上 下
321 / 342

《316》本当の英雄

しおりを挟む









------------------------------------------------
------------------------------------------------







「誰よりも愛してた」


彼はノワと何度も口付けを交わした唇で、呟いた。




「今も愛してる」




頭から冷水を被った気分だった。

イアードに自分との記憶は無い。
それは、自分が彼を愛していたからだ。

彼にはほかに愛する人がいる。
女神の言う"聖徒殺し"は彼だった。

高慢な彼が振り回されてしまうくらい魅力的で、自信に満ち溢れた人。
思い出せない愛する人を探しているのだ。

ノワは動揺を隠すように、肌触りの良いシルクを引き寄せる。
下腹の辺りがじんと熱くなった。


「お前のだろ?」


ぼやけた視界の先で、少し縮れた紙切れを差し出された。

宮殿の図書館で書き取っておいた花の名前だった。

小さくて可憐な花を覚えておきたくて、探していた。
でももう、それは要らない。

こんな想いは、早く忘れてしまいたい。


「知らない」


ノワは早口に言い返した。
ずっと忘れたままで良かったのに。


「お前が落としたものだ」

「僕が、書いたんじゃない。貰っただけ。もう、なんの事だったのかも、覚えてない」


喉のつかえを押し切って言い切る。
イアードは釈然としないような顔でこちらを見ていた。

そんな彼を見て、ノワはまた泣きそうになった。

















ノワはイアードとろくに顔を合わせること無く、残りの三日を過ごした。

時間は不思議なほど早く流れてゆく。
屋敷を出る時は、使用人達が総出で見送りをしてくれた。


「聖徒様!どうかお元気で」


レハルトには少々困惑させられた。
手の甲にふれた唇は、吸い付くように指の先へとキスを落としたのだ。


「レ、レハルト様?」

「次お会いする時は、どうぞレハルトとお呼びください」


レハルトは名残惜しそうに別れを告げた。


「近いうち、教会にも参ります」


「え」


アーモンド型の瞳が、パチリと綺麗なウインクをしてみせる。


「使用人共々、この屋敷でいつでもお待ちしております」












しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:2,016pt お気に入り:0

金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:526pt お気に入り:125

溺愛ゆえの調教─快楽責めの日常─

BL / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:1,515

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:65

幼馴染に色々と奪われましたが、もう負けません!

BL / 完結 24h.ポイント:669pt お気に入り:4,355

パスコリの庭

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:27

狂愛アモローソ

BL / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:5

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:440pt お気に入り:1

処理中です...