【完結】悪役令息に転生した社畜は物語を変えたい。

《６８》地下牢の門番

リーダー格の男の指示で、彼らは待機させていた馬にまたがる。
再び荷台に転がされながら、ノワはオークションの提案をした若者を呆然と眺めた。


一応、彼のおかげで一命を取り留めた。
が、決して状況が良くなった訳では無い。

相手が、ふとこちらを振り向く。
ノワは体を強ばらせた。

フードの向こうの瞳と、目が合ったような気がした。

顎に添えられた指は長く、病的なほど青白い。だというのに男らしく角張った骨格が酷く不気味だった。


「大人しくしてろよ」


汚れた布で目元を覆われる。

再び、長い闇が訪れた。












フィアンは剣大会で無事勝ち残れたのだろうか。

いや、彼の事だ。一日目の今日は当然勝利を納めただろう。

ユージーンは、突如姿を消した自分を探してくれているだろうか。
そういえば明日は、アレクシスに手紙を書かなければいけない。
間に合うだろうか。


(生きてればの話だけどね。ハハハ···)


冷たい牢の中、ノワは脳内でツッコミを入れ、ため息をつく。


『こいつは独房に入れよう。万が一傷がついたらいけない』


ノワをオークションに出すことを提案した男の意見だ。
独房。聞こえは悪いが、建物の地下へ連れられると、ノワはその待遇が幸運だったことを思い知った。

まず聞こえてきたのは若い女の発狂だった。

爪が紫なのは麻薬の症状だ。


「静かにしろ！」


監視の男が、女の入った檻を木棒で叩くのを見守りながら、ノワは他の連中に連れられ、奥へと進んだ。

通り過ぎてゆく檻の中には、沢山の人々が閉じ込められていた。
中には痛々しい怪我を負っている者も多く見受けられる。
つまり、とんでもない所へ来てしまったのだ。


「はぁ····」


ノワはしゃがみ込んだまま、錆びた天井を見上げる。

男たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
酒を飲み交わし、どんちゃん騒ぎだろう。

うんざりしながら壁へ寄りかかる。長い間身体を打ち付けられていたせいで、全身は軋むように痛んだ。

オマケに、初秋といえど地下牢の中。
気温は低いし、冷たい石の地面は体温を奪ってゆくようだ。


(寒い·····)


ふと、牢の前に佇む見張りの男を睨みつける。
背の高い後ろ姿は、先程からピクリともしない。まるで置物のようだ。

腹いせに大きなため息を着く。
やはり相手は無反応だった。

人をこんなところに閉じ込めておいて飲み物のひとつもないのか？
ノワは大きく息を吸い込む。


「·····はぁぁ～あ、こんな事になるなら、人生で1回はムフフなことしたかったなぁあ····！」


プライドもくそもない下ネタをわざとらしく口にし、おまけでフンと鼻を鳴らす。

攫われ、他国に売り飛ばされる悪役令息？

大切な人たちのために生きたいと決めたそばから島流しとは。バッドエンドは攻略対象による断罪だけじゃないなんて、聞いてない。

最初から不幸にさせたくて転生させたなら、神様なんてう〇こ野郎だ。
本当はそう叫び散らしたいが、頭がイカれたと思われて殺されるのは避けたい。

ノワの声は石にこだまし、やがて消えた。


(本当に人間なのか、この男は)


かれこれ1時間は静止したままだ。
こんな寒い地下に見張りで立たされるなんて、彼もご苦労な事である。

じろじろと後ろ姿を見つめていたノワは、諦めるように視線を外した。
他の人間のことを心配している場合ではない。


(やっぱり、どうせ転生するなら、ヒロインに転生したかった)


彼女が攻略対象とハッピーエンドを迎えられた理由は、彼らと両思いになったという理由だけではない。

相手は王族に公爵、伯爵家。つまり惚れた腫れたの恋愛で、ただの使用人が結婚できる相手ではないのだ。

彼女には特殊な潜在能力が備わっていた。

聖なる力───神の寵愛を受けた者だけが持つ、祈りの力。

聖女は皇帝の次に高貴な存在とされていた。
国の守護神のような人物だ。
千年に一度の逸材である聖女は、身分や年齢、いかなる隔たりに関係なく皇帝の妃になることが望まれていた。

ヒロインの力は、愛する者の為に強く祈った時、開花する。

ヒロインがヒロインたる理由。
初めから決まっているラブストーリー。

どうせ転生するのなら、自分にもなにか特殊な力があったり、誰かに愛される人生を歩みたかった。

空振って犬死するような、惨めな悪役令息なんて、望んではいなかった。

膝に顔をうずめたノワは、ふとネガティブな思考を中断した。