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34 油断をするとやって来るフラグ

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「あの……ドニーさん。こうやって、お話出来るのって久し振りですね」
「あー、そーですね」

 庭に大量のプランターを並べ、一つ一つ花を植え付けている最中に数ヶ月振りの若奥様の襲来を受けていた。
 昨日、窓から覗いてるとおもったら、早速今日やって来るとは……。もう二度と若奥様が俺の所に来る事なんて無いと思っていただけに完璧に油断していた。
 俺が貧民街に住んでるって知った途端ドン引きして来なくなったのに、どういう風の吹き回しだ。

「前に、旦那様にドニーさんと仲良くさせて頂いてるってお話したら、何か誤解されちゃったみたいで……。旦那様に何か言われたりしませんでした? 私、その事がずっと気掛かりで……」
「はぁ……それはそれは大変なお怒りでしたよ。なんでも僕が若奥様に言い寄っていたとか何とか? そんな事は絶っっっ対にあり得ないんですけどね。いやぁ、本当に困りましたよ。ちゃんと誤解だって分かって貰いましたけどね」

 いやいやいやいや、誤解じゃねぇだろ! 自分で冤罪を旦那様に吹き込んでおいて、その言い草はねぇわ~。ジト目で多少の皮肉を込めた物言いになる俺は悪くねぇと思う。
 なのに、そんな俺を前にしても涼しい顔が出来るって、ここまで来ると女が怖いって言うより若奥様が怖い。どういうメンタルしてんだろ。
 今更、そんな言い訳をしながら俺に近づいて来る若奥様の魂胆が見えず、戸惑いしかない。

「そうなんですね、良かったです~。私のせいでドニーさんが怒られたらどうしようって思ってて、ご迷惑をお掛けして本当にごめんなさい。それで、あの~……旦那様から聞いたんですけど、ドニーさんって、執事見習いのアルフさんとお付き合いなさってるって、本当なんですか?」
「え……え、え~?」

 若奥様はもじもじと恥ずかしそうに頬を赤らめてて、それを前に俺は内心冷や汗が止まらねぇ。旦那様、言い触らさないでくれよ!! 
 これは、俺はどう言えば正解なんだ? 俺個人で言えば否定したい。否定したいけど、ここで否定しても良い事は無い気がする。

「それに、昨日……べ、別に覗こうと思ったんじゃないんですよ! たまたまっ、たまたまお庭を眺めてたら、お二人が、キ、キスをされて、る、のを、見ちゃって。キャー、ごめんなさい!」
「あぁ、いえ……お見苦しいものを……失礼しました」
「じゃぁ、やっぱり……」
「はぁ、まぁ…………」

 もう、勘弁してくれ。見られてる気はしてたけど実際に目撃証言を告げられると居た堪れない。今すぐ手に持ってるスコップで地面を掘って埋まりたい。
 あんなものを見られてて否定するのも可笑しいだろうと、渋々、曖昧な返事を返す。
 何も、いちいちそんな事確認しなくても、とは思うけど、若奥様も一応は年若い女の子、人の色恋に興味がある年頃ってやつなのかな。

「本、当に? あの、それは……あ、いえ! 疑ってるとかじゃ無くって! あの、何て言えば良いのか、えっと……お二人って、色々と、違うじゃ無いですか。お仕事とか、出身とか……タイプも、違うから、それで……」

 はっはぁ、アルフみたいなイケメンで将来有望な男が俺みたいな地味な貧乏たらしい男と付き合うなんて可笑しいって言いたい訳か。うんうん、その疑問、至極ごもっとも。
 やっぱ、誰から見てもこの恋人って設定は、あり得ねぇんだよな。

「あの。失礼な事は承知でお聞きするんですが、ドニーさん……アルフさんに、無理やり付き合わされてたりしてませんか?」
「え!?」
「昨日のお二人を見てて、私、ドニーさんが無理やりキスされてる様に見えたんです! それに、その後人気のない所に引きずられて行くのを見て、もしかして、と……思って」

 うわぁ、女の子の洞察力って馬鹿に出来ねぇな。確かに、あれは無理やりだったし傍から見れば不穏だわ。あ~あ、アルフが短絡的な事すっから、疑惑に拍車をかけてんじゃん。

「もし、無理やり言う事を聞かされてるとかなら言って下さい! 私、今までドニーさんに色々相談に乗って貰ってたし、私もドニーさんのお役に立ちたいんです!!」
「あ、あ~……」

 これは、どうしよう……この言葉を聞く限り、若奥様は善意で心配してくれてる様には感じるけど……。恋人って事が嘘だけに心配されるのは心苦しいなぁ。
 俺が返答に困ってモゴモゴしているのが余計に怪しく映ってしまったらしく、若奥様は両手を握り締めて興奮したように捲し立てて来る。

「私、おかしいと思ったんです! だって、ドニーさんとアルフさんですよ? 身分違いの恋なんて物語みたいで私も憧れちゃいますし……あ! そうそう。高位貴族の男性に見初められる心優しく美しい貧乏貴族の令嬢の恋物語の本があるんですけど! 私、何度も読み返しちゃう位好きなんです。あ……ごめんなさいお話がそれちゃった。でも、お二人って、そんな恋物語みたいな感じしないじゃないですか。あの……こんな事言うのも何なんですけど……ドニーさんって、恋愛的な魅力はちょっと……、あ! 気を悪くしないで下さい!! あくまでも私の中で、ですから。ドニーさんにもお似合いの方が絶対いらっしゃいます! だた、それがアルフさんじゃないなって。だから、私ピーンっと来たんです、絶対、何かあるはずって。そうしたら、昨日のアレじゃないですか。お二人の関係には、何か訳があるんですよね? ドニーさん! 私はドニーさんの味方ですから、何でも相談して下さい!!」

 長い……長い上に、遠回しに俺の事貶してる気がするんだが。俺が口を挟む隙も無く、一人盛り上がり喋り続けた若奥様の口が止まった今、俺の目は死んだ。
 味方と言いながら敵にしか感じないんだけど……。変な妄想と思い込みが入ってそうな若奥様をそのままにするのはヤバイ気がする。

「ご心配頂いたみたいで、ありがとうございます。ですが、若奥様がご心配されてる様な事は——」
「ここではお話し辛いですよね! 分かります! 誰が聞いてるか分からないですもんね!!」

 一応ここは若奥様の予想を否定して、不本意だけど恋人設定を推し進めようとした俺の言葉は勢いよく遮られ、喋らせて貰えねぇ。

「いや、そうじゃ無くって、俺の話を——」
「どこかで、二人だけでお話出来れば良いんですけど。あ! そういえば、今度街で話題の演劇が公演されるんですって! さっき私が言った恋物語を元にしたお芝居らしくって、素敵じゃないですか!? 私、凄く見てみたいんです。同じ恋に悩む者同士、一緒に観劇して、その後お茶しながら感想と自分の恋の相談をするんです。私、チラシ持ってるんですけど……これです、これ!! ね? ね? 素敵でしょ?」
「!! これ……」

 若奥様から無理やり渡されたチラシには見目麗しい男女が見つめ合ってる絵が描いてある。
 俺はこの絵に見覚えがある。前世で読んだ、この世界を書いた本の挿絵であった、主人公の若奥様と当て馬のドニー君が行った芝居のチラシと同じだ。

 おいいっ!! まだ、当て馬フラグ折れて無かったのかよ!!!

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