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《226》女神
しおりを挟む数メートル先に、地面に座り込んだ背中を見つけた。
大きな女だ。
身長が高いとかふくよかということではなくて、巨人のように全てが大きい。
「あの·····」
話しかけるが、返答がない。
ズゴゴ、と、壮大なノイズが聞こえてくる。正面に回り込むと、彼女はいびきをかきながら眠っていた。
「あの!」
《うわっ》
彫りの深い顔が目を覚ます。
黒い瞳は目の中をぐるりと1周し、最終的にノワに視線を止めた。
《やっと来たか》
海の底に沈むような、しかし力強い声だ。
彼女はゆっくりと瞬きし、ノワを見つめる。
「やっと?」
《そなたを待つあいだに一眠りしたぞ。人間の世界で言えば八年くらいか》
ひと眠りが八年だなんて、意味がわからない。ノワが首を傾げると、優しげな顔立ちが綻んだ。
《ノワ───またの名を、ユウタ》
懐かしい名前が耳の奥で響く。
転生してから約八年。彼女は、自分を待っていたという。
「僕が転生者だって、知ってるんですか?」
《私は女神だ。知らぬわけがないだろう》
まさかこんな風にして尋ねてくるとは思っていなかったが、と、呟き、女神はノワを手招きした。
「女神様」
ノワは近くによりながら、自然と理解した。
彼女は女神。聖剣で自害し、彼女に会うことに成功したのだ。
「あの·····!」
《そんなことより、さっき来た男の罰はどうしようか?》
女神は考えるように言った。
「さっき?」
《うん、珍しく変な男だった》
ノワは違和感を覚えた。
フィアンに「変」なんて言葉は似合わない。彼ほど清く正しい人間はそういない。
まさに完璧だからだ。
《まあ、願い事をしたあと死んでしまったし、来世10回分をミジンコにしてやろうと思ってる》
「·····?」
(死んだ?)
デリックを殺し、国の催眠を解いたフィアンは確かに生きている。
彼女はなんの話しをしているんだ?
うーんと唸っていた女神は、思い出したようにノワを見やった。
《それで、我が子は、自刃してまで何を望む?》
願いは決まっていた。
「争いの犠牲になった人達を助けて」
デリックにイアード、そして操られていた騎士達や、国を取り戻すために奮起し、戦った者たち。
彼らを死なせてはいけない。
《ほう》
彼女の顔から微笑みが消えた。
《いくら我が子と言えども、無償で聞いてやるわけにはいくまい》
「!」
即ち、願いを聞き入れてくれるということだ。
ノワは顔を輝かせた。
「罰ならいくらでも受けます!来世は100回ミジンコでも──」
《まず、最も愛する者の記憶を無くすこと》
女神は予想外な提案をした。
《愛する者もそなたを忘れるだろう。周りの人間は、そなたとそなたの愛する者が関わっていた記憶が改竄される。そなたの片割れ(デリック)を殺した皇子の罰も、そなたと同様にしよう》
「愛する者?」
脳裏には、今まで出会った沢山の人物が浮かび上がった。
前世の家族や友人、今世の家族、そして学園の人々。
最も愛する者。
ノワは脳内で反芻し、最後に最推しであるフィアンを思いうかべた。
《次にそなたからは、「怒り」と「かなしみ」をもらう》
「怒り」は変な男で、「かなしみ」はお前の片割れの分だ。ついでのように言って、女神は気だるげに伸びをする。
「それが罰ですか?」
ノワは思わず聞き返した。
怒りとかなしみなんて、むしろ無い方が良い感情ではないのだろうか。
女神はかなしげに笑った。頭上から降り注ぐ光の屈折が、幾重にも重なって輝きを増す。
ノワはそっと瞼を閉じた。
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