【完結】悪役令息に転生した社畜は物語を変えたい。

亜依流.@.@

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《4》入学イベント

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彼から離れたとき、丁度アレクシスの手が戸惑うように背に回されかけていたことには気づかなかった。

アレクシスが、馬車に向かうノワの手を掴んだ。


「週に一度は手紙をください」


握りしめる手は、予想以上に大きかった。ノワは一瞬驚き、頷く。


「うん」


「では、お気を付けて」


呆気なく手を離される。


「···あなたは、そそっかしいんですから」

「もう、大丈夫だってば~!」


今度こそ馬車に乗り込む。ゆっくりと車輪が動き出した。
ふと、寝起きで見逃した違和感がよみがえった。


『ノワ』


耳元で聞こえたのはアレクシスの声だ。
今迄、彼に名前で呼ばれたことなどなかった。

あれは夢か幻聴か。目を擦りながら、再び襲ってきた眠気を噛み殺す。

起こしに来てくれたしっかり者の弟に頭突きをくらわせてしまった。
酷い話だが、もうひとつの疑問は夢では片付けられない。

文字通り彼の顔は、眠っていた自分の顔のすぐ目の前にあったのだ。
起こすために声をかけるにしても、真上に顔を近付ける必要があっただろうか?


ふと窓に自分が映る。

成程。
ノワは納得した。
アレクシスの美貌のせいで霞んでいたが、こうして見ると、自分は彼とは別の部類の美青年だ。
ノワが彼の顔面に見蕩れるように、アレクシスもこっちに見蕩れることがあるのかもしれない。

ノワの頭の中では「やっぱり僕の兄さんかっこいい!」と尊敬の眼差しを浮かべるアレクシスが浮かび上がった。
妄想の中の彼に、ツンデレさんめと呟く。
またニヤニヤしていると、馬車は滑らかに停車した。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


ノワは馬車から降りた。

先程一気飲みした水が、尿意を訴えている。
手洗い場を借りたいが、門の前はたくさんの生徒でごったがえしている。
我慢の限界は近い。この人混みを縫い、広い学内の手洗い場まで辿り着けるかは定かではない。


「·····。」


周りを見渡し、そそくさと正門から離れる。
塀に沿って向かったのは学園の裏庭だった。

美しい花園だが、今は見物する程の余裕はない。短い橋を亘り、生い茂る木々の中へ足を進める。

所謂立ちションというものだ。
ひとつの木に狙いを定め、ベルトを緩める。
スラックスを下げかけたところで、心臓は縮みあがった。

うしろに人の気配を感じた。

声を上げるまもなく、何者かの両手に背後から抱きしめられた。


「待ったかい?」

「??????」


わざとらしいほど甘い声が耳元に囁かれる。
ノワの全身に鳥肌が立つ。身じろぐと、さらに強く抱きしめられた。

叫びかけた口を噤む。ここで用をたそうとしていたことがバレれば、こちらも入学早々笑いもの扱いだ。


「怒ったの?」


猫なで声が言葉を続けた。


「あれ、髪切った?」


男の指が、ノワの髪を梳く。


「短いのも似合ってる。俺のために男装までして忍び込むなんて、わるいこだね·····」


どうも話の内容からして、恋人と逢い引きをする予定だったらしい。
いや、推測をしている場合ではない。


「君とも暫く会えないんだ·····素直に愛し合おうよ」


耳元に濡れたリップ音が響いた。
尿意といい悪寒といい、我慢の限界だ。
人違いだと叫びかけたとき、強く、腰を引き寄せられた。


「───んむっ」


唇に、暖かな温もりが重なった。

視界の端に映ったのは、ウェーブのかかった淡黄の髪。
ノワは、ぴしりと固まった。
気を許したと見たのか、相手は人差し指でこちらの顎を持ち上げた。

ぬるりとした物が歯をなぞる。ノワの頭に、かっと血が昇った。


「·····っにすんだよ?!」


乾いた音が新緑に消えた。

ノワはやっと彼から開放される。

背が高く、整った顔立ちの青年だ。
平手打ちをくらった彼は、一筆に書いたような切れ長の目を軽く見開いていた。


「あれ、君──」


男が何か言おうとする。

ノワはその場から一目散に逃げ出した。

























裏庭を走り抜け、門の前の人混みに紛れる。
偶然にも手洗い場の指標を見つけた。
機械的に用を足し、そのまま新入生達の波に乗って入学式会場へと流れる。

キス。
今世はもちろんのこと、前世でも経験が無かっただとか、私的なショックは、この際1度置いておく。

平手打ちを食らわせた相手の顔に、見覚えがあるのだ。

薄暗かったせいで相手をよく確認することは出来なかった。
が、この世界で見覚えのある人間というのは、自分にとってほぼ99.9%の確率で要注意人物だ。

何故ならば、それはゲーム上のノワが、死にたがりの悪役令息だから。

早速敵を作ってしまったのだろうか。
理事長の挨拶などそっちのけでノワはうんうん唸る。

次のプロローグのアナウンスに、思考は停止した。


『在校生代表、フィアン・ヴェイリッジ・ラミレス──』


会場に"彼"の名前が響く。
ノワの脳内から、変態キス魔男は一瞬にして忘れ去られる。
静かなどよめきから、全校生徒の熱が波のように伝わってきた。


この国の第一皇子、フィアン・ヴェイリッジ・ラミレス。

イケメンロマンスの人気ナンバーワン攻略対象キャラクター。彼こそが前世のノワが誰よりも愛した推し様だ。

推しが、同じ世界の、同じ空間にいる。
鼓動はおかしい程駆け足になった。

どうにかしてこの目におさめようと、壇上の方へ背伸びをする。

風とともに、横の通路を1人の生徒が通り過ぎた。


え、と、声をもらしたノワの鼻腔を、爽やかな香りが掠める。
広い背中へ、新入生の羨望の眼差しが集まった。

眩い金髪が靡く。力強いスカーレットの瞳が会場を見渡した。

唇は嘘のように美しく弧を描いた。


「新入生諸君、入学おめでとう」


























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