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第11話
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「待って、待って!カルガシス!」
エリシアは今まさに窓から飛び出ようとするカルガシスを呼び止める。
魔獣に変獣したカルガシスはゆっくりエリシアの方に振り向く。
だがその視線はやはり冷たいまま。
(どうしよう…!私、カルガシスが…怖い!)
こんな恐怖は初めてだった。呼び止めたのはいいものの、エリシアは動けなかった。
すると、カルガシスがゆっくり窓の方に向き直り、窓の縁に前足をかける。
「カルガシス!ダメ!」
そう言うエリシアの声が聞こえないかのように、変獣したカルガシスはそのまま窓の外に飛び降りてしまった。
目の前から恐怖の塊が居なくなったせいか、エリシアの緊張の糸はは緩んだ。
「早く…、カルガシスを止めなきゃ…!」
慌ててドアの外に飛び出す。
廊下に居た使用人に、助けを求める。
「カルガシスが変獣した事を、ユキリシス様にお伝えください!」
エリシアはそのまま駆け出し、窓の下の庭へと急いだ。
到着したエリシアは、足がすくむ。
やはり、変獣したカルガシスと対面するのは恐ろしかった。
カルガシスは、ゆっくりとこちらに向かって動いているが、エリシアを見ている訳ではなかった。
思わずエリシアは端に避ける。その側を魔獣が通る。
カルガシスは一度も、エリシアを見なかった。
◆◇◆◇
庭に着いた時には、魔獣に変獣したカルガシスを兵魔隊が囲んでいた。そこに割って入る。
初めて目にする魔獣。カルガシスの面影はない。不思議な色に輝く毛並みは長く、それは風になびいている。体も思ったほど大きくはなかった。それでも成人男性より一回りくらいは大きいだろうか。こちらを見るように瞳は毛並みと同じく、不思議な色を放ち鋭く光っていた。
(兵魔隊に怪我人が居ないみたいだから、まだ攻撃はしてないのね…)
周りの状況を見て、リフィリアはそう判断した。
「エリシア姫はどこですか?」
「姿が見えないのです、お部屋の方にはおられませんでしたが…」
「怪我とかしてなければいいのだけど…」
と、周りをぐるりと見渡すと、魔獣の後方の木の陰に小さくうずくまっている人間が見えた。
「まさか?」
どうやら、エリシア本人のようだが、何かに怯えている感じがした。ここからでは表情は見えないが、進んで魔獣に近寄ろうとはしていない。
「解呪をしようとしない…。何かあったの…?」
早くあそこから助け出さねばならなかった。自分達より、カルガシスに近い場所に居たからだ。彼女がカルガシスを人間に戻せる筈だったが、あの様子ではとても出来そうになかった。
(今回は私が試みるしかないのかも知れない…)
そう、自分はカルガシスを恐れてはいない。この気持ちのままなら解呪できる。
「皆、手を出さないように!命を失くす事になります!」
リフィリアは大声を張り上げて、兵魔隊に告げた。そして一番近くに居る兵に、素早く頼む。
「私がカルガシスに近づいて注意を引いてる内に、左後方の木の陰に居るエリシア姫を連れ出して下さい!」
言い終えると同時に、リフィリアはカルガシスに向けて一気に走り出した。カルガシスの注意をひく為だけに走る。
走りながら、カルガシスの動きを封印する為の詠唱をする。
(効くかどうかは解らないけど)
辺りに閃光が走り、金属音のような派手な音がした。その眩い光に一瞬、訓練されている兵魔隊までもが怯みそうになるくらいに、強い魔力による発光。
兵は無事、エリシア姫を連れ出していた。
(傷は負わされている訳じゃないみたい…)
ほっ、と胸を撫で下ろし、カルガシスに再び近寄る。動きを封じられている魔獣は動けずに居た。威嚇の為の唸り声が聞こえる。毛並みは相変わらず不思議な光りを放って、逆立っているように見えた。
