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《81》赤茶髪の青年

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危うくぶつかりかけ、反射的に引下がる。


「うわ!!!」



荷物を持っていた相手は鈍い音を立て、その場へ派手にしりもちを着いた。


「大丈夫ですか?」

「申し訳ありません!」


焦げ茶の癖毛で顔の大部分が隠れた、大柄な青年だ。
宮殿に仕える人間にしては酷くみすぼらしい服装をしている。木材を抱える大きな手には、無数の傷跡があった。


「·····?」


立ち上がりもせず頭を下げる青年。
ノワは片手を伸ばした。


「大丈夫ですから、顔をあげて下さい」


青年がおもむろに顔を上げる。
相手は変わらぬ体制のまま、パクパクと口を動かしている。


「·····?」


伸ばしたままの腕が疲れてきたので諦めて手を引っこめる。


「·····天使様·····」

「はい?」


青年は、毛量の多い前髪の向こうから、こちらをじっと眺めていた。

はて、天使とは。
宗教かなにかの話だろうか。

首を傾げたノワは、ふと窓の向こうに黒髪を見つけた。
リダルだ。
彼は中庭を真っ直ぐに進み、何故か茂みへと入ってゆく。


「すみません、急いでるので!」


ノワはしゃがみ込んだままの青年を残し、再び走り出した。

一瞬引き止めるように伸ばされた腕に構っている暇は無い。
階段を駆け下り1階へ。周囲に誰もいないことを確認し、窓をとびこえた。

茂みの中に潜ってゆくなど、一体宮殿の敷地で何を企んでいるのだろうか。
怪しすぎる。

微かな緊張を胸に、彼が消えていった茂みへ足を踏み入れる。
葉の向こうには高い塀がそびえ立っていた。

この先は城の周りを覆う森林だ。
彼はどこへ消えたのだろう。

周りを見渡した視界の端で、小さな物体が動く。
数メートル先に、こちらをじっと見つめる黒猫がいた。


「おまえ、あの時の···」


ピンと立った髭に、大きな耳。間違いなく舞踏会の夜に見かけた黒猫だ。
そして恐らく、第三宮殿でノワを威嚇した猫も、今目の前にいるこの黒猫だろう。


(王宮に住み着いてるのか?)


猫は本能的に縄張りを作る傾向にある。
けれどここから第三宮殿までは広い森林を超えなければいけない。
猫1匹の縄張りにしては広すぎる範囲だ。

わざわざ行き来しているのは不自然──眉をひそめたノワの脳内に、この猫を見つける時、必ず鉢合わせた人物が思い浮かんだ。


「あっ」


ニャア、とひと鳴きした猫は、林の奥へ消えてゆく。
一瞬躊躇った後、ノワはそのあとを追った。

もしかしたら、この猫を辿れば彼に会えるかもしれない。
我ながら馬鹿らしいと思いながらも、ノワは葉をかき分け黒猫を追いかけた。

程なくして見つけたのはさびれた扉だった。

高さ150センチ程の小さなものだ。塀の苔と紛れ、認識し難くなっている。
即ち故意的に作られた抜け道だった。


「待ってよ」


猫は半開きになった扉の向こうへ消えてゆく。

猫に呼びかけながら、ノワもその後に続く。
ジメジメとした洞窟を進むうち、向こうに陽の光が確認できた。

駆け足で暗闇から抜け出すと、扉をくぐった時と同様、茂みの中にいた。
宮殿へ戻って来てしまったのかと思ったが、そうではなかった。

茂みをかき分け広い空間へ出る。
見覚えのある庭園が広がっていた。


「第三宮殿·····」


人の気配はない。
扉は、王宮から第三宮殿への抜け道だったのだ。


「ニィア」


脳天気な鳴き声がする方を追いかけ、バラのアーチをくぐる。
土に埋められたレンガを順番に踏む。庭の奥へ行くにつれ、空気が澄んでゆくような気がした。


「·····あ·····」


アーチの向こうの木漏れ日の下に、果たして彼はいた。

無表情な男がこちらへ向かって歩いてくる。
真っ赤な薔薇が彼の深紅を際立たせるようだ。おぞましい美しさに、ノワは呆然とした。

右腕からは、相変わらず鮮血が滴っていた。

リダルは唖然とするノワの横を通り過ぎてゆく。


「リダル」


ハッとして名前を呼ぶ。
駆け寄ろとしたノワよりも早く、相手はピタリと立ち止まった。


「礼でも言いに来たのか?」










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