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《111》フランシス
しおりを挟むかろうじて使われている敬語がかえって白々しい。
彼の笑みには、隠すつもりのない侮蔑が滲んでいた。
「いい加減にしろ!」
オスカーが譴責する。今にもフランシスに殴りかかりそうな勢いだ。
「彼の言葉に耳を傾ける必要はありません。即刻罰を与えるべきです!」
「オスカー」
ノワはオスカーを警めた。
気持ちは有難い。しかし彼が間に入ってきた事実が、新入生にとって自分が頼りなく映っていることを物語っている。
こちらを見守る1年生たちの顔は不安げだ。
「剣を」
ノワは短く告げた。
「本当に、この場でいいんですね?」
フランシスは最早笑みを隠すことができなかった。
自ら大衆の前で恥をかくことを選ぶなど、やはり愚かな2年だ。
それも、一方的に言われるばかりで上級生の威厳などこれっぽっちもない。
フランシスが初めて剣を握ったのは、言葉を覚えてまもない頃だった。
厳しい父親の元、剣術に勤しんだ。剣の腕前が良いと評判の家紋の令息だって、自分の相手ではなかった。
家柄も申し分無い。
自分は間違いなく選ばれた人間だ。
だから、こんな女男のような上級生に従う気など、毛頭ない。
早いところ実力の差を見せつけて、生意気な態度をできないようにしてやろう。
ランシスは鼻で笑った。
「なんだか"こんな"先輩のお身体に傷が付くのは、申し訳ない気がしますが····」
視線の端で、オスカーの拳が握りしめられる。
(成金貴族の分際で·····)
成績も実技も、たった少しの差で、生徒会の座を奪っていった男だ。
わだかまった劣等感とも今日でおさらばだ。
この上級生を皆の前で恥ずかしめれば、彼を慕っているオスカーの事も苦しめることが出来る。
フランシスは下唇を舐めた。
「そっちのタイミングでいいよ」
高い声が告げたのは、挑発に対する返答でもなければ、降参を申し出るものでもなかった。
「言いたいことが終わったなら早くしろ」とでも言いたげだ。大きな瞳が、真っ直ぐにこちらを見すえている。
(この俺を、侮辱しやがって·····!)
「はっ!」
剣を構え、ノワとの距離を一気につめる。ノワは未だその場に立ちすくんでいた。
楽勝だ。
フランシスは、彼の手首めがけて剣を振った。
利き手を狙うことで、今後しばらくは剣を握れないようにしてやる目論見だ。
果たして、平らな背剣は、空を切った。
「·····?」
すぐ後ろに気配を感じた。
かがみこみながら、背後へ剣を突き立てる。
目の前で舞い上がった砂埃は、先程まで確かにノワがいた証だった。
トン、と、何かが手首にふれる。
フランシスは後ろへあとずさった。
自分が狙っていた場所を、彼はそっくりそのまま剣の腹で叩き返してきた。
剣を握る手先が、大きく震え出す。
技は外傷を付けることなく、正確に神経を麻痺させたようだった。
「少し待ってあげようか?」
いつの間にか、数メートル先にノワが佇んでいた。
「この·····!」
手首の骨折のみに抑えてやるつもりだったが、彼には痛い目を見させてやらなければいけないようだ。
ノワめがけて飛びかかる。
力を込め振り上げた木剣は、再び空を切った。
彼はまるでカゲロウのようにその場から消えた。
「どこだ?!」
視線を宙へさ迷わせる。
ノワはどこにもいない。
周りの奴らのざわめきが、妙に鼻につくのだ。
「黙れ!!!」
不意に、頭上に影が落ちた。
「·····────上?!」
見上げた先に、キラキラと輝く瞳があった。
真っ黒な瞳孔を縁どっているのは、濃い緑だ。
綺麗だ。
思わずそんな言葉が、頭に浮かんだ。
フランシスは膝から地面へ崩れ落ちた。
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