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《19》仔犬
しおりを挟む「あの·····」
フィアンが背丈を合わせるように屈む。
高い鼻が、鼻先についてしまいそうだ。ノワは驚いて後ずさった。
「·····」
スカーレットの瞳が軽く見開かれる。
(しまった)
過剰反応しすぎた。意識していることを気付かれて、嫌われてしまったらどうしよう。
いや、推しに急接近されて平常でいられる方が不思議だ。
「ごめんなさ·····」
「懐かれてると思ったんだけどな」
フィアンががっかりしたように呟く。
「·····!」
「フィアンに懐くなんて無理だろう」
俺にならともかく、と、ユージーンが茶々を入れた。
優美な微笑みが、ノワへ「ね?」と同意を求める。お世辞でも頷き難い。
「ち、違うんです、距離が近かったからドキドキ…じゃなくて、驚いただけで!フィ…ラミレス様は格好良くて、憧れの人なので、あの、その…」
嬉しくて、と口にした頃、思わずというように含み笑いが聞こえた。
ノワはぱっと彼を見上げた。
「俺が憧れか」
フィアンは楽しげにノワを見下ろしている。
「あっ…ぅ…」
からかわれたのだ。ノワは口をパクパクとさせた。
「まだ言い足りないのか?」
頬が熱い。
きっと、誤魔化しようもないほど真っ赤に違いない。
フィアンは思い出したように言った。
「子犬みたいで可愛いな」
「子、子犬·····っ?!」
「ああ。健気で一生懸命で、可愛いだろ」
ノワは尊死寸前だった。
できることなら子犬になりたい。そしてそのしなやかな指に撫でられたい。
さらに真っ赤に染った顔を眺めながら───フィアンはふと笑みを閉ざした。
自分に憧れや幻想を抱くものは多い。
彼らの期待に応えるため、皇子として任務を全うしなければいけない。
それは当たり前の使命だった。
だが、この1年生が向ける視線は、ただの憧れや期待だけではなかった。
自ら役に立とうと動き、しかし見返りを求めるような素振りは一切しない。
こんなにも必死に自分への想いを伝える姿も、彼でなければ差程自分を愉快な気分にすることは無かったはずだ。
だからそろそろ、チャンスをやっても良いだろう。
「出し物が上手くいったら、褒美をやろう」
人間が勤勉になる理由は、他でもなく私利私欲のためだ。
「褒美…?」
「何でもいい」
フィアンはソファに腰かけた。
この少年が望むのは、金か名声か、はたまた別の何かか。
「本当になんでもいいんですか?」
確認したノワは、暫くしてから、遠慮するように口を開いた。
「フィアン様と呼ばせてください」
生徒会室はしんと静まり返る。
「やっぱり狡いですよね?!」
言い出しっぺのノワは沈黙に耐えきれない。
発言を取り消そうとすると、軽快な笑い声が響いた。
「なんだよ、狡いって」
フィアンはノワの提案を承諾した。
「パトリックの出し物が最優秀賞を取ったら、そう呼んでいい」
その代わり、と、凛々しい声が続ける。
「その時は俺もお前の事を名前で呼ぶ」
良いな?と聞いてきたフィアンに、ノワは辛うじてこくこくと頷いた。
(フィアン様と親しく呼び合えるってこと?)
天にも昇る思いだ。
「·····」
二人のやり取りを聞いていたユージーンは、隣の人物へ視線をやった。
一点を見つめているロイドは浮かない表情だ。
フィアンは一通りの話し合いが終わると、さっさと席を立ち上がった。
「ウォルター先輩!」
少し高い少年の声が、部屋を出ようとしたロイドを引き止める。
「さっきは、ありがとうございました」
感謝の言葉は、先程彼が1番にもちを口にしてくれた事に対するものだった。
米は貴族の食べるものでは無いという偏見と見慣れない食べ物に対する抵抗を押し切り、信じてくれた。
それがとても嬉しかった。
立ち止まったロイドはこちらを振り返らなかった。
「礼を言われるようなことはしていない」
彼の声はどこか冷たい。
「·····?」
ロイドはさっさと部屋を出ていってしまった。
フィアンも部屋を出ていき、ノワは彼の後に続くように扉へ手をかける。
部屋から出る寸前に、後ろの人物に呼び止められた。
「素晴らしい出来だったよ」
ユージーンがにこやかに微笑む。
「ありがとうございます」
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