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《255》正しい人
しおりを挟む見られると恥ずかしいので隠しているが、これがユージーンに見つかると酷いのはノワの方だった。
噛み付かれたあと、キスマークというには随分醜怪な鬱血痕を刻みつけられる。
ノワはこういう時、フィアンとユージーンを恐ろしく思うのと同時に、ついときめいたりしてしまう。
「ノワ」
赤くなった患部を確認し、フィアンがほくそ笑む。
「お前は本当に可愛いな」
吐血しそうだ。
褒美という名の拷問なのだろうか。
「うんと大事にしてやらないとな」
彼がそっと顔を近づけてくる。
ノワは応えるようにして唇を突き出し──不意に、雨の日の夜を思い出した。
「フィアン様、お話があったのですが」
フィアンの機嫌が良いうちに言っておいた方が良い。
「そろそろ、大公領にも赴くべきかと·····」
ノワは恐る恐るフィアンを見上げた。
イアードの話をする時の彼は、少し変だったからだ。
「その件なら、丁度俺からも話そうと思っていたんだ」
果たしてフィアンは、あっさり頷いた。
約1ヶ月後に大公領の誕生記念日があるという。
確かに、その日に合わせて行った方が良さそうだ。ノワは頷いた。
「ありがとうございます」
「ああ。それで、話はいいか?」
フィアンが聞いてくる。
妙な問いかけ方だ。
「·····?はい」
次の瞬間、彼は少し強引に、ノワの唇を奪った。
「んう」
熱い舌はこじ開けるようにして口内に侵入してくる。
いきなり唇を塞がれたから、まともに息を吸えていない。
呼吸をしようとすると、フィアンから空気を送り込まれた。
「んっ」
フィアンのシャツにしがみつく。
爽やかなのに、酔ってしまいそうな匂いだ。
彼はさらに奥へ侵入するように、忙しなく顔をかたむけた。
「ん、ん·····ぅ·····」
そっと唇が離される。
密着していた分、空気に晒された皮膚が寂しく感じる。
口の端から、どちらのものかも分からぬ唾液が滴った。
「ノワ」
フィアンに呼びかけられ、ノワは慌てて唇を拭う。
酸欠の脳みそが、少しぼんやりした。
「こういう雰囲気の時に、ほかのことを考えるのは、とても失礼なことなんだぞ」
言われて始めて、無礼を自覚する。
(──でも、機嫌を伺って物事を言わないと、フィアン様は·····)
ノワは首を振り、知らぬ間に浮かべていた不満を振り払った。
自分だって、キスしようとしてる時に相手が上の空だったら嫌だ。
フィアンは自分を大事にしてくれている。それに見合うように、こっちだって気を回さないといけないのは当たり前だ。
「ごめんなさい、フィアン様」
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