「…カルガシス、どんな時でもあなたを助けたい気持ちは、今でも変わらないの」
少し辛い表情でそう言って、リフィリアが魔獣の額に手をかざそうと近づいた瞬間、動かないはずの魔獣の右腕が動いてリフィリアに一撃を食らわした。あまりにも早いその動きにリフィリアは避ける事が出来なかった。
リフィリアの左胸の上あたりから、斜め左下へ魔獣の爪跡とともに出血が伸びた。
「姫様!」
兵魔隊がその惨事を見て動こうとした。
「動いちゃダメ!」
リフィリアの声が庭に響いた。その場の空気が緊張の色に変わる。
(もういちど動きを封じ…。大丈夫、一度術がかかっているなら…)
略式の詠唱を少しふら付きながら、リフィリアは口にした。
術は見事にかかり、今度こそ魔獣は動きを封じられた。
傷を受けたリフィリアは体をゆっくり動かし、カルガシスに近づく。彼女に怯えているかの如く魔獣は姿勢を低くして唸っていた。
「カルガシス、ごめんなさい。でも、大丈夫です…。きっと助けてあげますから」
リフィリアは多量の出血のせいで力が入らないが、それでも必死に立ち上がり、カルガシスに近づいて魔獣を抱きしめた。力強く、そして優しく変身してしまったカルガシスを抱きしめる。リフィリアの息遣いが荒くなっていく。
「この方に…、どうか人間としての…幸せが訪れますように…」
そう呟いて、魔獣の額の紋章に手を当てた。
二人を包み込むように、白い光が額から放たれた。眩しい程の、神々しい光。リフィリアの魔力の凄さを物語るもの。
除々に光が消え去り、人間に戻ったカルガシスと、ぐったりとしたリフィリアが姿を現した。
「リフィリア!」
カルガシスが叫ぶ。抱き上げたリフィリアは血まみれだった。
「リフィリア!目を開けて!」
「カ…ルガシ…ス…元に、戻れた…のですね…。良かった…」
リフィリアの意識が遠のいていった。
カルガシスは何度も何度もリフィリアの名を呼び、抱きしめていた。愛しい姫の命を繋ぎ止める為に。
エリシアは今まさに窓から飛び出ようとするカルガシスを呼び止める。
魔獣に変獣したカルガシスはゆっくりエリシアの方に振り向く。
だがその視線はやはり冷たいまま。
(どうしよう…!私、カルガシスが…怖い!)
こんな恐怖は初めてだった。呼び止めたのはいいものの、エリシアは動けなかった。
すると、カルガシスがゆっくり窓の方に向き直り、窓の縁に前足をかける。
「カルガシス!ダメ!」
そう言うエリシアの声が聞こえないかのように、変獣したカルガシスはそのまま窓の外に飛び降りてしまった。
目の前から恐怖の塊が居なくなったせいか、エリシアの緊張の糸はは緩んだ。
「早く…、カルガシスを止めなきゃ…!」
慌ててドアの外に飛び出す。
廊下に居た使用人に、助けを求める。
「カルガシスが変獣した事を、ユキリシス様にお伝えください!」
エリシアはそのまま駆け出し、窓の下の庭へと急いだ。
到着したエリシアは、足がすくむ。
やはり、変獣したカルガシスと対面するのは恐ろしかった。
カルガシスは、ゆっくりとこちらに向かって動いているが、エリシアを見ている訳ではなかった。
思わずエリシアは端に避ける。その側を魔獣が通る。
カルガシスは一度も、エリシアを見なかった。
◆◇◆◇
庭に着いた時には、魔獣に変獣したカルガシスを兵魔隊が囲んでいた。そこに割って入る。
初めて目にする魔獣。カルガシスの面影はない。不思議な色に輝く毛並みは長く、それは風になびいている。体も思ったほど大きくはなかった。それでも成人男性より一回りくらいは大きいだろうか。こちらを見るように瞳は毛並みと同じく、不思議な色を放ち鋭く光っていた。
(兵魔隊に怪我人が居ないみたいだから、まだ攻撃はしてないのね…)
周りの状況を見て、リフィリアはそう判断した。
「エリシア姫はどこですか?」
