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《294》いいわけ
しおりを挟む「ち、違います」
腕を振り払おうとする。
「聖徒様」
硬い声がノワを呼んだ。
「どこかご体調が優れないのでしょう」
ノワは視線を泳がせた。
さっきのことを言えるわけが無い。
「ち、ち、違います!その·····」
適当な言い訳では、彼の目はごまかせない。
脳みそをフル起動する。
今すぐ、この場を離れられる理由は───。
「おしっこしたいんです!」
ノワは意を決して叫んだ。
大理石の廊下に、数段階に分けられた語尾が鳴り響く。
相手の表情に戸惑いが浮かび、腕力が弱まる。
ノワは一目散に逃げ出した。
「聖徒様·····!」
呼びかけを無視して、必死に走る。
大変なことをしてしまった。
(嫌じゃなかった)
部屋に駆け込み、扉を締めながらしゃがみこむ。
さっきと同じ月光が、窓辺を優しく照らしていた。
レハルトは細い背中を追い掛けようとし、立ち止まった。
閉ざされた扉を見やる。
「何をなさったのですか」
「いつからだ」
扉の向こうから、低い声が問うた。
「あいつ、いつから来てる?」
レハルトはため息をこぼした。
この主は、またあの聖徒様をいじめたらしい。
「殿下が心無い言葉をおかけになった日からです」
皮肉を混じえて言う。
好きな子をいじめる少年じゃないんだからと付け足したいが、あまり調子に乗ると拳をくらうのでやめておく。
そばで仕えてきた自分でさえ、イアードは時折恐ろしい。
ノワの恐怖心は並大抵ではないはずだ。
考えれば考えるほど、何故ノワがここまでイアードに尽くすのかは、ますます謎だった。
「もう、来て下さらないかも知れませんよ」
レハルトが廊下から消えた後、イアードは部屋を後にした。
苦痛は収まったが、眠れる気がしなかった。
目を覚ましたのは、ノワが『命令』する直前だった。
なぜノワがここに?それ以前に、なぜ自分は、嫌いな奴を無理やり組み敷いて、唇を奪っているのか。
意識が覚醒してくると、段々と眠っている間の記憶がよみがえってきた。
舌打ちを落とす。かわいた風が頬を撫でていった。
身体は、深夜にもかかわらず軽い。
ノワのおかげだということはすぐに理解出来た。
切なそうな顔を思い出す。
まるで触れることを許可するように声を殺す様が、脳裏に張り付いて離れない。
そして気がつけば、滑らかな肌に手を滑らせていた。
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