上 下
212 / 342

《208》翼

しおりを挟む




─────────────



デリックが変わった。

言動や表情から感情が欠落すると共に、深緑は冷たく凍えていった。

彼の機嫌を取るために演技をする必要もなくなった。ノワはあらゆる反抗を試みた。
窓からの脱出を試みたり、自傷をほのめかし、フィアン達と会わせるよう交渉した。
全て無駄な足掻きだった。

現在、窓には鉄格子が設置されている。
凶器になり得るものは没収され、身の回りは何もかもが管理されるようになった。

出された食事を全て残したりもした。
感情に任せて食器ごと床にひっくりかえした。傷跡だらけの手が飛び散った料理に汚れても、良心はちっとも痛まなかった。

どんな事をしても、デリックは声を荒らげることすら無かった。


「私なら、命がいくらあっても足りませんよ」


「外に出たい」


話しかけてきた相手を無視して呟く。

連日続いた雨が上がっても、窓の向こうは曇り空だ。

虚ろな目で手首を見下ろす。冷たい鎖が、ベットの柱へと続いていた。

見渡した部屋は殺風景だ。
ベッド横のテーブルの上に、湯気の揺れるマグカップが置かれている。


「ハーブティーです」


目覚に効きますよ。そう言った穏やかな声の主は、まるでノワが起きる時間を予知していたみたいだ。

夜に眠れなくなった。
眠ったとしても、直ぐに悪夢で起きてしまう。


「またお休みになれなかったようですね」


「!」


ルイセが呟く。
本当に脳内を覗き込まれているような気分だ。
気味が悪い。


「出ていって」

「私は貴方を心配しているんです」


このやり取りも、もう何度目か分からない。

おおかた、デリックから監視を任されているんだろう。ルイセはノワがデリックを暗殺し損ねたあの日から、ほとんどの時間をこの部屋で過ごしていた。


「ノワ様の背に、翼が見えるんです」

「つばさ?」


ノワは顔をしかめた。

今度は何を言い出すのかと思えば、くだらない妄言だ。
もう、うんざりだ。


「つまんない嘘」

「私はノワ様に嘘をつきません」


ルイセが呟く。


「貴方を傷付けたり、裏切るようなことはしません」

「うるさい」


ノワは腹に力を入れた。
そうしないと、怒りで声が震えそうだった。


「僕はお前たちを許さない」


しばらく、無言のまま見つめあった。相手は瞬きひとつしない。諦めるように顔を逸らしかけた時、ルイセはぽつりと言った。


「元の世界に戻りたいですか?」


「·······は?」


「翼が震えています」


常に薄ら笑いを浮かべる瞳が、今回は真剣だ。

───元の世界。
言い回しは、ただ当てずっぽうを言っている訳では無いようだった。


「翼を持つ聖女は転生者です。これは、私の家紋に言い伝えられてきた神説です」






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:0

金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:505pt お気に入り:125

溺愛ゆえの調教─快楽責めの日常─

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,515

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:65

幼馴染に色々と奪われましたが、もう負けません!

BL / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:4,353

パスコリの庭

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:27

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:5

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1

処理中です...