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《205》決意

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ノワは彼の元へ駆け寄り、服をまさぐる。胸ポケットに手を突っ込むと、冷たいものが当たった。
鍵だ。

取り出し、他に使えそうなものがないか探す。

「!」


ベストの内側に小型の短剣を見つけた。
ひったくるようにして手に取る。
ふとデリックを見下ろした。

自ら殺してくれなんて、どんな意図があって言ったのかは分からない。
が、彼の言葉通り、ここで殺すのが最良だろう。
ノワは荒い呼吸を繰り返した。

今なら、確実に息の根を止めることが出来る。
この短剣で、心臓を一突きすれば良い。それで、全て終わりだ。


「··········」


剣の柄を握りしめる。
上下する胸元が、切っ先に当たっては、離れてゆく。
ノワはしばらく、彼を眺めていた。
力を込めるだけ。一思いに殺してしまおう。そう思うのに、手元に力が入らない。

出来るわけが無い。
そっと頬をなぞってみる。
温かくて、案外柔らかい。
幼い子供のような寝顔だ。うるさく鼓動する胸は、だんだんと落ち着いていった。

ノワは諦めた。

今殺す必要は無い。
どうせ2、3日は目を覚まさないのだから、事が終わってから処罰を受ければ良いでは無いか。

地下牢に向かおう。
立ち上がりかけたノワの視界は、ぐわんと歪んだ。


「·····っ!?」


冷たい床に背が当たる。あまりにも軽い衝撃のため、押し倒されたと理解するのにコンマ1秒かかった。


「駄目ですよ、ノワくん」


ノワはありえないものを見るような心地で、のしかかっている人物を見上げた。

カサンドラと蜂蜜を煮詰めた睡眠薬は、興奮状態の猛獣をも眠らせる。
一度眠れば、どんな衝撃や騒音の中でも目を覚まさない───はずだ。


「俺は薬も毒も、殆ど効かないんです」


(うそだろ·····)


本当に化け物だ。ナイフを握りしめた腕は、デリックの手に拘束された。


「初めから気づいていたんです。半信半疑でしたが·····」


彼が呟いた。


「だっておかしいでしょう。ノワくんが俺だけを愛してくれるなんて、あるわけがないのに」


怒り狂うかと思っていたのに、その声は驚くほど穏やかだった。
彼は知っていたんだ。自分が彼の機嫌を取るためにとっていた行動も、今回の計画も、全て。


「あ·····当たり前だろ?!お前なんか、好きになるわけない!この、人殺し!」


悔しい。すべて、彼の掌の上で転がされていた。
デリックは、変わらぬ表情でこちらを見下ろしていた。


「けど、それでも良かったんです」


澄んだエメラルドが歪む。
彼は笑っていた。










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