「姿が見えないのです、お部屋の方にはおられませんでしたが…」
「怪我とかしてなければいいのだけど…」
と、周りをぐるりと見渡すと、魔獣の後方の木の陰に小さくうずくまっている人間が見えた。
「まさか?」
どうやら、エリシア本人のようだが、何かに怯えている感じがした。ここからでは表情は見えないが、進んで魔獣に近寄ろうとはしていない。
「解呪をしようとしない…。何かあったの…?」
早くあそこから助け出さねばならなかった。自分達より、カルガシスに近い場所に居たからだ。彼女がカルガシスを人間に戻せる筈だったが、あの様子ではとても出来そうになかった。
(今回は私が試みるしかないのかも知れない…)
そう、自分はカルガシスを恐れてはいない。この気持ちのままなら解呪できる。
「皆、手を出さないように!命を失くす事になります!」
リフィリアは大声を張り上げて、兵魔隊に告げた。そして一番近くに居る兵に、素早く頼む。
「私がカルガシスに近づいて注意を引いてる内に、左後方の木の陰に居るエリシア姫を連れ出して下さい!」
言い終えると同時に、リフィリアはカルガシスに向けて一気に走り出した。カルガシスの注意をひく為だけに走る。
走りながら、カルガシスの動きを封印する為の詠唱をする。
(効くかどうかは解らないけど)
辺りに閃光が走り、金属音のような派手な音がした。その眩い光に一瞬、訓練されている兵魔隊までもが怯みそうになるくらいに、強い魔力による発光。
兵は無事、エリシア姫を連れ出していた。
(傷は負わされている訳じゃないみたい…)
ほっ、と胸を撫で下ろし、カルガシスに再び近寄る。動きを封じられている魔獣は動けずに居た。威嚇の為の唸り声が聞こえる。毛並みは相変わらず不思議な光りを放って、逆立っているように見えた。
「…カルガシス、どんな時でもあなたを助けたい気持ちは、今でも変わらないの」
少し辛い表情でそう言って、リフィリアが魔獣の額に手をかざそうと近づいた瞬間、動かないはずの魔獣の右腕が動いてリフィリアに一撃を食らわした。あまりにも早いその動きにリフィリアは避ける事が出来なかった。
リフィリアの左胸の上あたりから、斜め左下へ魔獣の爪跡とともに出血が伸びた。
「姫様!」
兵魔隊がその惨事を見て動こうとした。
「動いちゃダメ!」
リフィリアの声が庭に響いた。その場の空気が緊張の色に変わる。
(もういちど動きを封じ…。大丈夫、一度術がかかっているなら…)
略式の詠唱を少しふら付きながら、リフィリアは口にした。
術は見事にかかり、今度こそ魔獣は動きを封じられた。
傷を受けたリフィリアは体をゆっくり動かし、カルガシスに近づく。彼女に怯えているかの如く魔獣は姿勢を低くして唸っていた。
「カルガシス、ごめんなさい。でも、大丈夫です…。きっと助けてあげますから」
リフィリアは多量の出血のせいで力が入らないが、それでも必死に立ち上がり、カルガシスに近づいて魔獣を抱きしめた。力強く、そして優しく変身してしまったカルガシスを抱きしめる。リフィリアの息遣いが荒くなっていく。
「この方に…、どうか人間としての…幸せが訪れますように…」
そう呟いて、魔獣の額の紋章に手を当てた。
二人を包み込むように、白い光が額から放たれた。眩しい程の、神々しい光。リフィリアの魔力の凄さを物語るもの。
除々に光が消え去り、人間に戻ったカルガシスと、ぐったりとしたリフィリアが姿を現した。
「リフィリア!」
カルガシスが叫ぶ。抱き上げたリフィリアは血まみれだった。
「リフィリア!目を開けて!」
「カ…ルガシ…ス…元に、戻れた…のですね…。良かった…」
リフィリアの意識が遠のいていった。
カルガシスは何度も何度もリフィリアの名を呼び、抱きしめていた。愛しい姫の命を繋ぎ止める為に。
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