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《57》挑発
しおりを挟む「なんで出ないの?」
剣大会は参加者に入れるだけでも経歴になる。
特に社交活動の薄い貴族なら、喉から手が出るほど欲しい名誉だろう。
リダルは、人間性は壊滅的だが、剣術の腕だけはかなりのものだ。
本気を出せば、もしかすると良い所まで行けるのではないだろうか。
「もったいない」
つい呟いてから、彼を褒めてしまったことに気づく。
「ま、まあ、参加者くらいには、入れるかもよ?っていっても、フィアン様の足元にも·····」
及ばないだろうけどさ、と、皮肉を言うために引き合いに出した人物を思い出し、ノワは口を閉ざした。
あんなに失礼なことを言ったのに、彼からの呼び出しはない。
関わりたくもないほど嫌われてしまったのだろうか。
取り留めもない不安と恐怖が、再び脳内に拡がっていく。
ノワの表情が曇る。
リダルはそれを横目で見ながら、手持ち無沙汰に剣をクルクルと回した。
「あんな奴のどこがいいんだよ?」
「あんな奴って·····」
ノワはじろりとリダルを睨みつける。
「フィアン様は、優しくてかっこよくて、頼りになって、責任感があって、誠実で…」
リダルは呆れ返って宙を仰いだ。
トンチンカンな回答しか返ってこない。
「反吐が出そうだぜ」
「なんで、そんなこと言うんだ。フィアン様は、フィアン様は·····」
ノワが震える声で反論する。
あいつのせいで、泣きそうになっていたくせに。
リダルの苛立ちは募るばかりだった。
「フィアン様は全部リダルと正反対で、太陽みたいな人なんだ。今年の剣大会だって、去年みたいにフィアン様が優勝するに決まってる!」
精一杯主張するノワだが、相手はすっきりとした二重の目元を力なく開き、ポーカーフェイスだ。
「なるほどなぁ·····」
赤い瞳が考えるように空へ向けられる。
唇は三日月のような弧を描いた。
なんだか嫌な予感を察知した時、彼は、くるりとノワへ背を向けた。
(あれ·····)
リダルはあっさりと出口の方へ消えて行ってしまった。
得体の知れぬ胸騒ぎに襲われる。
ノワは気付かないふりをして、水飲み場へと駆けた。
───────────────
見上げた先で、大樹の葉が一枚、ひらひらと舞い落ちてゆく。
つい数日前までは緑に生い茂っていた葉ははいつの間にか色あせ、季節は初秋へと移り変わろうとしていた。
フィアンへ無礼な発言をし、ユージーンと歪な関係を結んでから早二週間。
生徒会の招集もなく、幸か不幸か、2人とは会えずにいた。
そしてここ二週間、ぱったりと顔を合わせなくなった人物がもう一人。
授業が終わり、ノワは最後尾窓側の席を振り返る。
連日空いているリダルの席だ。
剣術場で言葉を交わしたのを最後に、彼は学園から忽然と姿を消した。
長めの鬘と眼鏡で顔を隠していた不気味はクラスメイト。授業中は大抵机に突っ伏して居眠りをし、剣術の授業では手を抜いている。
リダルが忽然と姿を消してから2週間がたっても、クラスで彼を話題にする者はいなかった。
思えば、彼が自分以外の誰かと口を聞くのを見た事がない。
まるで元からいなかったかのようだ。
ノワは前の席の友人へ声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
振り返った相手は少し意外そうな顔をしてみせる。
「ノワの分からないことを俺がわかるかな」
彼は苦笑した。
「ちなみに、課題なら聞かないでくれよ。やってないから」
悪びれもなく宣言する彼。
ノワは内心羨ましく思いながら首を振った。
集中砲火を受ける悪役令息でなければ、自分だってたまには課題をサボったり、誰かさんのように授業中に居眠りなどをかまして、学生らしい怠惰を味わってみたかったものだ。
「リダルって、」
このクラスにいたよな?と、続けようとし、一度口を閉ざす。
そう聞きたくなってしまうほど、このクラスには彼を気にかける者がいなかった。
本当に、死神や幽霊だったんじゃないだろうか。
(そんなわけない)
ノワは言葉を改めた。
「あそこの席の人、ずっと休んでない?」
「どこ?」
聞き返してきたクラスメイトに「あそこだよ」と指をさす。
「そうだったか?ああ、でも確かに、言われてみれば···」
どこかしっくり来ない返答だ。何とは言えぬ不安感に襲われた。
「茶髪の、背の高い生徒だよ」
「なんだなんだ」
相手が肩を竦める。
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