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《203》シチュー
しおりを挟む騎士を十数人も蔓延らせて厨房を借りることになったが、デリックがそばにいるよりはずっとマシだ。
ノワは料理作りに取りかかった。
作るのはホワイトシチュー。
デリックに告げた通り、彼のためだけに作る手料理だ。
このシチュー作りは、絶対に失敗できない。
彼のご機嫌をとるためか?否。料理の腕前を披露したいから?勿論否。
サンドラは、ある食材と合わせると遅効性の催眠剤へと変化する。
とても効力の強い催眠剤だ。体内に入ってから10分程度で効果が現れ始め、一度眠りにつくと、どんな衝撃や騒音の中でも数日間は目を覚まさない。
この世界でそれが知られるようになるのは、あと一年先だ。
刻んで熱を通したカサンドラに、蜂蜜を加える。シチューが出来上がった頃、ノワは鍋に蜂蜜漬けのカサンドラを放り込んだ。
すぐ横に待機していた騎士が、こちらの手元をじっと見つめている。
ノワは何食わぬ顔で鍋を混ぜながら、彼にほほえみかけた。
「!」
鎧の奥の瞳が、ギョッと見開かれる。
首を傾げた時、すぐ後ろに新たな気配を感じた。
「いけませんよ、ノワ様」
「うわっ」
耳元で抑揚のない声が呟く。
バランスを崩したノワの身体は、背後の男に抱きとめられた。
「貴方に微笑みかけられた者の顔は潰され、貴方を見つめた者の目はえぐり取られ、あなたを語った者の舌は切り取られる。騎士たちの間にデミリオン教皇が下した詔勅です」
ノワを支えたのはルイセだった。
モノクルの奥が不気味にほくそ笑む。ノワは表情筋の限界まで顔を顰めた。
「冗談だろ?」
「一昨日、ノワ様を綺麗だと噂していた兵士が舌を引き抜かれました」
今朝の罪悪感を白紙に戻そう。
デリックは、やはりとんでもなくヤバい奴だ。
「今のことは、黙っておいて」
自分のせいで血が流れるなんてとんでもない。両手を握り合わせ、懇願の体制に入る。
「分かりましたから、どうかそのようなことはしないでください」
「そこをなんとか、お願───·····え·····?」
ルイセが、ノワの両手をそっと包む。
「いいの?」
「お望みとあらばそう致しましょう」
ルイセはデリックの側近だ。
主であるデリックに隠し事を作るのに、易々と承諾する意図が分からない。
「言ったでしょう」
彼は見た目の割に疲れた笑い方をする。
「私は、あなたの忠実な下僕です」
特徴のない顔は、裏を返せば整った顔立ちの見本のようなそれだ。
「夕食まで時間がありますから、お部屋に戻りましょう」
「嫌って言っても、閉じ込めるじゃないか」
ノワはルイセの手を振りほどく。
気を許してはいけない。デリックとルイセは、敵だ。
地下の牢に監禁されたフィアンに、安否の定かでないキース、屋敷に謹慎状態の家族や友人、大切な人々。
彼らを救うために、今日、自分は、ここを逃げ出すのだ。
その日の夕食は寝室でとることになった。
ノワ自ら申し出たのだ。デリックが部屋に来ている時は、扉の前の監視がいなくなる為だった。
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