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《61》ゲーム

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彼は気付いていたのだ。
気づいたと言うよりは、予測に近いのかもしれない。

ノワは、何らかの形で、公爵家へ刺客が来ることを知った。真っ当な方法では説明がつかない。

カマをかけられていることを知りながら、ノワは顔を強ばらせたまま、返答することさえ出来なかった。

それが言葉よりも明確な肯定を現していた。
小刻みに震える指先は、大きな手に包み込まれた。


「怖がらなくていい。俺が全てのものから君を守ってあげよう」

「·····!」


透き通った碧眼の青が濃い。

吸い込まれそうになったノワの頬に、彼の手のひらが添えられる。

───不思議な少年だ。
滑稽なほど純粋で、しかし何かを秘めた大きな瞳が、一生懸命こちらを見つめている。

公爵家へ侵入した理由も、知るはずのないシークレットネームを口にした理由も、全て暴きたい。

尚更欲しい。


「俺も、君に伝えたいことがあったんだ」


「僕に·····?」


「ノワ」


そのためには、ほかの手に渡る前に確保しなければいけない。
ノワの特殊な能力も、フィアンだけに向けられる関心も、全て自分のものにしてしまえばいい。


「君の過ちを許そう。願いがあるなら何でも言えば良い」


甘言を囁き、そっとノワを覗き込む。


「卒業後は、公爵家に──」


言いかけたユージーンは、いや、と、軽く頭を振った。


「俺に忠誠を誓い、仕えろ」


これは命令だ。
拒否することは許されない。
ノワは、おずおずと相手を見あげた。


「悪くない話だろう?」


貴族なら誰もが喉から手が出るほど望む就職先だった。
おまけに、死罪に値する罪を許してもらえるという。


(でも·····)


一瞬浮かんだのは、太陽のような人。
彼は皇族で、皇帝になる男だ。この先もそばにいたいなんて、夢のまた夢だ。
ノワは静かに頷いた。


「良い子だね」


傾けられた顔が近付く。

触れるだけの口付けを落とされる。

やがて、1人残されたノワは、暫くその場に立ち竦んでいた。


(フィアン様は、僕が守るんだ)


彼への想いが叶う訳がない。
どんなに優しい言葉をかけられたって、彼は手の届かない存在だ。
分かりきっている事だ。

役に立てたなら、本望だ。
ノワは、胸元を押さえつけた。


(どうしてこんなに、惨めな気分なんだろう·····)


空が薄暗くなるまで、その場に立ちすくんでいた。

学園の窓から一部始終を眺める者がいた事に、この時のノワは気づかなかったのだった。

























宮殿の中央庭園は、夕方の陽を浴びていくらか淑やかに見えた。

窓から景色を眺めていた視線は、ふと時計へ流される。

時刻は午後五時。
部屋を出たフィアンはぴたりと歩みを止めた。

廊下の向こうに男が佇んでいた。
死人のように青白い顔。しかしギラギラと光る深紅の瞳は、怒り狂う獣のようだ。

記憶の中では、彼が自らここに来ることは、今回が初めてだった。


「またゲームでもするか?」


「答えろ」


フィアンの言葉を遮り、唸るような声が問う。


「あいつに近付いたのは俺が原因か?」


始まりは、幼い頃に拾った野良犬だった。

それがある日、惨い肉の塊となって見つかった。
心を許した乳母、数少ない侍従、訓練を共にした仲間───彼らは皆、身に覚えのない罪で残酷な死を迎えた。

それが全て彼の差し金であることを知ったのは、母親が処刑される日だった。

気が触れたリベラがフィアンを誘惑し、無理矢理寝室へ連れ込んだ。抵抗しようとしたところ、腹の上に跨り、首を絞めてきたという。

あの頃の自分は、プライドを捨て、フィアンに縋り着いた。
自分に残された、たった一人の大切な存在だった。


『哀れだな、イアード』


彼の口元は、嘲るように笑っていた。


『お前と関わった人間は不幸になる。いっそ殺してくれと思うような苦しみを味わい、絶望の中で無様に死ぬんだ』


衰弱死では無い。母親も、周りの人間も、皆殺されたのだ。


「答える必要が?」


数メートル先のフィアンは、あの日と同じく、冷徹な笑みを浮かべていた。
窓から夕陽が差し込まれ、横顔が赤く染る。


「しようぜ、ゲーム」


深紅の瞳がフィアンを睨みつけ、宣戦布告した。























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