【完結】悪役令息に転生した社畜は物語を変えたい。

《７１》逃げ道

※若干のグロ表現があります。ご注意ください！













「ぶっ殺してやる！！」


先頭にいた男がノワめがけて突進してくる。

ノワは男の鳩尾を蹴り上げ短剣を奪い取った。
リダルの背中に背を合わせ、部屋を見渡す。

敵はざっと40人。皆、曲がりなりにも戦闘経験のある盗賊だ。


(それに、こんな武器じゃ·····！)


近距離戦でしか使えない短剣とこの身体の体力では、押し切られるのは時間の問題だった。


「ノワ」


後ろから名前を呼ばれる。


「わっ」


リダルは、自分の剣を半ば投げ付けるようにしてこちらへ手渡した。


「？」


「早く、そっちよこせ」


「え？」


返答を待たず、錆びた短剣を奪い取られる。


「でも、」

「かかれ！」


言いかけた言葉は叫びにかき消された。

その場にいた全員が一斉に襲いかかる。

最前列の男へ飛び蹴りを食らわせ、倒れ込んだ大柄な体格を利用し、後ろの男たちをなぎ倒す。
脇から突進してきた相手の胸を突き、かがみ込んだ隙に鞘で延髄を叩き打つ。衝撃が骨に響くようだ。


「·····っ！」


振り下ろされた棍棒を交わす。
力を込めた踵で、背後から近づいてきた男の顎を蹴り上げた。


ノワは後ろのリダルが気が気でなかった。
彼の実力は確かだが、あの短剣では長く持たないだろう。


「余所見するたぁ、いい度胸だなァ？！」


「っ！」


前方から酒瓶が飛んでくる。

間一髪で避け、振り下ろされたナイフを剣ではじき飛ばす。
動きは粗いが攻撃は重い。一撃でも喰らえば、致命傷を負うだろう。

二対集団の攻防戦は続いた。

時間が経つにつれ、息が乱れてゆく。
捌いても捌いてもキリがない。暫くすると、ノワは攻撃を防ぐだけで精一杯になっていた。


「はぁ·····っはぁ·····」


「立ってるのもやっとって感じだなぁ」


男たちはいやらしい笑みを浮かべ、こちらを観望していた。


「大人しく降参すりゃ、命は助けてやる。場合によっちゃあ自由だって保証してやろう」


彼らの後ろから、一層野太い声が告げる。


「なんだって····？」


ノワが聞き返す。

戦闘を見物していたリーダー格の男が片手を上げた。
彼の合図で、盗賊たちはピタリと動きを止める。


「小さい方のお前だけここに残れ」


「は？！そんなの───」


却下しようとしたノワの言葉は、男の声に遮られた。


「なに、ただって訳じゃあねえ。連れの男には銀貨10枚と馬をやろう。お前には····」


ニヤニヤと嫌な笑みを蔓延らせ、彼は部屋の周りを見渡す。


「ちょっと俺たちに"付き合った"あと、銀貨10枚と馬をやる。どうだ？」


ノワを取り囲んだ男達の視線が、物色するようにこちらを眺める。


「そりゃあいい考えだ」

「優しくしてやるよ」


ノワは眉間を潜める。


(ゲス野郎共·····！)


しかし、悪くはない提案だ。
彼らのことは信用出来ないが、提案を受け入れれば、少なくともリダルはここから逃げることが出来る。

二人一緒にくたばるよりは、余程利口な判断だろう。


「わかっ·····」


た、そう承諾しかけたノワの身体は、突如強い力に引き寄せられる。
重力が歪むほど強い衝撃とともに、背を壁に叩きつけた。


「っ？！」


うずくまったノワの頭上に、影がかかった。


「リ、ダル·····？」

「手加減してやってたのに·····」

目の前にリダルの背があった。

ボソリと呟かれた低い声が、空気を逆撫でする。
ノワの背を悪寒が駆け抜けた。


「な、なんだお前！悪あがきはよせ····！」


数人がリダルめがけて襲いかかる。
青白い腕が無造作に動くのと、彼らが倒れ込むのは、ほぼ同時だった。

少し遅れて、ブシュ、と濁った噴出音がした。

飛び上がった数本の腕や足が、鈍い音を立てて床に転がる。


「ひ·····」

「ぎゃああああ！！！」


部屋中に絶叫が響く。

ノワは口元をおおった。
リダルの横顔が肩口から覗き見える。
血のように赤い瞳の奥は、理性を失った獣のようにぐるぐると蠢いていた。


リダルは無感情な声で呟いた。


「目、つむってろよ」


彼の背に守られながら荒く呼吸を繰り返す。
まぶたを閉じようとするが、身体は言うことを聞かない。


「うわあああ！」


突進してきた男の腕に剣先が貫通する。
相手が手放したナイフは空中へ放たれた。滑らかな指の動きとは裏腹に、それは一瞬で視界から姿を眩ませる。