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《62》悪魔の子

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現皇帝、ザヴォンは好色な男だった。

彼が運命の出会いを果たしたのは、1年の収穫を祈る祭りの夜のことだ。

揺れる炎と月の下で踊る、美麗な女。
漆黒の髪が、月の光を纏い緩やかになびく。異邦人特有の青白い肌がまるで妖精を思わせた。


一目見た時から、心を奪われた。


名をリベラという。彼女は娼婦と商人の子供だった。
二人は運命のように惹かれ合い、愛し合った。



「身分など関係ない。神さえも、私たちを引き裂くことは不可能だろう」


ザヴォンは彼女に永遠の愛を誓った。
リベラは首を縦には振らなかった。


「私は、あなたから逃げなければいけない」


リベラには婚約者がいた。
そして重い病を患う母親が、遠い故郷で彼女の帰りを待っているという。

けれど彼女の視線は、熱をともしてザヴォンを見つめていた。

夜風が、罪を犯せと、囁いた。


「私が、逃げ惑うお前を攫い、この腕に閉じ込めたのだ」


リベラがザヴォンへ愛を告げることは二度と無かった。

けれど、その後の二人は幸せだった。
表情、視線、声。それらから、彼女の想いが手に取るようにわかったからだ。

彼女のために作られた第三宮殿は、王妃のために作られた宮殿よりも慎ましく、そして美しかった。

やがて二人の間に子供が生まれた。
父親と同じ深紅の瞳に、母親の黒髪を持つ、可愛らしい赤子だ。

幸福は長くは続かなかった。











皇妃ミシェリアは、皇太子妃になる為だけの教育を受けて育った、由緒正しき家紋の令嬢だった。

同時に、足蹴なく第三宮殿へ通う夫ザヴォンを、健気に想い慕う乙女だった。

婚姻を結んでから一年足らずで、彼女は第一皇子を出産した。

ザヴォンと自分の子供であり、この国でただ一人の皇太子殿下。
ミシェリアは息子であるフィアンへ、一心に愛情を注いだ。


フィアンは、将来国を担う皇帝になる。誰もが信じて疑わない事実だった。

王宮へ陰りが出始めたのは、彼が5つの誕生日を迎えた頃だ。
第三宮殿の妾に、フィアンと1つ違いの男の子供が誕生していたことが判明した。

おまけに、ザヴォンはその子供へ、優秀な教師を雇っているという。

宮殿には瞬く間に不吉な噂が広まった。

──皇帝は、第一皇子であるフィアンを差し置いて、妾の子供を後継に迎えようとしているのではないか。

周りからの好奇の視線や噂話に、ミシェリアは精神を蝕まれていった。

怒りの矛先は、息子であるフィアンに向けられた。
皇太子妃のヒステリックを止められる者はいなかった。そして、ザヴォンが彼女とフィアンを気にかけることは無かった。

ミシェリアがフィアンへ強いる教育は、過度から歪へと変わっていった。

やがて、彼は時と共に成長する。齢九の頃、迷い込んだ第三宮殿で、フィアンはその光景を目にした。

見たこともないほど柔らかく微笑む父ザヴォンと、美しい女。
そして、自分と同じくらいの歳の少年。

絵に書いたような幸せな家族から、目が離せなかった。

課せられた試練だと思っていた。

妾やその子供を憎むことは間違っている。彼らもまた苦しんでいると、そう思っていた。

けれど、どうだろうか。

幸せそうな笑顔は、自分の不幸の上で成り立っている。

彼らは微塵も、罪悪感など感じていないようだった。

不吉な音が聞こえた。

悪魔が、帝国を蝕む音だ。

あの異邦女は悪魔だ。淫らな誘惑でザヴォンを誑かし、この自分から全てを奪おうとしている。


そして悪魔の子供第二皇子が生まれてしまった。


フィアンとリダルの初めての出会いだった。


























「クワダムスなら、大会が終わるまで顔を出さないそうだ」


ロイドの言葉に、ノワはがっくりと肩を落とした。

大会出場者は鍛錬に打ち込むため、開会間近から学園の出席を免除される。
ダメもとではあるが、もしかしたらと思いリダルを待ち構えていた。

一体あの死神は今頃どこで何をしているのか。
考えたってわかるはずもない。


「あいつのことなら、お前の方が詳しいんじゃないか?」


ロイドが腕まくりをし、持っていた木剣を鞘へと戻す。


「編部した頃から仲が良かったじゃないか」










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