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《204》最後の言葉
しおりを挟む円卓の上には、シチューをメインに、数々の料理が並ぶ。
料理人の作った品のせいで、シチューが見劣りする気がした。ムッとしかけたノワは、首を振る。
そんなことはどうでもいいのだ。
「これをノワくんが?」
デリックはいつになく嬉しそうだった。
10数分前に会った時は軍服を着ていたのに、シャワーまで浴びて着替えも済ませたようだ。
「冷める前に食べよう」
緊張で指先が震える。
「はい」
デリックがスプーンを手に持つ。
早く食べろ。ノワは、シチューが口に運ばれるのを、固唾を飲んで見守っていた。
「すごくおいしいです」
シチューを吸い込んだ口元から、笑みがこぼれる。彼は三口、四口とそれを飲み込んだ。
「気に入ってくれたみたいで、よかった」
ノワもシチューを啜る。こっちは自分用に用意していた、サンドラ抜きのシチューだ。
ついにやった。
あとは薬草が効くのを待って、彼から鍵を奪い取れば────。
「ノワくん」
「ん?」
不意に名前を呼ばれ、ノワは笑顔を取り繕った。
「あなたは俺に多くのものを与えてくれました」
またなにか始まった。
与えたつもりもない。勝手に懐かれて監禁されるなんて、理不尽すぎる。
「たくさんの感情も、あなたがいなければ·····」
何かを思い出すように宙を眺めていた瞳が揺れる。
ノワは戸惑った。
(だから、どうしてお前が、そんな顔するんだ?)
苦しくてたまらなそうな顔だ。
訳が分からない。
「あなたが俺を、救ってくれた」
(·····───"救ってくれた"?)
「言わなければいけないことがあるんです」
デリックが微笑む。新緑のような瞳が、じんわりと濃度を増す。
彼の言おうとしていることが何なのかを、既に知っている。
おおかた愛してるとか好きだとかをほざくつもりなんだろう。無理やり閉じ込めている相手に縋るなんて、どうかしてる。
彼は、本当に狂ってる。
(悪者のくせに)
ズキリと、胸の奥が痛む。
スプーンを持つ手は古傷だらけだ。それは途切れることなく、シャツの中へ続いていた。
(僕の知ったことじゃない)
彼の抱える事情など理解したくもない。どんな理由があれ、デリックのしていることは許されることではないのだ。
(こいつは悪党なんだ)
茶番はおしまいだ。
フィアンが玉座に返り咲けば、彼は処刑され、国には平和が訪れるだろう。
「なに?」
ノワは彼の言葉を促した。
「俺を殺してください」
穏やかな声が告げた。
時計の針の音の一秒が、妙に長く聞こえた。
「·····は?」
デリックの身体が傾く。
彼は椅子から崩れ落ちたきり、動かなくなった。
薬が回ったのだ。
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