須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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だんだんとそれらしく

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「とりあえず一駅分は走れましたね。」


 安見さんとのジョギングで駅に着いて分かったことがある。


 安見さんは一駅位の距離では息切れを起こしていないということだ。


 というのも、そもそも学校の最寄り駅の先の一駅分とその一駅から僕の家の最寄り駅が同じ距離で、安見さんの家の最寄り駅はその丁度中間地点に位置するので、単純計算でも僕が学校までジョギングする距離の1/4程の距離。 それで息切れを起こさないと言うことは、それだけ持続力があるということになる。


 安見さんは基本的には運動もスポーツもそつなくこなす人である。 ただ寝る事が多いだけの、才色兼備に近い少女。 それが須今 安見という少女なのである。


「どうしました? 光輝君。 私の顔になにか付いてますか?」

「ううん。 基礎体力は高いなぁって思いながら見てただけ。」

「本当にそれだけですか?」


 そう言った安見さんの顔は少しいたずら心のある顔だった。 多分安見さんが勝手に解釈していることなのかもしれないけれど、安見さんがそういたずらっぽくするときは、大抵僕が安見さんの事を深く考えている時なのではないかと考えているからだ。 だからこそ微笑みかけて僕の心を乱して来る。


 僕も、そうだと分かっていても安見さんのそんな表情に結局負けてしまい、


「・・・安見さんの顔は今日も綺麗だなって思ってた。」


 目を背けながらそんな曖昧な、だけど正直な返事をしてしまう。


「・・・ふふっ。 やっぱり光輝君は光輝君ですね。」


 ほっといてほしい。 僕だって好きな人の顔を凝視して、ただで済むなんて思ってなど無い。 どうしたものかと再度安見さんの方を見ると、前を向いていた安見さんの横顔は、頬を少し赤くして、どこかむず痒そうな雰囲気を出していた。


「また明日も走るなら、距離を伸ばすことも出来るけれど。」


 安見さんと近くの噴水の縁に座りながら、今後の予定を立てている。 身体能力は高い安見さんの事なので、少し位の距離ならなんら支障はないと思う。


「いえ、最初はこのくらいの距離から始めさせてください。」


 しかしそこは自分の能力を過信しない安見さん。 最初からは伸ばしてこない。 確かに走る距離を伸ばすとペース配分が慣れきっていない体では難しい。 それだけ負担になるのを知っているので、安見さんは無理な挑戦はしないことが分かった。


「でもこのまま帰るのは、ちょっと味気無いかな。 僕にとっては。」


 これが今の僕の本音だ。 最近は学校よりも先の方までジョギングをしていたので、この距離では少し消化不良になってしまう。


「なら、この後に光輝君は予定はありますか?」

「んー。 特に戻ったら趣味の裁縫に没頭するだけだから予定が無いと言えば、無いのかな?」

「ならばこの後また集まって「コレ」に行きませんか?」


「コレ」と言われて安見さんが取った行動は握り拳を縦にして、口元に持ってくるジェスチャーをしていた。 僕は少し考えた後に


「もしかして・・・カラオケ?」


 そう答えると安見さんはその握り拳の親指を立ててグッドサインを出した。


「皆で行くのも楽しいとは思いますが、今回は2人でという事で。」

「いいんじゃないかな。 この辺りでカラオケをやってるお店ってどこだったっけ?」

「そうですね。 確かあそこにありませんでしたっけ? デパートに行くときに使ったバス停の所・・・に・・・」


 そういいかけて安見さんは固まる。 そんな安見さんを見ようとして僕も固まる。 何故ならすぐそこに安見さんの、安見さんからしてみたら僕の、お互いの顔がすぐそこにあったからだ。 15cm程しか離れていないであろう安見さんの顔が赤みを帯びていく。


「光輝君・・・わ、私・・・」


 そういうと安見さんは目をつむり始めた。 そして近かった顔を更に近付けて・・・僕の胸に落ちていった。


「安見さん!?」


 安見さんの肩を持つと、ゆっくりと上下に動いていることが分かり、更に僕のジャージ越しに吐息がかかってくる。 どうやら眠ってしまったようだ。


 僕はなんてことなかったことの安堵と、なんだかムードを壊されてしまったことへの呆れを一緒に溜め息として吐いた。


「全くもう・・・雰囲気はそれっぽくなっていたのに・・・」


 相変わらずというかなんというかと感じるが、それも含めて安見さんなんだと思えば、納得が出来る。 僕はそんな所も含めて愛らしい彼女の頭を、起こさないようにゆっくりと撫でてあげる。 すると気持ちがいいのか、安見さんは頭をスリスリと僕の胸に押し付けてきた。 そんな猫をあやしているような想いに更けながら前を見ると・・・


 見慣れた先輩と目があった。


 格好こそTシャツに赤のサロペットと、学校では見慣れない私服姿ではあったが、そこに立っていたのは紛れもなく江東先輩であった。


「あ、そのまま気にせず、どうぞどうぞ。」

「いや、気にしますよ。 いくらなんでも。」

「大丈夫ですよ。 今日は完全にオフなのでカメラすら持参していません。 ネタにはしませんのでご安心を。」

「・・・ちなみにどこから見てました?」

「んー。 お二人がジリジリと近付きながら会話しながらしているところからでしょうか? 面白かったですよ。 まるでS極とN極が引っ付いていくかのように、二人とも距離を縮めていたんですもの。」


 さいですか。 なんだろうか、こう言ってはなんなのだが、何故2人「きり」という場面がなかなか出来ないのだろうか? 外だから?


「いやぁ、それにしてもあれですねぇ。」

「なんですか?」

「二人とも、カップルらしくなってきたなぁ、と思いまして。 今までは異性の友達の延長線みたいな焦れったさでしたし。」


 そんなことを他人の目から見ないで欲しい。 人の感性はそれぞれなのだ。 口を出すのは野暮なのでは?


 そんな風に思いながらも、この後江東先輩は予定があるそうで、別れた後、僕は安見さんが目を覚ますまで、ゆっくりと噴水の縁に座っていた。

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