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《84》幸せな家庭
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ユージーン公爵家には二人の息子がいた。
長男のラージェイトと、彼によく似た顔の次男。
長男は生まれつき身体が弱く内気な性格だが、誰よりも心優しく人懐こい子供だ。
公爵一家は絵に書いたような幸せな家庭───であるはずだった。
2人目の息子が物心ついた頃から、公爵夫妻は彼を不気味に思い始める。
ラージェイトとよく似た容姿でありながら、少年は笑うこともなければ、年相応の子供のようにはしゃぎ遊ぶことも無い。
まるで感情を持たぬ人形。
召使いでさえも、彼をそう囁いた。
そんなある日、長男であるラージェイトの持病が悪化した。
あらゆる医者の治療も虚しく、不治の病は幼いラージェイトを蝕んでゆく。
毎夜呻き魘される息子の様子を目にし、夫人は日に日に精神を病んでいった。
「ああ、可哀想なラージェ····こんなにも心優しいあなたが、どうして····」
彼女は日々虚ろな目で呟いた。
「人の心を持たぬ子なら、病に苦しむこともあるはずがなかったのに」と。
第二子の名を、ジェダイトという。
決して喜びや悲しみを感じない訳ではなかった。
寧ろ人よりも小さな変化に敏感な性質を持っているが故、幼い彼は沢山の情報を表現することが難しかった。
ジェダイトが7つの頃、兄のラージェイトはこの世から息を引き取った。
「ラージェ」
兄が死に、しばらく経ってからだった。
長い間正気を失っていた母親は、ある日、初めてジェダイトに穏やかな笑みを向けた。
やせ細った背。抱きしめる両手からは、深い愛情を感じた。
幼くも聡いジェダイトには、それが死んだ兄へのものだということを理解した。
ずっと傍で眺めていたもの。決して自分のものにならずとも、まるで文字を読むように読み取ることが出来る、彼らの愛情だった。
その瞬間彼は、嘘偽りのない愛情に包まれた。
これから生きてゆく上で"ジェダイト"は必要ない。ラージェイトがやっていたように、生きれば良い。
その日、ジェダイトは死んだ。
公爵家は再び暖かな家族の姿を取り戻したのだった。
数日前の剣大会の話題は、生徒たちの間で未だもちきりだった。
「こんなこと今まで前例がない」
大会1日目の後半に差し掛かった頃、突如として下された大会の取り辞め。
事の詳細について、おおやけに公開されることは無かった。
「帝国騎士団が来たらしい」
「一体何事だ?」
教室にたむろっている生徒たちを横目に、ただ一人、謎謎の答えを知っているキースは、さっさと席を立ち上がる。
剣大会で何が起こったかなど、彼らがいくら詮索したって分かるはずがない。
人違いで攫われた青年が、明け方に保護された。
青年の名は、ノワ・ボース・パトリック。キースは最早ため息すら出てこなかった。
現在、学園にノワの姿はない。
打算的で、しかし純粋な瞳を持ったルームメイト。
年相応にはしゃいでいたかと思えば、不自然なほど大人びた顔をする。
あれは、何かを隠している──または何かを知っている者の目だ。
けれどそれも悪い気はしない。最初は、単純な好奇心だった。
この退屈な日常を少しでも彩ることが出来れば良いと思っていた。
歯車が狂い始めたのはいつからだろうか。
こちらがノワに興味を持つほど、彼はこちらにさほど興味が無いと思い知る。
彼は、いつも別のものに夢中だった。
"憤ったふりでもすれば、君は僕の方を気にかけてくれるのか"
口をついて出たのは、醜い独占欲だった。
彼という人間は、自分と関わる者たちの中で唯一楽しい存在だった。そしてそれは、あの日交したキスとともに、別の感情へと姿を変えた。
寮室の扉の先にも、やはりノワはいない。
「·····あはは」
静かな部屋に西日が傾く。
笑う他なかった。
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