出かける準備を始めた。



(はぁ……ようやく着いた……)

 いつもならなんてことない道のりも雪のおかげで果てしなく感じられた。
 勇明は深く息を吐いて気を取り直す。
 住宅街にあるこの公園はそこそこ広い。こどもたちが遊べる砂場や遊具はもちろん、遊歩道が設けられ四季を楽しめるよういろいろな樹木や花々が植えられていた。
 翔冴は遊歩道沿いに設置されたベンチか東屋にいるだろうとあたりをつけて、勇明は遊歩道を進んでいく。
 日中は親子や老人たちで賑わう公園だが、今は他に人影はない。先日訪れたときは花が咲き色とりどりになっていた花壇も雪で真っ白に染め上げられていた。足跡もない真っ白な世界に自分だけがいるようで急に物寂しくなる。

「タケ~」

 のんきな声によって場の空気に浸ろうとしていた勇明は引き戻された。
 見れば桜の木の近くに設置されたベンチで翔冴がへらへらと笑いながら手を振っている。
 勇明は足早に翔冴のいるベンチまで行き、文句を言おうとしたところで呆れ果てた。
 翔冴はダウンジャケットを着ているものの、どう見ても部屋着のスウェットの上下に足元はサンダルを履いていた。しかも、裸足である。

「本当にお前、バカだろ……」
「えー、そんな俺に付き合ってくれるタケちゃんもバカだよね~」

 はい、タケちゃんの分。
 翔冴はビニール袋から缶チューハイを取り出し、自分の横を叩いて座るように促す。いろいろ言いたいことがあったが勇明は奪うように缶チューハイを受け取り、翔冴の横にどかりと腰を下ろした。雪で濡れたベンチの冷たさに眉を顰めながら缶チューハイのプルタブを開け、レモンの効いたお酒と一緒に文句を腹の中に流しこむ。

「ねぇ、タケちゃん見て。キレイだよ」

 翔冴が指差した先には、雪で頭を垂れた桜と満月があった。

(そういや、今日は満月だったか)

 雪の予報が出る前、ニュースで「次の満月は桜が見頃でお花見デートによさそうです」なんて女性アナウンサーが言っていた。確かにその通りだった。
 儚くも咲き誇る桜を照らす満月という画はキレイで、そこに雪がプラスされ幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「キレイだな」
「うん」

 無邪気な笑顔を浮かべる翔冴が風景よりも輝いて見える。

(翔冴の言うとおり俺もバカだな)

 勇明は自嘲した。翔冴の笑顔を見たら、ここまでの苦労も不満もどうでもよくなってしまった。
 なんでもない話を楽しそうに喋る翔冴を眺め、勇明は手にしている缶チューハイを傾ける。
 時折、話に相槌を打ち、ついでに桜と月を愛でる。


(まぁ、そうだろうな……)

 楽しい時間はそう長くなかった。しだいに隣からの言葉数が減り、見てみれば船を漕いでいる翔冴がいた。

「おい、翔冴。こんなところで寝るな」
「ん~」

 揺すりながら声をかけても、ほとんど夢の中にいる翔冴からはまともな返答は返ってこない。
 勇明はこの状況を予想はしていたが、これからどうするか悩む。
 ここに置いて帰るという選択肢はない。ならば、彼の部屋へ送り届けるか。正直なところ、自分も眠くなってきたので送り届けた後、帰るのがツラい。そのまま翔冴の部屋に泊まってもいいが、ここ最近訪れていないので部屋の状況がわからない。
 翔冴は困らない程度には家事ができる。しかし、誰も訪れず自分が生活するだけになると最低限のことしかやらなくなる傾向がある。
 以前、話の流れで急遽、翔冴の部屋で宅飲みをすることになった。本人曰く「少し散らかっている」とのことだったが、行ってみればゴミが散乱していて服があちこちに山積みされていた。服の山を指して「これ、洗濯してあるのか?」と聞けば、「あれ? そっちは洗濯してあったんだっけ?」と返され、耐えきれずに宅飲みから片づけと掃除に変更された。幸いなことに、水回りとベッドは綺麗だった。
 最後に翔冴の部屋に行ったのは二ヶ月ほど前。もし、本人曰く“少し散らかっている状態”だとしたら、家主が寝ている傍らで一晩中片づけや掃除をして眠れないことになる。

(連れて帰るか……)

 自分の部屋ならば確実に片づいているし、来客用(主に翔冴が使う)布団もある。
 そうと決まれば、早く帰ろう。
 勇明は缶チューハイの残りを飲み干し、翔冴が持ってきたコンビニの袋へゴミをまとめた。

「翔冴、俺の部屋行くからおぶされ」
「ん……」
「うおっ」

 翔冴の前にしゃがみこみ首に腕を回させ、立ち上がろうとしたところで足が滑り、危うく転びそうになった。勇明の心臓はバクバクと激しく鼓動する。

(あっぶね……)

