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《207》薄情な主
しおりを挟む「立派になられましたね、殿下」
「さっさとしろ」
当の主人───イアードは顎先でこちらを催促する。
可愛らしさの欠けらも無い。いや、出会った頃からそんなものは無かったが。
「片方の聖徒は、力が未覚醒状態でしょう?そっちを狙うのは?」
レハルトは妥当な考えを述べる。
「駄目だ」
イアードの返答は予想外だった。
勝利を収めるためには、多少の犠牲が付き物。それはこの残酷な主が一番よく知りえているはずだった。
「いけない理由があるのですか?」
気になって聞くが、返答はない。
摩訶不思議なこともあるものだ。
レハルトはある仮説にたどり着いた。
それは、彼が二人目の聖徒と何かしらの関係があるということ。
彼にも心を許す相手ができたのだろうか。はたまた、誰かを愛したり、守りたいと思ったり──。
「その聖徒とは、どのようなご関係で?」
好奇心を隠しきれずさらに問いかけると、ゾッとするほど冷たい視線に睨みつけられた。
これはいけない。
「では、どれだけの恨みを買ったのか分かりませんが、せめて国中手配された理由だけでも教えていただけませんか?」
死地での戦争を勝利におさめた勇敢な皇子。そんな彼は、休暇も挟まず帝都に戻ったかと思えば、他人になりすまして学園生活を送りだした。
冷徹人間だと信じて疑わなかったが、本当のところは人並みに青春を送ったり、友人を作るなんてことに憧れる孤独な少年だったのだろうか。
なんて、微笑ましく思ったりもしていた。
まさか、当時反逆を目論んでいた教皇に相当な恨みを買っていたなんて、誰が予想出来ただろうか。
「姿を見せるなり殺されるなんてことありませんよね?」
「骨くらいは拾ってやる」
主のために死ねるというなら、騎士の本望だろう。しかしこの計画は、主の"ため"というよりかは、主"に"殺されるようなものだ。
忠誠を誓った従者に「俺の罪を被って死ね」なんて言う主人がどこにいるだろうか。
まさしくここにいる。
「歯、食いしばれよ」
イアードがおもむろに拳を振り上げる。
来世は、心の優しい主に仕えたい。
レハルトは切実に願った。
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