須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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彼との関係

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「安見さん座れる?」

「大丈夫です。 すみません。」

「気にしないでよ。」


 そういって芝生に座る僕ら。 確かに林の隙間から空が見えて、花火も上がり始めて、とてもいい場所だ。


「皆さんとは連絡を取りましたか?」

「うん。 みんなとは見れないからっていっておいた。」

「すみません、本当に。」

「いいよ。 僕が好き好んでやってるんだから。」


 そういって少しの間花火を見ていた。 いや、話を持ち込んでもいいのだろうか? とずっと考えていた。 彼女の口から先ほどの園路のことを聞くのは酷なことなのではと思っている。 話したくないのならそれでも僕は・・・


「彼とは中学が同じでして。」


 そう考えていたら安見さんの方から話を始めてきた。 いいのだろうか? もしもつらそうな表情や行動に出たらすぐにやめさせるように気を配っておく。


「最初はなんてことのない普通の男子だったんです。 でも中学3年生の時に必要以上に迫ってきた事がありまして。」

「あの迫り方は前からだったんだね。」

「先に訂正しておきますが、私は彼と付き合っていたわけでもなんでもありません。 強いて言えば彼が私と一緒にいたいがために言い放っていたことです。 彼とは一緒にいたこともありますが、彼の口から「好き」の一言だって聞いたことがありません。 聞きたくもありませんが。」


 園路を相当に嫌いになっている所がある。 それはあの事があったからだろうか?


「嫌な想い」


 音理亜さんが言っていた、安見さんの過去がそこにあるのかもしれない。 でもそれは安見さんの傷を抉ることになりかねない。 いや、確実に抉ることになる。 そしてその傷の事実を知ったとき、僕は安見さんのことを、しっかりと向き合えるだろうか? だけど、僕は、聞かなければいけないと感じてしまうのは、好奇心からだろうか。


「ねぇ安見さん。 さっき園路が言っていた「一夜の関係」って・・・つまり・・・その・・・」

「勘違いしないでほしいのですが。」


 僕がどう聞こうか言い淀んでいると、安見さんの方から口を開いた。


「一夜を過ごしたというのは中学での最後の思い出ということで、友達数人でお泊まり会をしただけの話です。 館君の思っているような「一夜の関係」ではないですし、なにより二人きりではありませんでしたので。」

「あ、それじゃあ「初めて」を奪ったって言うのも。」

「関係ありません。 なによりなにも奪われてなどいません。」


 その言葉を聞いて、安心からかため息が漏れた。 相手の勘違い、もしくは妄想の中の話だったようだ。 というかそれだけのことをよく惜し気もなく言えたものだ。


「なにを笑っているのですか館君。 そんなに私が処女で穢れてないのがそんなに嬉しいのですか? 変態さんですか?」

「安見さん、もう少し言い方ってものがあると思うんだけど・・・」


 安見さんの口からそんな言葉が出てくるなんて想定外だったので若干引いてしまった。 怒っているようだが、膨れっ面のせいで全く怖くない。


「私にだってロマンはあります。 誰でもどこでも何て言うのはよくないですからね。」

「それはそうでしょうよ。 好きでもない人となんてそんな。」

「全くです。」


 そう安見さんは強がりを見せているが、実際はかなり我慢しているようにも見える。 小刻みながら手が震えているからである。 僕だって、本当のところを見抜けないほど、馬鹿ではない。


「ごめん、安見さん。 もう少し早く駆けつけていれば・・・いや、僕が離れなければ、こんなことにはならなかったんだよね。 折角楽しい花火大会だって言うのに、みんなと一緒に見られないし、食べ物だってないし。 僕は情けない男だよ。」

「そんなことないです。」


 少しでも安見さんを思おうと自虐ムードに入ろうと思ったときに、真っ先に否定されてしまった。


「むしろあの場で助けに入ってくれなかったら、今頃はどうなっていたか分かったものではありません。 もしかしたら館君と目も合わせられなかったかもしれないです。」


 そういってもらえるのは嬉しいのだが、やはりなんだか、その感謝の言葉を言われるのがむず痒い。 というよりも照れくさくなってくる。


「館君。 私のわがままを、受け止めてくれますか?」


 安見さんからそんな事を聞いてくる。 それくらいならお安い御用だ。


「いいよ。 なんでも聞いてあげる。 あ、でも常識の範囲内でね? 分かってるとは思うんだけれど、一応ね。 一応言っておかないと・・・」


 そうなにかを言い訳に喋りながら安見さんの方を向いた瞬間、体操座りしていた安見さんが僕に向かって抱きついてきた。 勢い余って倒れそうになるのを、なんとか両腕で支えて、体勢を維持する。


「あ、安見さん!?」


 これまで何度か抱きつかれたこともあったが、やはり未だに慣れない。 そう思っていたら


「助けに来てくれて、ありがとうございます。」


 そう耳元で言われた後に、先程よりも強く抱き締められた。 その行動で察した。 やっぱり怖かったのだと。 本当は僕にも見られたくなかった一面だったのかもしれない。 そう思うと僕は、支えていた腕を、安見さんの腰辺りに持っていって、そして僕の方からも抱き締めてあげた。


 安見さんのわがままがどこまでのものかは分からない。 だけど今は、安見さんの安らぎのために、全力でやってあげようと思った。


「館君を見たり、館君に触れていると、なぜだか自然と落ち着くのです。 家族にはない、別の暖かさを感じられます。」

「そう、かな?」


 自分では分からない部分になってくるので、そこは許してほしい。


「そういえばさっきあの人に「彼氏か?」と聞かれて「そうだよ。」と答えていましたが・・・」

「あ! いや! あれはその場の流れというか、あ、ああやって言っておかないと、そのまま安見さんに襲い掛かりそうだったし。 いや、安見さんの事は嫌いじゃないんだけど、流石に彼氏になるのかどうかまでは分からないというか。 その場しのぎで言ったつもりはないんだけど、やっぱり・・・」

「なにを慌てているのですか。 分かっていますよ。 そんなことくらい。」


 その言葉に、先程とは違う安堵の声が漏れる。 どうやら先ほどの発言については気にしてはいないようだ。


「でも私は、彼氏は館君がいいと思っています。 これは本音です。」


 その言葉の後に花火が上がる。 かなり大きめだったのでそろそろ締めくくりだろう。 花火大会もこれで終わりかぁ。


「安見さん。 僕は絶対に泣かせるような事はしない。 その言葉で安心できないのは分かるから。 僕も頑張るから。」

「はい。 私も嫌われないように頑張ります。」


 その会話を行った後に花火大会の中で一番大きい花火が上がった。 その花火は、二人の誓いを見守るかのように明るかった。

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