 もし翔冴もろともに転んでいたかと思うと背筋が寒くなる。
 勇明は気を引きしめ深呼吸して翔冴の位置を調整する。さほど身長の変わらない翔冴の身体は力が入っていないのでずっしりと重い。よくあることとはいえ、これを家までと思うと気が重くなる。

「えへへ、タケちゃんの背中あったか~い」

 人の気も知らずのんきな声で言ってすり寄る翔冴の髪がくすぐったい。

(……今度何か奢らせよう)

 勇明はため息と一緒に家へ向け一歩を踏み出した。



 目を覚ました翔冴はベッドの上でのっそりと身体を起こした。

(あれ? 俺の部屋じゃない……。ここは……タケの部屋?)

 まだはっきりとしない頭がここは自分の部屋ではないと認識した。しかし、すぐに何度も泊まっている勇明の寝室だとわかり安心する。

(えーなんで俺、タケの部屋にいるの? しかもなんでベッドで寝てるの? いつもなら床に敷いた布団で寝てるのに。っていうか、なんで全裸!?)

 何度も勇明の部屋に泊まったことはあるが今まで全裸で目を覚ましたことはなかった。なにかあって服が脱がされる状況になっていても、パンツだけは履かされていた。
 パンツはどこ?
 寝ている間に脱げたのか、はたまた脱いでしまったのか。
 翔冴は布団や毛布をめくり、辺りを見回して見てもパンツは見つからない。もしかしたら、ベッドの下にあるかもしれないと上から覗いてみる。そこにもパンツはなく、わずかなホコリがあるだけだった。

「なんだ起きてたのか」
「あ、タケおはよう。ねぇ、俺のパンツ知らな――」

 気だるげな様子で部屋に入ってきた勇明は全裸の翔冴を毛布で包みこみ、そっと腰を抱き寄せた。
 思いもよらない勇明の行動に翔冴は呆気にとられる。

「昨日無理させちゃったけど大丈夫か?」
「???」

 聞いたことのない甘さを含んだ勇明の声音と言葉に思考が追いつかない。

「覚えてないのか? あんなに愛し合ったのに……」

 頬を撫でられ耳元で囁かれた翔冴はさらに困惑した。傷ついた顔をしている勇明に胸が痛くなる。
 翔冴は必死に昨日のことを思い出してみるが、部屋で缶チューハイを飲んだ後の記憶がない。しかたなく勇明の言葉と現在の状況から昨日のことを推測する。

(えっと……俺は全裸でいつもは床に敷いた布団で寝ているのにベッドで寝ていて。……タケは『昨日無理させちゃったけど大丈夫か?』って聞いてきて……)

 急激に思考が回っていく。思い浮かんだシチュエーションに翔冴は顔を青くしたり赤くしたりする。

(え……ウソ……そういうこと? 俺とタケが?)

 ないと思いたい。でも、もし本当にそういう関係になっていたとしたら――。
 むにっと勇明が翔冴の両頬を摘んだ。

「やっぱり覚えてないな、このバカ!」

 摘んだ頬を一度引っ張って放し、勇明は昨夜の顛末を話した。深夜に電話で『公園で花見をしよう』と呼び出したこと。雪の中の公園で酒を飲みながら花見をしたこと。途中で眠ってしまった翔冴をおぶって連れ帰ったこと。
 語られるにつれ、翔冴は身体を小さくし最終的にベッドの上に正座して頭を垂れた。自身の酒癖の悪さに反省しつつ、勇明と何もなかったことにホッとすると同時になぜか切なくなる。

「ご迷惑をおかけしました」
「まったく……」
(ひぇっ)
「今度バカなことしたら本当に身体に覚えさせるからな?」

 俯いている翔冴の顎を掴み自分の方を向かせ、勇明はにっこり笑顔を浮かべる。低い声と笑っていない目に背筋がぞわりとする。翔冴は顔を青くして何度も頷いた。
 満足した勇明はあっさりと翔冴を解放し、クローゼットから着替えを出す。

「お前の着てた服は洗濯中だから、これでも着とけ。朝食できてるから早く来いよ」

 服を放り勇明は寝室から出て行った。翔冴は申し訳ないやら恥ずかしいやら感情と思考の処理がうまくできず、受け取った服に顔を埋めた。



 着替えを終え、リビングのローテーブルで勇明と向かい合わせで朝食を食べているときに翔冴はふと思った。

「タケは俺とそういうことできるの!?」
「あ?」

 勇明は一瞬唖然としたがすぐに理解して、意地悪そうに口角を上げる。

「抱けるか、抱けないかなら余裕で抱ける」
「ええ――――っ!?」
「うるせぇ! 近所迷惑考えろ!」

 顔を真っ赤にして悲鳴を上げる翔冴に勇明は近くにあった雑誌を投げつけた。



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