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《110》問題解決
しおりを挟む教師に指されたデリックは、無造作に立ち上がった。
初めの頃は、発言をするときは立つという概念さえなかった男だ。
多少は常識をみにつけたのかと胸を撫で下ろすクラスメイト達の期待を、彼は易々と裏切った。
『原因を消します』
『どのように?』
『物や、あるいは相手を排除します』
ハキハキとした返答に迷いはなかった。教室の空気は、大きくどよめいた。
『·····オホン!野蛮な考えでは、物事は解決しない。人間とは、知性を持った唯一の生き物であり·····』
『ですから』
デリックが教授の言葉を遮る。
『大勢の前で痛めつけて、見せしめにすればいいじゃないですか』
そうすれば同じことは繰り返されない、と、彼は当たり前のように続ける。
耳を疑うような発言だった。
声を荒らげ彼を戒める教師へ、
『どこか駄目でしたか?』
たった一言。
デリックは、本当に何が可笑しいのかをわかっていない様子だった。
実際、彼は全く真剣だったのだ。教養が無いだけではない。道徳や倫理といった、人として大切なものが欠けていた。
見た目だけなら感じの良い好青年に見えるが、中身はとんだ問題児だ。
未だこちらに向けられている視線に溜息をつく。
副監督として1学年の練習場へ避難できていることが有難く思えてきてしまう。
「パトリック臨時監督」
不意に、鋭い声に名前を呼ばれた。
自分よりも少し背の高い後輩が、真っ直ぐに近づいてくる。まだ新しいグローブからして、1学年だ。
「フランシス・メノーテ・ラントンです」
近寄りざま名乗るが、こちらを眺める視線から、妙に高圧的な雰囲気を感じる。
「フランシスだ·····」
「あいつ、今度は何をするつもりなんだ?」
目の前の男は、どこからともなく聞こえてきたささやき声の方を睨みつける。
その場はしんと静まり返った。
「····指導を受けたいなら、彼らの後に····」
「指導?」
フランシスがしらけた笑い声を吐く。
殺伐とした空気の中、ほかの1年生は皆固唾を飲んでこちらをうかがっていた。
下級生が上級生に取るにしてはあまりにも無礼な態度だった。
「ウォルター教官が臨時の監督に選ばれたのですから、きっと素晴らしい剣の腕前なんでしょうね」
口を開きかけたノワよりも早く、フランシスが告げる。
「パトリック臨時監督」
ノワは堅苦しい呼び方のわけを理解した。
彼は、自分を指導者と認めていないのだ。
ここで大人しくしていたら、自分のほうが学園の規則を破ることになる。
さて、どうしようか。フランシスを見つめ返したノワの視線は、広い背中にさえぎられた。
「無礼が過ぎるぞ」
シャツに浮き上がった背筋が逞しい。
ノワははっとした。
「邪魔するな」
ノワの前に立ちはだかったオスカーが、フランシスと睨み合う。
「今すぐに、無礼を謝罪しろ」
その場の空気は急激に凍てついた。
指導者のせいで後輩同士の喧嘩が始まるなんて、前代未聞だ。
ノワはオスカーの肩に手をやった。
彼は異を唱えようとこちらを振り返り、しかしぐっと口をつぐむ。
おそらく、今食い下がることはフランシスと同じ無礼な行為に当たると判断したのだろう。1歩下がったオスカーを確認し、ノワはフランシスに視線を戻した。
彼の用件は大方予想できていた。
「失礼ながら、この中にはパトリック臨時監督に不安を抱いている者も多いようです。なので·····」
細長い目が、ざわめく周囲を一瞥する。
「僕と一戦していただけますか?」
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