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《316》本当の英雄
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「誰よりも愛してた」
彼はノワと何度も口付けを交わした唇で、呟いた。
「今も愛してる」
頭から冷水を被った気分だった。
イアードに自分との記憶は無い。
それは、自分が彼を愛していたからだ。
彼にはほかに愛する人がいる。
女神の言う"聖徒殺し"は彼だった。
高慢な彼が振り回されてしまうくらい魅力的で、自信に満ち溢れた人。
思い出せない愛する人を探しているのだ。
ノワは動揺を隠すように、肌触りの良いシルクを引き寄せる。
下腹の辺りがじんと熱くなった。
「お前のだろ?」
ぼやけた視界の先で、少し縮れた紙切れを差し出された。
宮殿の図書館で書き取っておいた花の名前だった。
小さくて可憐な花を覚えておきたくて、探していた。
でももう、それは要らない。
こんな想いは、早く忘れてしまいたい。
「知らない」
ノワは早口に言い返した。
ずっと忘れたままで良かったのに。
「お前が落としたものだ」
「僕が、書いたんじゃない。貰っただけ。もう、なんの事だったのかも、覚えてない」
喉のつかえを押し切って言い切る。
イアードは釈然としないような顔でこちらを見ていた。
そんな彼を見て、ノワはまた泣きそうになった。
ノワはイアードとろくに顔を合わせること無く、残りの三日を過ごした。
時間は不思議なほど早く流れてゆく。
屋敷を出る時は、使用人達が総出で見送りをしてくれた。
「聖徒様!どうかお元気で」
レハルトには少々困惑させられた。
手の甲にふれた唇は、吸い付くように指の先へとキスを落としたのだ。
「レ、レハルト様?」
「次お会いする時は、どうぞレハルトとお呼びください」
レハルトは名残惜しそうに別れを告げた。
「近いうち、教会にも参ります」
「え」
アーモンド型の瞳が、パチリと綺麗なウインクをしてみせる。
「使用人共々、この屋敷でいつでもお待ちしております」
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