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《208》翼
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デリックが変わった。
言動や表情から感情が欠落すると共に、深緑は冷たく凍えていった。
彼の機嫌を取るために演技をする必要もなくなった。ノワはあらゆる反抗を試みた。
窓からの脱出を試みたり、自傷をほのめかし、フィアン達と会わせるよう交渉した。
全て無駄な足掻きだった。
現在、窓には鉄格子が設置されている。
凶器になり得るものは没収され、身の回りは何もかもが管理されるようになった。
出された食事を全て残したりもした。
感情に任せて食器ごと床にひっくりかえした。傷跡だらけの手が飛び散った料理に汚れても、良心はちっとも痛まなかった。
どんな事をしても、デリックは声を荒らげることすら無かった。
「私なら、命がいくらあっても足りませんよ」
「外に出たい」
話しかけてきた相手を無視して呟く。
連日続いた雨が上がっても、窓の向こうは曇り空だ。
虚ろな目で手首を見下ろす。冷たい鎖が、ベットの柱へと続いていた。
見渡した部屋は殺風景だ。
ベッド横のテーブルの上に、湯気の揺れるマグカップが置かれている。
「ハーブティーです」
目覚に効きますよ。そう言った穏やかな声の主は、まるでノワが起きる時間を予知していたみたいだ。
夜に眠れなくなった。
眠ったとしても、直ぐに悪夢で起きてしまう。
「またお休みになれなかったようですね」
「!」
ルイセが呟く。
本当に脳内を覗き込まれているような気分だ。
気味が悪い。
「出ていって」
「私は貴方を心配しているんです」
このやり取りも、もう何度目か分からない。
おおかた、デリックから監視を任されているんだろう。ルイセはノワがデリックを暗殺し損ねたあの日から、ほとんどの時間をこの部屋で過ごしていた。
「ノワ様の背に、翼が見えるんです」
「つばさ?」
ノワは顔をしかめた。
今度は何を言い出すのかと思えば、くだらない妄言だ。
もう、うんざりだ。
「つまんない嘘」
「私はノワ様に嘘をつきません」
ルイセが呟く。
「貴方を傷付けたり、裏切るようなことはしません」
「うるさい」
ノワは腹に力を入れた。
そうしないと、怒りで声が震えそうだった。
「僕はお前たちを許さない」
しばらく、無言のまま見つめあった。相手は瞬きひとつしない。諦めるように顔を逸らしかけた時、ルイセはぽつりと言った。
「元の世界に戻りたいですか?」
「·······は?」
「翼が震えています」
常に薄ら笑いを浮かべる瞳が、今回は真剣だ。
───元の世界。
言い回しは、ただ当てずっぽうを言っている訳では無いようだった。
「翼を持つ聖女は転生者です。これは、私の家紋に言い伝えられてきた神説です」
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