上 下
65 / 342

《63》戒め

しおりを挟む








聞き捨てならない言葉だ。
ノワは激しく首を横に振った。


「全然、仲良くないですよ!」


そもそも彼との関係は、脅しの上で成り立っているようなものだ。
三白眼は少し驚くように見開かれた。


「僕は、ウォルター先輩ともっと仲良くなりたいな~、なんて、」


えへへ、と愛嬌たっぷりに笑うノワ。


「同学年と仲良くなるのが先だ」と、素っ気ない返答が返ってきた。

ロイドは、釣れない態度がカッコいいとゲームのレビューで話題だった。

隙のない横顔を覗き見る。
日焼けした頬の大きな切り傷の跡が、厳つさをましている。
が、やはり見れば見るほど男前だ。


(恋愛感情とは違うけど、どうせならヒロインに転生したかったな·····)


もう何度目かも分からない願望を脳内で呟く。
不意に、ロイドがこちらを振り返った。


「どこまでついてくるつもりだ?」


「え?」


周りを見渡すノワ。
1学年の荷物置き場は、反対方向の屋根だ。
気がつけば、彼のあとを付いてきてしまったようだった。



「あ·····ぼうっとしてて·····」


間抜けだなんて思われただろうか。
誤魔化すようにはにかむ。ロイドは無愛想な無表情を崩さなかった。


「·····いや、待て」



引き止められ、立ち止まる。

ロイドの方からノワへ声をかけるのは、事務的な用事がある時くらいだ。

一体なんの用だろう。
多少浮ついた気持ちで、彼のもとへと駆け寄る。


「信頼されるのは、言動に責任がある者だ」


野太い声は前触れもなくそう言った。


「·····?」


少し考えるように視線を伏せたるロイド。
まるで、言葉を選びあぐねているようだ。

考える姿も様になっている。
ノワは彼の言葉を咀嚼しようと、脳みそをフル起動した。



「悪い噂は、事実であれ虚実であれ、当人に落ち度がある」


「噂?」


自分の有名な噂といえばキースとのことだろうか。
デタラメだと言おうとした声は、ロイドに遮られた。


「軽はずみな言動はやめろ」


偶然、ユージーンとノワが一緒にいるところを目撃した。

校門の前で口付けをしたユージーンと、それを受け入れたノワ。

それだけの事で、確固たる権力を持ったユージーンの面子が潰れることは無に等しいだろう。
しかし、ノワは違う。

さらに生徒会に所属している彼は、生徒の代表であり、学園の看板を背負っている立場だ。

ノワのためにこのことは伝えなければいけないと思っていた。
彼なら、自分の口にした言葉の意味が理解できるだろう。
話を一方的に切り上げ、ロイドはノワへ背を向けた。

この場と共にノワへの特別な感情も消し去ろう。
これからも、1人の後輩と先輩という立場を忘れてはいけない。
血迷うなど、あってはならないのだ。


「待ってください」


ノワは遠ざかる背中を引き止めた。

彼の言うことは正しい。
噂が嘘か本当かなど、広まってしまったあとはなんの意味もなさなくなる。
しかし、今気にしているのはそんなことじゃなかった。


「ウォルター先輩は、僕が男好きだって、おもってるんですか·····?」


「·····は?」


素っ頓狂な質問を投げかけられ、ロイドはゴホンと咳払いを繰り返した。


「·····そんなことを言った覚えはない」


ノワは訂正したかった。
どうしても、ロイドには誤解されたくなかったのだ。


「違います。僕は、噂通りなんかじゃ·····」


返答は無い。

剣練部は、学園の中でも極めて上下関係が厳しい。口答えだけでも十分ペナルティが課せられるはずだが、ロイドは、さっさとノワから顔を背けた。

気のせいではない。
今この瞬間から、ロイドに距離を置かれたのだ。


「ぼ──僕の話も、聞いてください!」


「!おい、声がデカ·····」


高い声が闘技場に響き渡る。
周りの生徒達は皆ロイドとノワを振り返った。


「なんだなんだ?」


彼らは囁きあいながら、興味深そうにこちらを伺っている。

ざわめきの中に「教官が1年を泣かせた」なんていう声がまじり出した。
誰にともなく否定しようとしたロイドは、苛立たしげに舌打ちを落とす。


「来い」


彼はひったくるようにしてノワの手首を掴んだ。


「あっ」  


たくましい腕に引っ張られ、否応なしに人目のつかない渡り廊下まで連れられる。


「一体何がしたいんだ?」


「·····っ」


2人きりになると、多少乱暴に壁へ押さえつけられる。
ノワは背の高い相手を見上げた。

大きな体格から感じるのは、普段とは比べ物にならないほど威圧的な雰囲気だ。

こうなることは分かっていた。








しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:2,016pt お気に入り:0

金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:526pt お気に入り:125

溺愛ゆえの調教─快楽責めの日常─

BL / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:1,515

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:65

幼馴染に色々と奪われましたが、もう負けません!

BL / 完結 24h.ポイント:669pt お気に入り:4,355

パスコリの庭

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:27

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:5

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:440pt お気に入り:1

処理中です...