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《327》その花の名前
しおりを挟む外が完全に暗くなった頃、雨が降り出した。
やがて雫は細かくなり、霧に変わる。なんとはなしに庭を眺めていたイアードは、その向こうに少年をみた気がした。
雨は直ぐに止んだ。
濡れた草を踏み、アーチをくぐる。木や茎から滴った雨水が、時折シャツを濡らした。
会いたくてたまらない。
誰に?
思い出せないほどの人物なら、もう忘れてしまえばいい。
(いや·····)
この想いが、そんな風にして消せるものでないことを、既に気づいている。
忘れたくないのだ。
大樹の根元に、暗い青色の花を見つけた。
季節を少しすぎたせいか、元気がないようにも見える。
ノワが帰ってから、それとなく紙切れの花について調べてみた。
見た目からして、どうやらこの小花がそれらしかった。
夜のせいで、青みがかった黒にも見える。
少し、ノワに似ている。
(まただ)
また彼のことが頭に浮かぶ。
気がおかしくなりそうだ。
「ニャー」
足元で、呑気な鳴き声が聞こえた。
髭の長い黒猫だ。
「お前、ここにいたのか」
「ナ~」
黒猫はイアードの言葉に答えるように鳴いて、足元にすり寄ってくる。
あいつとは馬が合わなかったようだが、甘え上手な猫だ。
(あいつ·····?)
甘い匂いが鼻腔をかすめる。
(あいつって、誰だ?)
「·····っ!!」
月が雲に隠れた刹那───片目に熱を感じた。
一瞬目の前が明るくなり、そしてまた闇が訪れる。
イアードはゆっくりと目を開いた。
目の前には、先程の倍の庭が広がっていた。
目元に手をかざす。右、次に左。どちらも鮮明に景色を移している。
瞼の上から左目に触れてみると、乾いたくぼみが潤い、球体が動いていた。
脳内にある記憶に、左眼の記憶が混ざった。
このくらいの時期に、同じような庭園で、何度か会ったことがある。
一ヶ月前に見た泣きそうな顔を、もっと前から知っている。
"僕のこと───"
もうひとつの花言葉はVergiss-mein-nicht。
優しい香りは、ほかの男をよせつけるような、彼の魅力だ。
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